王の物語。

ひゅ~が

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序章

第1話 来歴

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 よく晴れたある日のことだった。今でもはっきり覚えている。 
 ―僕たちの国が、滅んだのは。
 『天罰』と呼ばれたその眩いばかりの巨大な光の帯は、容赦なく僕らの国に降り注いだ。僕らはただそれを見上げ、自らの不幸を呪うことしかできなかった。その光は城を破壊し、街を燃やした。逃げ惑う人々、諦め、ただ目の前の現実を直視するだけの人々。泣き喚く子供。 
 ―一体、僕らが何をしたっていうのだろう。 すべては『神』の思うがまま。

 数えてその18年前。嵐の夜のこと。雷が轟音を響かせるとともに、彼は生まれた。母親は彼を産んですぐ死んだ。 
 シュウ-ヴィア-アストラル。彼はそう名付けられた。
 アストラル家は代々続く王国に仕える騎士の家系だった。彼は戦にでて、武勲をあげて悠然と王都に帰ってくる父の姿に憧れ、自分も騎士になり、人々を守るのだと思っていた。だが次男である彼に剣技は期待されなかった。 
 兄の名はミリアム。剣技の才にも認められ、人格者であり、どんな人にも仁愛をもって接した。父はもちろん兄を後継にするつもりであったし、まわりもそれを認めていた。彼に求められたものは何もなかった。彼はただ生きていることだけを求められた。豪華な屋敷の中で、使用人とただ遊んでいるだけでいい。彼は父にそう言われた。それは彼にとって耐えがたい生活であった。ただ人形のように、与えられた生活を送る日々。自分だって、父のような騎士に、兄のように強くなりたい。彼はそう思った。
 行動を起こしたのは9歳の春のことだった。彼は使用人の目を盗んで屋敷を抜け出した。向かうは兄の訓練場。俺だって俺だって...強い気持ちが体を突き動かした。今まで屋敷からほとんど出たことのなかった彼にとって、王都は輝いてみえた。外の世界はこんなにも美しいものなのだ。もうあんな「灰色の」屋敷に閉じ込められるのは嫌だ!!
 迷いながら、道を尋ねながら、ようやく彼は王都の端にある、アストラル家の訓練場にたどり着いた。兄が木剣を振っていた。指南役の指導を受けながら、剣技の練習をしていた。彼はそれを柵の向こう側から見ていた。
 彼のことに気づいたのは兄だった。
 「どうしたのだ、シュウ。なぜこんなところにきてしまったのだ。」
 「ぼ、僕はただ....」
 彼が喋る隙間さえ与えず、兄は続ける。
 「そうか。散歩でもしているときに、迷ってしまったのだな。だがそれにしてもここまで来るとは。お前は面白いやつだな。」
 「おーい、ティニアス! 誤ってシュウがここまで迷ってきてしまってな。屋敷まで送り届けてはくれぬか。」
 兄は配下の者を呼びつける。
「かしこまりました。ミリアム様。このティニアス、命に代えてもシュウ様を屋敷まで無事お送りいたします。」
「はは、そんなに大仰に構える必要はない。たかだかこの王都の中を移動するだけのことだ。万が一などあるまい。」
「ははっ、ではシュウ様。」
「シュウ、俺はまだ訓練が残っているものでな。なぁに心配いらない。夕方までには戻る、と使用人たちには伝えておいてくれ。」
「いや、僕も…」
僕も剣技の練習がしたい、そう言わねばならない。おそらくこれ以降、使用人たちの警戒は強まる。もう屋敷の外に出られることはないのだ。今ここで自分の気持ちを伝えられなければ一生、あの「灰色の」まま。死ぬまで、ずっと。
 「ぼ、僕も...」
 「なんだ。何か言いたいことがあるのか?いいぞ。いってみろ。」
兄は優しい顔をしてそう言った。
 「ミリアム様、馬車の用意ができました。いつでもシュウ様をお送りできます。」
 「そうか。ご苦労であったティニアス。 …だそうだシュウ。お前の話は帰ってから聞くことにしよう。」
 「ではな、ティニアス、任せたぞ。」
 彼は馬車に乗せられる。「灰色の」屋敷にもどされてしまう。
「ではシュウ様、屋敷に戻りましょう。出発しますよ。」
彼は覚悟を決めて、馬車の窓を開け、訓練所に戻ろうとしている兄の背中に向けて叫んだ。
  
 「僕も剣技を習いたい!! 父上や兄様みたいに、強くなりたいんだ!!!」
 
 その瞬間、馬車が急に止まった。御者席から振り返るようにティニアスが彼を見た。
 ティニアスは馬を止め、少し落ち着いたようにしてから彼に諭すように語りかけた。
「いいですか、シュウ様。あなたは次男なのです。本来あなたは家を継ぐ方ではないのです。幸運ながらミリアム様は剣技に優れ、深い教養をお持ちで、また人格も優れている。まさにアストラル家の後継にふさわしいお方ではありませんか!! 皆がミリアム様を認めているのです。それに引き換えあなたは…」
「そこまでにしろ、ティニアス。私が話をする。」
「ははっ。失礼いたしました。」
「下がれ。」
 兄は配下に冷淡にそう浴びせると、彼のほうに向かってきた。
「いいか、シュウ。アストラル家は私が守る。お前のこともこの国も、私が守ってやる。だからお前は…」
「嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ!! 僕はもうあんな日々には戻りたくない!! 父上と兄様と、この国を守るんだ!!」
 彼は幼児のような駄々をこねた。
「シュウ様、あなたって人は一体自分が何をおっしゃっているのか…」
「よい。ティニアス。」
「そうか、お前も剣を学びたいのか。わかった。私と訓練をしてみるか?」
兄はにこやかに笑った。
「うん、兄様、ありがとう!! 僕、頑張ります!!」
「よーしよーしその意気だ。ともに国を守る騎士となろう。」
兄は彼の手をひいて、訓練場へ向かった。

「…ミリアム様、よろしいので?このことが当主様のお耳に入るようなことがあれば…」
「よいよい。」
「自らの無力さを知れば、シュウもおとなしくなるだろう。」
 
「よし!シュウ、まずはお前の力がどれほどのものか見てみることにしよう。」
兄は彼に木剣を渡し、軽く握り方と振り方を教えた。
「彼が私の指南役のオドロだ。オドロは父上と共に戦争を勝ち抜いた、実力者だ。」
「オドロに一発でも剣を当ててみせれば合格だ。」
兄は意気揚々といった。
「…ミリアム様はお人が悪い。自らですら私に一発も当てたことはありますまい。」
「戯れだ。貴様はただ適当にあしらってくれればよい。」
「よろしいので?」
「ああ。多少心を折るくらいがちょうどいいだろう。」
「フフ…まったく。人格者はどこへやら。」
「ただの仮面だよ。」 

「―でははじめる、シュウ、用意はいいか?」
彼は小さく頷く、兄がにやりと笑う。
「始めっ!!!!」

 ―彼の眼が、変わった。
  だれもが、理解できぬ瞬間であった。
 彼は瞬く間に指南役に四発、打撃を浴びせた。肩、胸、腰、最後に脚。
 歴戦の兵士が、たった9歳の子供の前に転がされていた。
 
 彼は、紛うことなき天才であった。




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