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序章
第4話 ユナン‐セラス
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シュウは勝った。アストラル家の後継者となった。兄、ミリアムは彼が次の朝目覚めると、死んでいた。自分の胸に剣を突き刺し。「弟に負けるとは自分は不甲斐ない人間だ。このまま政略結婚の道具になるくらいなら私は自らの手による死を選ぶ。これが私に最後に残された自由である。自らの尊厳を以って死ぬのである。後悔はない。」
「未熟者が…」父はそう吐き捨てると兄の遺書を破り捨てた。
彼はあまり悲しくはなかった。なぜなのか彼自身もよくわからなかった。それよりも自分が騎士になれるという喜びのほうが大きかったのかもしれない。でもちょっぴりだけ、兄がアストラル家を継ぐべきだったと思った。兄は剣技の才こそなかったが、基本的にはよくできた人間だった。自身が追い詰められたから弟に暴言こそ吐いたものの、困った人を助け、人に優しくできる人気者だった。
決闘から一週間がたったころ、彼は再び父の部屋に呼ばれた。
「お前を正式にこのアストラル家の後継者にすることにした。」
「…ありがとうございます、父上。」
「―ところで、お前には『視えて』いるのだろう?」
「…何が、でしょうか。」
「誤魔化す必要はない。それはお前だけのものではない。私だって視えるものだ。」
「なんと…」
「それは『スキル』というものだ。これこそ才あるもののみが持つものだ。」
「スキル…」
「特殊能力とでも思えばよい。スキルも人によって持っているものが違う。例えばお前のそれは『探知』というスキルだ。またお前は剣技に優れている。それは『剣技』というスキルがお前に備わっているからだ。持たざるものはいくら鍛錬を積んだところでスキルが開花することはない。それこそが才あるものとなきものとの決定的な差だ。」
「また、スキルには『ランク』というものが存在する。そのスキルを極めれば極めるほど、磨けば磨くほど、そのスキルの恩恵は大きくなってゆく。おそらくお前の『探知』はせいぜいC+程度、相手の弱点が見えるといっただけの事だろう。違うか?シュウ。」
「決闘に備え、裏庭で訓練をしていると、突然木の腐っているところが見えるようになりました。」
「それから人にもそれがあることに気が付いて…」
「私の『探知』はA-だ。Aランクともなれば相手の弱点どころか相手の持っているスキルまで見えるようになる。お前にも素質が間違いなくある。磨けば私をも超える存在になり得るだろう。」
「今はあまりよく分からなくともよい。いずれまた話すこととする。それまで自分の技を磨くとよい。」
「はい。貴重なお話、ありがとうございました。」
彼は父の部屋を後にしようとした。
「―ところで、だ。」
「はい?」
「お前はこのアストラル家の後継者になったわけだ。であれば教養の一つや二つ、身につけねばなるまい?」
シュウは勉強が嫌いだった。
「武勲を立てる騎士にとって教養など、取るに足らないものなのでは…?」
「馬鹿者。騎士にとって教養は剣技の次に大切なものだ。明後日からお前を学舎に通わせることとする。そこで礼節、『魔術』も学んでくるとよい。」
―トリカラム王立学舎。この国の最古の学院。この国に数いる有名な学者が教鞭をとる最高峰の教育機関で、貴族の子息しか入学を許されない正にエリートのための学校。彼はそこの初等部に編入することになった。
編入生というのはとても珍しいものなのか、彼が廊下を通ると絶えずコソコソと話す声が聞こえた。友達ができることはなかった。というか誰とも話すことなく一日を終えることすら珍しいことではなかった。
そう。ユナン‐セラスが彼の前に現れるまでは。
正直講義は退屈だった。やはり彼は天才であったようで、勉強は嫌いであったが、講師の言うことがはっきりと理解できた。考査では常に満点を取った。父は喜んだ。彼にはそれが当たり前の事であった。唯一楽しかったのは『魔術』の講義であった。それは彼の知らない技であった。けれども彼には魔術の適正もあったようで、みるみる間に新しい魔術を覚えては、講師や他の生徒たちを驚かせた。時には講師にアドバイスをすることだってあった。他の生徒たちは皆彼を気味悪がって近づくことはなかった。そんな日々が、長い間続いた。
「―次は文学の講義だから…15番講堂か。」
彼は講堂のドアを開けた。既にいた生徒たちがドアのほうを見て、すぐ目を逸らした。彼はいつもの通り一番後ろの席に座って講義が始まるのを待っていた。すると突然、声が聞こえた。
「君がシュウ‐アストラル君、だね。隣、いいかい?」
「いいけど、他にも席、たくさん空いてるよ。もっと前で聞かなくてもいいの?」
「…じゃあなんで君は前に行かないんだい?」
もっともな問いだった。それだけに、彼はどう返せばいいのかわからなかった。
「僕はね、君に興味があるんだ。シュウ‐アストラル、君。どうして君がいつも一人でいるのかがね。そしてできれば君と友達になりたいと思っている。」
「…シュウ、でいいよ。家族は俺の事をだいたいそう呼ぶから。それで、君は誰なんだい?」
「ありがとう。僕の名はユナン、ユナン‐セラス。どうだい?僕と友達になってくれないだろうか?」
…セラス、だと確かセラス家といえば王宮に仕える魔術師の家系…!!
「そうなんだ。おそらく君の思った通りだよ。僕の家は代々王宮に仕えていてね。そのせいか皆『畏れ多い』とか言って僕と友達になってくれないんだよ。 でも君は違う。…アストラル家の子息なんだろう?だから君も…」
「―うるさい!!俺だって好きで後継になったわけじゃないんだ!! 兄さんが…継ぐべきだったんだ…」
今まで見ないふりをしてきた感情がドバドバと押し寄せてきた。彼は講義をはじめて欠席した。学舎を飛び出し、屋敷の裏庭で泣いていた。
―11歳の秋の事だった。
「未熟者が…」父はそう吐き捨てると兄の遺書を破り捨てた。
彼はあまり悲しくはなかった。なぜなのか彼自身もよくわからなかった。それよりも自分が騎士になれるという喜びのほうが大きかったのかもしれない。でもちょっぴりだけ、兄がアストラル家を継ぐべきだったと思った。兄は剣技の才こそなかったが、基本的にはよくできた人間だった。自身が追い詰められたから弟に暴言こそ吐いたものの、困った人を助け、人に優しくできる人気者だった。
決闘から一週間がたったころ、彼は再び父の部屋に呼ばれた。
「お前を正式にこのアストラル家の後継者にすることにした。」
「…ありがとうございます、父上。」
「―ところで、お前には『視えて』いるのだろう?」
「…何が、でしょうか。」
「誤魔化す必要はない。それはお前だけのものではない。私だって視えるものだ。」
「なんと…」
「それは『スキル』というものだ。これこそ才あるもののみが持つものだ。」
「スキル…」
「特殊能力とでも思えばよい。スキルも人によって持っているものが違う。例えばお前のそれは『探知』というスキルだ。またお前は剣技に優れている。それは『剣技』というスキルがお前に備わっているからだ。持たざるものはいくら鍛錬を積んだところでスキルが開花することはない。それこそが才あるものとなきものとの決定的な差だ。」
「また、スキルには『ランク』というものが存在する。そのスキルを極めれば極めるほど、磨けば磨くほど、そのスキルの恩恵は大きくなってゆく。おそらくお前の『探知』はせいぜいC+程度、相手の弱点が見えるといっただけの事だろう。違うか?シュウ。」
「決闘に備え、裏庭で訓練をしていると、突然木の腐っているところが見えるようになりました。」
「それから人にもそれがあることに気が付いて…」
「私の『探知』はA-だ。Aランクともなれば相手の弱点どころか相手の持っているスキルまで見えるようになる。お前にも素質が間違いなくある。磨けば私をも超える存在になり得るだろう。」
「今はあまりよく分からなくともよい。いずれまた話すこととする。それまで自分の技を磨くとよい。」
「はい。貴重なお話、ありがとうございました。」
彼は父の部屋を後にしようとした。
「―ところで、だ。」
「はい?」
「お前はこのアストラル家の後継者になったわけだ。であれば教養の一つや二つ、身につけねばなるまい?」
シュウは勉強が嫌いだった。
「武勲を立てる騎士にとって教養など、取るに足らないものなのでは…?」
「馬鹿者。騎士にとって教養は剣技の次に大切なものだ。明後日からお前を学舎に通わせることとする。そこで礼節、『魔術』も学んでくるとよい。」
―トリカラム王立学舎。この国の最古の学院。この国に数いる有名な学者が教鞭をとる最高峰の教育機関で、貴族の子息しか入学を許されない正にエリートのための学校。彼はそこの初等部に編入することになった。
編入生というのはとても珍しいものなのか、彼が廊下を通ると絶えずコソコソと話す声が聞こえた。友達ができることはなかった。というか誰とも話すことなく一日を終えることすら珍しいことではなかった。
そう。ユナン‐セラスが彼の前に現れるまでは。
正直講義は退屈だった。やはり彼は天才であったようで、勉強は嫌いであったが、講師の言うことがはっきりと理解できた。考査では常に満点を取った。父は喜んだ。彼にはそれが当たり前の事であった。唯一楽しかったのは『魔術』の講義であった。それは彼の知らない技であった。けれども彼には魔術の適正もあったようで、みるみる間に新しい魔術を覚えては、講師や他の生徒たちを驚かせた。時には講師にアドバイスをすることだってあった。他の生徒たちは皆彼を気味悪がって近づくことはなかった。そんな日々が、長い間続いた。
「―次は文学の講義だから…15番講堂か。」
彼は講堂のドアを開けた。既にいた生徒たちがドアのほうを見て、すぐ目を逸らした。彼はいつもの通り一番後ろの席に座って講義が始まるのを待っていた。すると突然、声が聞こえた。
「君がシュウ‐アストラル君、だね。隣、いいかい?」
「いいけど、他にも席、たくさん空いてるよ。もっと前で聞かなくてもいいの?」
「…じゃあなんで君は前に行かないんだい?」
もっともな問いだった。それだけに、彼はどう返せばいいのかわからなかった。
「僕はね、君に興味があるんだ。シュウ‐アストラル、君。どうして君がいつも一人でいるのかがね。そしてできれば君と友達になりたいと思っている。」
「…シュウ、でいいよ。家族は俺の事をだいたいそう呼ぶから。それで、君は誰なんだい?」
「ありがとう。僕の名はユナン、ユナン‐セラス。どうだい?僕と友達になってくれないだろうか?」
…セラス、だと確かセラス家といえば王宮に仕える魔術師の家系…!!
「そうなんだ。おそらく君の思った通りだよ。僕の家は代々王宮に仕えていてね。そのせいか皆『畏れ多い』とか言って僕と友達になってくれないんだよ。 でも君は違う。…アストラル家の子息なんだろう?だから君も…」
「―うるさい!!俺だって好きで後継になったわけじゃないんだ!! 兄さんが…継ぐべきだったんだ…」
今まで見ないふりをしてきた感情がドバドバと押し寄せてきた。彼は講義をはじめて欠席した。学舎を飛び出し、屋敷の裏庭で泣いていた。
―11歳の秋の事だった。
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