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第4話
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「差別の原因なんて、だいたいそんなもんだよ。そんなことより、ここまで飲まず食わずで歩いて来たなら、さぞ疲れただろう。僕は行商人でね。売り物だから全部と言うわけにはいかないが、水と食料を少し分けてあげるよ」
う、嬉しい……
この世界に来てから、初めて人の優しさに触れ、思わず涙が出そうになる。圧倒的な空腹ゆえに、分けてもらった食べ物を、あっという間に平らげた私に、青年は好奇心旺盛な瞳を向け、尋ねてきた。
「えっと、マリヤさん、だっけ? きみ、聖女として召喚されたってことは、やっぱり強力な魔法とか、使えたりするのかな?」
「まさか。今までの人生で、魔法なんて一度も使ったことありませんよ」
「そうなのかい? でも、違う世界からこっちの世界に召喚された人は皆、非凡な魔力の持ち主だって噂を聞いたことがあるんだけど……」
その噂が本当なら、私にも何か、強力な魔法とやらを使う才能があるのだろうか。そうであれば、この見知らぬ世界で生きていくために、大きな助けとなるのだが……
そもそも、魔法ってどうやって使うんだろう?
やっぱり、呪文とか唱えないと駄目なのかな。
そんなことを思っていると、何やら異臭が漂っていることに、気がつく。
何これ……
卵が腐ったみたいな、嫌な臭い……
いや、おかしいのは臭いだけじゃない。
まだ昼下がりだというのに、この辺りだけ妙に暗いのだ。
訝しんでいると、行商人の青年が、上ずった悲鳴をあげた。
「う、嘘だろ。こんな明るい時間に魔物が出るなんて……」
彼の視線の先に、私も目を向ける。
そこには、赤黒い毛並みをした狼が、三頭いた。
……いや、あれは本当に、狼なのだろうか?
私は別段、狼に詳しいわけじゃないけど、それでも大体の大きさくらいは知っている。……視線の先にいる三頭の狼は、どう見ても体長が3メートル以上はあり、いくらなんでも、大きすぎる。その巨体は、もはや狼と言うより怪獣と表現した方が適切だろう。
三頭は、ニタリと笑うように口を大きく開き、こちらを見て、ボタボタとよだれを垂らしている。さっきから漂っている嫌な臭いは、彼らの口臭だったのだ。私は行商人の青年に、問う。
「あれ、なんです? 普通の狼……じゃないですよね?」
青年は哀れなほどに震えあがりながらも、私の質問に律儀に答える。
「そうか、きみは違う世界の人だから、知らないんだね。あれは、ヘルハウンド。さっきも言ったけど、魔物だよ。それも、とびっきり凶悪な奴だ。いったい、どうしたんだろう。本来なら、こんな明るい時間……それも、街道の途中なんかに現れるような魔物じゃないのに……」
「とびっきり凶悪な魔物……ですか。もしかして私たち、かなり危ない状況だったりします?」
「もしかしなくても危ないよ! ヘルハウンドは俊敏で、口からは火を噴き、その牙は岩石を豆腐のように噛み潰してしまう恐ろしいモンスターなんだ! この距離じゃ、もう逃げることはできない。正直言って、僕たちはおしまいだよ……」
そう言って泣き崩れる青年とは反対に、私の頭は妙に冷めていて、『異世界にも豆腐ってあるんだ』なんて、どうでもいいことを考えていた。……たぶん、あまりにも非現実的な状況に、思考力がついて行かないのだろう。
う、嬉しい……
この世界に来てから、初めて人の優しさに触れ、思わず涙が出そうになる。圧倒的な空腹ゆえに、分けてもらった食べ物を、あっという間に平らげた私に、青年は好奇心旺盛な瞳を向け、尋ねてきた。
「えっと、マリヤさん、だっけ? きみ、聖女として召喚されたってことは、やっぱり強力な魔法とか、使えたりするのかな?」
「まさか。今までの人生で、魔法なんて一度も使ったことありませんよ」
「そうなのかい? でも、違う世界からこっちの世界に召喚された人は皆、非凡な魔力の持ち主だって噂を聞いたことがあるんだけど……」
その噂が本当なら、私にも何か、強力な魔法とやらを使う才能があるのだろうか。そうであれば、この見知らぬ世界で生きていくために、大きな助けとなるのだが……
そもそも、魔法ってどうやって使うんだろう?
やっぱり、呪文とか唱えないと駄目なのかな。
そんなことを思っていると、何やら異臭が漂っていることに、気がつく。
何これ……
卵が腐ったみたいな、嫌な臭い……
いや、おかしいのは臭いだけじゃない。
まだ昼下がりだというのに、この辺りだけ妙に暗いのだ。
訝しんでいると、行商人の青年が、上ずった悲鳴をあげた。
「う、嘘だろ。こんな明るい時間に魔物が出るなんて……」
彼の視線の先に、私も目を向ける。
そこには、赤黒い毛並みをした狼が、三頭いた。
……いや、あれは本当に、狼なのだろうか?
私は別段、狼に詳しいわけじゃないけど、それでも大体の大きさくらいは知っている。……視線の先にいる三頭の狼は、どう見ても体長が3メートル以上はあり、いくらなんでも、大きすぎる。その巨体は、もはや狼と言うより怪獣と表現した方が適切だろう。
三頭は、ニタリと笑うように口を大きく開き、こちらを見て、ボタボタとよだれを垂らしている。さっきから漂っている嫌な臭いは、彼らの口臭だったのだ。私は行商人の青年に、問う。
「あれ、なんです? 普通の狼……じゃないですよね?」
青年は哀れなほどに震えあがりながらも、私の質問に律儀に答える。
「そうか、きみは違う世界の人だから、知らないんだね。あれは、ヘルハウンド。さっきも言ったけど、魔物だよ。それも、とびっきり凶悪な奴だ。いったい、どうしたんだろう。本来なら、こんな明るい時間……それも、街道の途中なんかに現れるような魔物じゃないのに……」
「とびっきり凶悪な魔物……ですか。もしかして私たち、かなり危ない状況だったりします?」
「もしかしなくても危ないよ! ヘルハウンドは俊敏で、口からは火を噴き、その牙は岩石を豆腐のように噛み潰してしまう恐ろしいモンスターなんだ! この距離じゃ、もう逃げることはできない。正直言って、僕たちはおしまいだよ……」
そう言って泣き崩れる青年とは反対に、私の頭は妙に冷めていて、『異世界にも豆腐ってあるんだ』なんて、どうでもいいことを考えていた。……たぶん、あまりにも非現実的な状況に、思考力がついて行かないのだろう。
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