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序章
第5話 友誼
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その日からユナンはシュウについてきた。―いや、つきまとってきたと言うのが正しいだろう。同じ講義を受けるとき、ユナンはいつもシュウが座っている窓際の一番後ろの席に、先に座っていた。仕方がないのでシュウはその日、逆側の席に座ることにした。 次の日、シュウが講堂の後ろの扉を開けると。すぐそこにユナンが座っていた。昨日シュウが座っていた席であった。また仕方がないのでシュウは窓際の席に行った。また次の日、ユナンは窓際の席に座っていた。こんなことが数日間続いた。
次の講義が同じと知ると、ユナンはシュウと移動を共にしようと後ろにぴったりついてきた。話しかけてくることもあった。
「シュウ君、次の講義は剣技なんだろう?偶然だねぇ、僕もなんだ。よかったら僕と一緒に行かないかい?」―鬱陶しい、彼はそう思った。彼はあれ以来ユナンとは口をきいていなかった。
「いやぁ偶然偶然、ほんと、偶然だねぇ。」―わざとらしい、とも思った。この学舎は必須教養科目の他に自分で選ぶ科目があった。魔術や剣技の講義がそれに当たる。当然自分が極めたいと思っているものを選択すればよいのだが、大抵の生徒たちは仲の良い者同士で同じ講義を取っていたりする。
廊下を歩いていると、ユナンは時々同級生などに声を掛けられることがあった。確かに皆少しかしこまってはいるが、それなりに人気者だった。時には課題を教えてほしい、なんて尋ねる者もいた。にもかかわらずユナンはそれを断ってまで彼についてゆこうとした。それが彼を苛立たせた。
「シュウ君、こっちは西館だ。次の講義がある7番講堂は南館だよ。もし迷ってしまったのなら、僕が案内しようか。」―別に迷ったわけではなかった。人気のないところを見計らって、彼は口を開いた。
「…お前、一体何なんだよ!!なんでいっつもいっつも俺の後ろをついてくるんだ!お前にはちゃんと友達がいるじゃないか!!…なんで俺なんかに構うんだよ!」
「―そ、それは」
正直、嬉しくないことはなかった。友達もいなく、同級生たちからのけ者にされているようであったこの生活に、ユナンがいることで少し心が軽くなっている気がしていた。けれどもそれは友達のいるユナンが、友達のいない自分をもしかしたら心の中ではおちょくっているのではないかという疑念が払いきれなかった。きっとそのために自分に近づいてきたのだ…彼はそう考えていた。
「…覚えて、いないのかい。」
「…はぁ?」
ユナンが語りだす。
「君が、僕を救ってくれたことを。」
「僕も君と同じ、あの時期に編入してきたんだ。ちょっとした事情でね。やっぱり皆の目は厳しかったよ。セラス家という家の重み、そして編入生というのも相まってね。」
「皆僕に話しかけてくれたんだ。嬉しかった。…でもね、そこには必ずはじめに『すみません…』っていう文言が付くんだ。僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。皆から距離をおかれているのがはっきり分かった。 そうか、自分には終生心を通わせられる友はできないんだろうなぁと思ったんだ。」
「そう考えると、とても怖くなった。一生僕は孤独のままだ。一生分かり合えないってね。」
シュウは彼の話を聞きながら思った。こいつは自分と同じなのだ。と。同じように家の名を背負い、話しかけられることすらない自分と、画然とした距離を感じるユナン。ひたすらに孤独。周りを見回しても自分に媚びへつらうものこそいれど、真の友はいない。
「―けれど、君だけは違ったんだよ、シュウ君。君だけは僕に畏れ多い、なんて感情を抱かずに接してくれた。」
「たぶんその調子だと君は覚えていないんだろうね。あれは、おととしのこと。僕ははっきり覚えているよ。」
「魔術の考査があったね。そこで僕と君は満点を取ったんだ。僕は皆にさすが、なんて紋切型の祝辞を貰ったけれど、君だけは違った。」
「『おう、お前も満点だったのか。そういえば最後の問題、なんて書いたんだ?俺は光属性が得意なんだけど、お前は何が得意なんだ?」
「ぼ、僕も光が得意、かな」
「『おお!同じとは奇遇だな!こんどどっちのほうがすごいか比べあいしようぜ!」
「う、うん。…ところで、君の名は?」
「俺か?俺の名はシュウ。シュウ‐アストラル。騎士になる男だ。」
―あれは二年前、編入当初のころ。ただ満点が取れたことがうれしかった、浮かれていたあの頃。皆と積極的に会話しようと、つながりを持とうと腐心していたあの頃。…結局それが叶うことはなかったけれど。
「お前は…あの時の!」
「ようやく思い出してくれたみたいだね。嬉しいよ。あれから君は徐々に俯き気味になってしまって、結局今の今まで話しかけることができずにいた。君が僕に話しかけてくれたから、皆僕に話しかけていいんだ、って思ったらしくてね。君は僕の恩人だって言うのに。今の今まで…本当にごめん。」
「お前が謝ることじゃない。俺も、忘れてしまっていた。お前とした、約束を。」
「シュウ、君…」
「そして俺はお前のことを誤解していた。お前が俺をおちょくるために近づいてきたんじゃないかって。嘲笑っているんじゃないかって。 暴言まで吐いて…本当に、申し訳ないことをした…」
「いいんだ。君が僕のことを思い出してくれた。それだけで僕は嬉しい。」
ユナンは時計をみる。
「―そろそろ次の講義が始まる時間だ。行かなきゃ。」
「…待ってくれ!!」
「なんだい?」
「その…あの…も、もう一度!…やり直すことはできないだろうか?」
「それって…どういうこと?」少し悪い顔をしてユナンが聞き返す。
「わかっているくせに。」
「いわれないとわからないなぁー(棒)」
「友達!!!…俺と友達になってはくれないか!!」
「言われなくても。もちろんさ。ありがとう。シュウ君。」
「君はいらない。シュウでいい。」
「ふふ、了解。シュウ。」
「―ところでシュウ。ここ西館だけど、あと2分で間に合うかなぁ。」
「!? そういうことはもっと早くいってくれ!よぅし、走るぞ!!」
「よし来た!!」
その日彼らは珍しく、講義に遅れた。
次の講義が同じと知ると、ユナンはシュウと移動を共にしようと後ろにぴったりついてきた。話しかけてくることもあった。
「シュウ君、次の講義は剣技なんだろう?偶然だねぇ、僕もなんだ。よかったら僕と一緒に行かないかい?」―鬱陶しい、彼はそう思った。彼はあれ以来ユナンとは口をきいていなかった。
「いやぁ偶然偶然、ほんと、偶然だねぇ。」―わざとらしい、とも思った。この学舎は必須教養科目の他に自分で選ぶ科目があった。魔術や剣技の講義がそれに当たる。当然自分が極めたいと思っているものを選択すればよいのだが、大抵の生徒たちは仲の良い者同士で同じ講義を取っていたりする。
廊下を歩いていると、ユナンは時々同級生などに声を掛けられることがあった。確かに皆少しかしこまってはいるが、それなりに人気者だった。時には課題を教えてほしい、なんて尋ねる者もいた。にもかかわらずユナンはそれを断ってまで彼についてゆこうとした。それが彼を苛立たせた。
「シュウ君、こっちは西館だ。次の講義がある7番講堂は南館だよ。もし迷ってしまったのなら、僕が案内しようか。」―別に迷ったわけではなかった。人気のないところを見計らって、彼は口を開いた。
「…お前、一体何なんだよ!!なんでいっつもいっつも俺の後ろをついてくるんだ!お前にはちゃんと友達がいるじゃないか!!…なんで俺なんかに構うんだよ!」
「―そ、それは」
正直、嬉しくないことはなかった。友達もいなく、同級生たちからのけ者にされているようであったこの生活に、ユナンがいることで少し心が軽くなっている気がしていた。けれどもそれは友達のいるユナンが、友達のいない自分をもしかしたら心の中ではおちょくっているのではないかという疑念が払いきれなかった。きっとそのために自分に近づいてきたのだ…彼はそう考えていた。
「…覚えて、いないのかい。」
「…はぁ?」
ユナンが語りだす。
「君が、僕を救ってくれたことを。」
「僕も君と同じ、あの時期に編入してきたんだ。ちょっとした事情でね。やっぱり皆の目は厳しかったよ。セラス家という家の重み、そして編入生というのも相まってね。」
「皆僕に話しかけてくれたんだ。嬉しかった。…でもね、そこには必ずはじめに『すみません…』っていう文言が付くんだ。僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。皆から距離をおかれているのがはっきり分かった。 そうか、自分には終生心を通わせられる友はできないんだろうなぁと思ったんだ。」
「そう考えると、とても怖くなった。一生僕は孤独のままだ。一生分かり合えないってね。」
シュウは彼の話を聞きながら思った。こいつは自分と同じなのだ。と。同じように家の名を背負い、話しかけられることすらない自分と、画然とした距離を感じるユナン。ひたすらに孤独。周りを見回しても自分に媚びへつらうものこそいれど、真の友はいない。
「―けれど、君だけは違ったんだよ、シュウ君。君だけは僕に畏れ多い、なんて感情を抱かずに接してくれた。」
「たぶんその調子だと君は覚えていないんだろうね。あれは、おととしのこと。僕ははっきり覚えているよ。」
「魔術の考査があったね。そこで僕と君は満点を取ったんだ。僕は皆にさすが、なんて紋切型の祝辞を貰ったけれど、君だけは違った。」
「『おう、お前も満点だったのか。そういえば最後の問題、なんて書いたんだ?俺は光属性が得意なんだけど、お前は何が得意なんだ?」
「ぼ、僕も光が得意、かな」
「『おお!同じとは奇遇だな!こんどどっちのほうがすごいか比べあいしようぜ!」
「う、うん。…ところで、君の名は?」
「俺か?俺の名はシュウ。シュウ‐アストラル。騎士になる男だ。」
―あれは二年前、編入当初のころ。ただ満点が取れたことがうれしかった、浮かれていたあの頃。皆と積極的に会話しようと、つながりを持とうと腐心していたあの頃。…結局それが叶うことはなかったけれど。
「お前は…あの時の!」
「ようやく思い出してくれたみたいだね。嬉しいよ。あれから君は徐々に俯き気味になってしまって、結局今の今まで話しかけることができずにいた。君が僕に話しかけてくれたから、皆僕に話しかけていいんだ、って思ったらしくてね。君は僕の恩人だって言うのに。今の今まで…本当にごめん。」
「お前が謝ることじゃない。俺も、忘れてしまっていた。お前とした、約束を。」
「シュウ、君…」
「そして俺はお前のことを誤解していた。お前が俺をおちょくるために近づいてきたんじゃないかって。嘲笑っているんじゃないかって。 暴言まで吐いて…本当に、申し訳ないことをした…」
「いいんだ。君が僕のことを思い出してくれた。それだけで僕は嬉しい。」
ユナンは時計をみる。
「―そろそろ次の講義が始まる時間だ。行かなきゃ。」
「…待ってくれ!!」
「なんだい?」
「その…あの…も、もう一度!…やり直すことはできないだろうか?」
「それって…どういうこと?」少し悪い顔をしてユナンが聞き返す。
「わかっているくせに。」
「いわれないとわからないなぁー(棒)」
「友達!!!…俺と友達になってはくれないか!!」
「言われなくても。もちろんさ。ありがとう。シュウ君。」
「君はいらない。シュウでいい。」
「ふふ、了解。シュウ。」
「―ところでシュウ。ここ西館だけど、あと2分で間に合うかなぁ。」
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