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第4話
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午前中に支度を済ませ、私は一人、侯爵様のお屋敷に向かいました。
田園地帯を抜け、小さな橋を二つ渡ると、お堀に囲まれた立派な洋館が見えてきました。あれが、侯爵様のお屋敷です。ここまでの道のりはそれなりに複雑なのですが、毎年この時期に、お母さんの作ったお料理を献上しに行くのは私の役目だったので、今ではすっかり道を覚えてしまいました。
……でも、今日献上するのはお料理ではなく、私自身。
そう思うと、もう乾ききったと思った涙が、また溢れてきます。
このままどこかに逃げてしまおうとは、考えませんでした。14歳になったばかりの学のない小娘が、一人で生きていけるとは到底思えなかったからです。
いえ、生きていけるといけないとか、そんなことはもう、どうでもよくなっていました。唯一の肉親だと思っていたお母さんから『用済み』と言われ、捨てられた私は、ほとんど捨て鉢になっていたのです。
私は文字通り、意思を持たぬ『献上品』として、普通にお料理を献上しに来た領民たちの列に並びました。何人かの領民が、やけに着飾っている手ぶらの私を見て、不思議そうに首をかしげましたが、声をかけてくる人はいませんでした。
領民たちは、受付にいる背の高い男の人に、続々と料理を献上していきます。皆、口をそろえて「今回は特に良い出来です」と言い、顔を綻ばせています。……その中には母子で来ている人もいて、二人は楽しそうに微笑み合っていました。
胸が痛くて、とても見ていられませんでした。
私は顔を伏せ、自分の番が来るのを待ちました。
そして、とうとう私の番がやってきました。
ありがたいことに……というのも変ですが、私が列の最後尾でしたので、他の領民たちに、自分を捧げものにするところを見られずに済みます。私には自尊心などありませんが、それでも、そういうところを人に見られるのは嫌でした。
私が何も持っていないことに気が付いた受付の男性が、問いかけてきます。
「お嬢さん、侯爵様への献上品はいかがいたしました?」
思っていたより、ずっと柔らかい声でした。
迷子の子供に話しかけるような、穏やかで、優しい声でした。
私は一度だけ深呼吸をして、淡々と言葉を返します。
「申し訳ありません。私の母は今回、献上品を用意できませんでした。お詫びとして、私の身を『捧げもの』にしたいと思います。さほど価値のある身ではありませんが、どうぞ、いかようにもなさってくださいませ……」
お母さんに『こう言え』と命じられた通り、私は言いました。
私はもはや、自分で考える力を持たない人形でした。
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午前中に支度を済ませ、私は一人、侯爵様のお屋敷に向かいました。
田園地帯を抜け、小さな橋を二つ渡ると、お堀に囲まれた立派な洋館が見えてきました。あれが、侯爵様のお屋敷です。ここまでの道のりはそれなりに複雑なのですが、毎年この時期に、お母さんの作ったお料理を献上しに行くのは私の役目だったので、今ではすっかり道を覚えてしまいました。
……でも、今日献上するのはお料理ではなく、私自身。
そう思うと、もう乾ききったと思った涙が、また溢れてきます。
このままどこかに逃げてしまおうとは、考えませんでした。14歳になったばかりの学のない小娘が、一人で生きていけるとは到底思えなかったからです。
いえ、生きていけるといけないとか、そんなことはもう、どうでもよくなっていました。唯一の肉親だと思っていたお母さんから『用済み』と言われ、捨てられた私は、ほとんど捨て鉢になっていたのです。
私は文字通り、意思を持たぬ『献上品』として、普通にお料理を献上しに来た領民たちの列に並びました。何人かの領民が、やけに着飾っている手ぶらの私を見て、不思議そうに首をかしげましたが、声をかけてくる人はいませんでした。
領民たちは、受付にいる背の高い男の人に、続々と料理を献上していきます。皆、口をそろえて「今回は特に良い出来です」と言い、顔を綻ばせています。……その中には母子で来ている人もいて、二人は楽しそうに微笑み合っていました。
胸が痛くて、とても見ていられませんでした。
私は顔を伏せ、自分の番が来るのを待ちました。
そして、とうとう私の番がやってきました。
ありがたいことに……というのも変ですが、私が列の最後尾でしたので、他の領民たちに、自分を捧げものにするところを見られずに済みます。私には自尊心などありませんが、それでも、そういうところを人に見られるのは嫌でした。
私が何も持っていないことに気が付いた受付の男性が、問いかけてきます。
「お嬢さん、侯爵様への献上品はいかがいたしました?」
思っていたより、ずっと柔らかい声でした。
迷子の子供に話しかけるような、穏やかで、優しい声でした。
私は一度だけ深呼吸をして、淡々と言葉を返します。
「申し訳ありません。私の母は今回、献上品を用意できませんでした。お詫びとして、私の身を『捧げもの』にしたいと思います。さほど価値のある身ではありませんが、どうぞ、いかようにもなさってくださいませ……」
お母さんに『こう言え』と命じられた通り、私は言いました。
私はもはや、自分で考える力を持たない人形でした。
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