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第38話
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「私はね、これでも温厚な人間のつもりよ。大抵のことは許すわ。……でもね、ただ一つ、至福のバスタイムを邪魔されるのだけは、我慢ならないのよ。わかったら、出ていきなさい」
「まあまあ、そう言わずに。手の届きにくい背中を、他人に洗ってもらうのって気持ちいいですよ。自慢するわけじゃないですけど、私、手先の器用さにはちょっと自信があるので、きっとお師匠様にも満足していただけると思います」
……ふむ。
『手の届きにくい背中を、他人に洗ってもらうのって気持ちいい』か。
そういえば、もう長い間、他人に背中を流してもらったりしてないわね。
確かにあれは、なかなか良いものだ。私は身体が柔らかいので、背中のどこでも自由に手が届くが、それでも、手先の器用な人に背中を洗ってもらう心地よさは、また別である。
私は少しだけ思案して、結局、エリスの思う通りにさせることにした。よくよく考えたら、もう服を脱いで浴室に入って来てしまったわけだし、今から出て行けと言うのも酷な話である。毎回この調子では困るが、今日だけは許すとしよう。
そして風呂椅子に腰かけた私の背中を、エリスはおもむろに洗い始めた。
ん……
お……
んんん……
おおぉ……この子、本当に上手だわ。
強くもなく、弱くもない、絶妙な力加減。
くすぐったくないし、もちろん、痛みなんて微塵も感じない。
私は素直に感心し、エリスを褒めた。
「あなた、背中を洗うの、うまいわね。雑な性格してるから、もの凄く雑に洗われるんじゃないかと思って、ちょっと心配してたけど、杞憂だったわね」
「お褒めにあずかり、光栄です~。……今、『雑な性格』って言いました?」
「気のせいよ。ああ~、そこそこ、もうちょっと強くこすってちょうだい」
「はぁい」
エリスは、しばらく無言で私の背中を流し、それからしみじみと言う。
「お師匠様の背中、鍛えられて、引き締まってはいますけど、特別ゴツゴツしてるってわけじゃないんですね。意外です」
「そう?」
「ええ。武術家っぽくない体つきと言いますか……。先程の、公園での戦いでは、野生の獣以上の素早い身のこなしでしたから、正直言って、脱いだら筋肉ムキムキなんだろうなって思ってました」
「ふふ、実を言うとね。昔はかなりムキムキだったのよ。腕なんか、丸太くらいの太さがあったし、足は筋肉でパンパンに張ってたわ。身長だって、今よりずっと高かったわね」
「そうなんですか? 今はほっそりとして、とてもそうは思えませんけど……」
「聖女拳法の秘術に、『筋縮法』っていうのがあってね。鍛えぬいた筋肉を凝縮し、細くすることで、さらに強力なパワーが発揮できるようになるの。だから見た目は細身だけど、私の身体能力は、魔物や獣人にも引けを取らないわ」
「まあまあ、そう言わずに。手の届きにくい背中を、他人に洗ってもらうのって気持ちいいですよ。自慢するわけじゃないですけど、私、手先の器用さにはちょっと自信があるので、きっとお師匠様にも満足していただけると思います」
……ふむ。
『手の届きにくい背中を、他人に洗ってもらうのって気持ちいい』か。
そういえば、もう長い間、他人に背中を流してもらったりしてないわね。
確かにあれは、なかなか良いものだ。私は身体が柔らかいので、背中のどこでも自由に手が届くが、それでも、手先の器用な人に背中を洗ってもらう心地よさは、また別である。
私は少しだけ思案して、結局、エリスの思う通りにさせることにした。よくよく考えたら、もう服を脱いで浴室に入って来てしまったわけだし、今から出て行けと言うのも酷な話である。毎回この調子では困るが、今日だけは許すとしよう。
そして風呂椅子に腰かけた私の背中を、エリスはおもむろに洗い始めた。
ん……
お……
んんん……
おおぉ……この子、本当に上手だわ。
強くもなく、弱くもない、絶妙な力加減。
くすぐったくないし、もちろん、痛みなんて微塵も感じない。
私は素直に感心し、エリスを褒めた。
「あなた、背中を洗うの、うまいわね。雑な性格してるから、もの凄く雑に洗われるんじゃないかと思って、ちょっと心配してたけど、杞憂だったわね」
「お褒めにあずかり、光栄です~。……今、『雑な性格』って言いました?」
「気のせいよ。ああ~、そこそこ、もうちょっと強くこすってちょうだい」
「はぁい」
エリスは、しばらく無言で私の背中を流し、それからしみじみと言う。
「お師匠様の背中、鍛えられて、引き締まってはいますけど、特別ゴツゴツしてるってわけじゃないんですね。意外です」
「そう?」
「ええ。武術家っぽくない体つきと言いますか……。先程の、公園での戦いでは、野生の獣以上の素早い身のこなしでしたから、正直言って、脱いだら筋肉ムキムキなんだろうなって思ってました」
「ふふ、実を言うとね。昔はかなりムキムキだったのよ。腕なんか、丸太くらいの太さがあったし、足は筋肉でパンパンに張ってたわ。身長だって、今よりずっと高かったわね」
「そうなんですか? 今はほっそりとして、とてもそうは思えませんけど……」
「聖女拳法の秘術に、『筋縮法』っていうのがあってね。鍛えぬいた筋肉を凝縮し、細くすることで、さらに強力なパワーが発揮できるようになるの。だから見た目は細身だけど、私の身体能力は、魔物や獣人にも引けを取らないわ」
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