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第30話

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 その厳しい声で、さすがのチェスタスも眠気が吹っ飛んだのか、大慌てで飛び上がると、「わ、わかった! なんとかアンジェラを食い止めておいてくれ!」と言い、地下室を出て行った。

 ……『食い止めておいてくれ』ときましたか。
 完全なる『敵』あつかいね。

 まあ、チェスタスが私の顔と体以外を好いていないのは、昨日のことで充分知っていたし、私自身も、もうチェスタスのことなど好いていない。こうして、ハッキリ『敵』としてあつかってもらえると、こちらとしても変に情けをかけずにすむので、気持ち的にはスッキリだ。

 でも、まずいわね。

 エミリーナひとりでも、相手をするには大変な集中力が必要なのに、ガンアイン氏まで連れてこられたら万事休すだ。見た目も言動もアレな人だけど、一応はディアルデン家の当主なのだから、それなりに強力な魔法使いに違いない。二対一となれば、まず私に勝ち目はないだろう。

 なんとかエミリーナの隙をついてこの場から脱出したかったが、さすがと言うべきか、エミリーナは私が逃げられないように的確な攻撃を続け、どうにもならないうちに、数分間が過ぎて行った。そして……

「ほほ、ほほほ、いやぁ、驚いたね。まさかアンジェラが、ワシのやってる『口利き』の証拠を探して、地下室に潜り込んでいたなんてねぇ」

 生理的嫌悪感を覚える、甲高い声。
 ガンアイン氏だ。

 余裕っぽく笑ってはいるが、その額にはかなりの汗が浮かんでいる。チェスタスに呼ばれて、大急ぎでやって来たのだろう。

 どうしよう。
 なんとか。
 なんとかして逃げないと。

 私は大いに焦ったが、もう、出口はない。ガンアイン氏のでっぷりとした体が、地下室の小さな扉をまるまる塞いでしまっているからだ。

 次の瞬間だった。

 私が大事に抱えていた重要な証拠品――不正の履歴を印刷した書類の束が、いきなり凄い力で天井へと舞い上がり、まるで鳥の群れのように、バサバサと音を立てて羽ばたいている。

 私も、エミリーナも、そしてガンアイン氏の後ろにいるチェスタスも驚き、いったい何事が起こっているのかと硬直したが、ガンアイン氏だけは余裕たっぷりに笑い続けていた。

「ほほ、ほほほ、これはね、無機物を生き物のように操る魔法だよ。ワシ、こういうの、得意なのよ」

 無機物を生き物のように操る魔法……噂には聞いたことがあるけど、現実にお目にかかるのは初めてだ。天才的な能力がないと使えない魔法だから、王立高等貴族院の先生たちですら、実演して見せてくれたことはない。
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