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さよなら
6-2.
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レオが城を逃げ出してから、十日が過ぎた。
サンザは書斎の机に両肘を突き、深く頭を抱えていた。
そこへ扉をノックして、ハーランが現れた。
「……どうだ」
「残念ながら、どこにも見当たりません。家に戻った形跡もありません。彼の母の世話をさせている騎士団長に確認しましたが、彼女も行き先を知らないとのことです。彼を知る者への聞き込みも続けていますが、最近になって目撃した者はおりません」
報告が重く室内に落ちる。
溜まった未決裁の文書が積み上がる机の上で、サンザの握りしめた拳だけが白く浮かび上がっていた。
「続けろ。国境を越えるつもりかもしれん。すべての国境に触れを出せ。探索範囲をもっと広げるんだ。絶対に見つけて、ここへ連れ戻せ」
「はっ。……ところで陛下、そろそろ王妃様がたの部屋へのお渡りを。昨日も長くお待ちでございましたので……」
「無理だ。レオがいなければ、出来ん……」
ハーランが困惑したように眉を顰める。
「もう一週間も中止されております」
「無理だと言っている!」
雷鳴のような怒声が響く。
それでもハーランは怯むことなく、静かに言葉を続ける。
「国のためです、陛下……」
「わたしは、種つけのためだけの存在なのか!」
サンザの叫びは、もはや悲鳴に近かった。
ハーランはわずかに目を伏せる。
「でしたら、せめてお顔だけでもお見せくださいませ。それだけでも、王妃様がたもご安心なされましょう」
しばしの沈黙の後、サンザは力なく息を吐き、諦めたように片手を振った。
「……わかった。湯浴みの準備をさせよ」
******
久方ぶりにサンザが渡ってきたと知らされ、若い王妃は頬を紅潮させていた。
「陛下……お待ちしておりました」
サンザが部屋に入ると、王妃は恥じらいを帯びた微笑みを向け、そっと手を伸ばしてくる。
サンザは義務感だけでその手を取った。
やがて二人はベッドへ移った。
王妃は夫の胸元に指を滑らせ、そっと身体を預けてくる。
サンザも応じようとする――だが、触れた肌の温度が違う、と感じてしまった。
華やかな香油の匂いではない。
夜ごと抱き寄せた少年の体温。
腕に収まる細い腰。
筋張った身体。震える呼吸。
濡れた金髪と、乾いた唇。
脳裏に蘇るのは王妃ではなく、レオだった。
サンザの身体は強張り、やがて、完全に固まった。
「……陛下?」
王妃が不安げに覗き込む。
サンザは何も言わず、そっと背を向けた。
王妃は驚きながらも、夫の広い背にそっと頬を寄せ、ぬくもりにすがるように腕を回す。
「……こうしているだけで、わたくしは充分です」
その声は寂しさを隠しきれなかった。
サンザは目を固く閉じた。
王妃の温もりが、優しいほどに痛い。
求められるほど、自身の空虚が露わになる。
――レオ。
どこにいる。
なぜ、探しても探しても見つからない。
胸の奥で渦巻く後悔と焦燥が、王としての自制心をじわじわと蝕んでいく。
その夜も、サンザは眠りに就くことができなかった。
サンザは書斎の机に両肘を突き、深く頭を抱えていた。
そこへ扉をノックして、ハーランが現れた。
「……どうだ」
「残念ながら、どこにも見当たりません。家に戻った形跡もありません。彼の母の世話をさせている騎士団長に確認しましたが、彼女も行き先を知らないとのことです。彼を知る者への聞き込みも続けていますが、最近になって目撃した者はおりません」
報告が重く室内に落ちる。
溜まった未決裁の文書が積み上がる机の上で、サンザの握りしめた拳だけが白く浮かび上がっていた。
「続けろ。国境を越えるつもりかもしれん。すべての国境に触れを出せ。探索範囲をもっと広げるんだ。絶対に見つけて、ここへ連れ戻せ」
「はっ。……ところで陛下、そろそろ王妃様がたの部屋へのお渡りを。昨日も長くお待ちでございましたので……」
「無理だ。レオがいなければ、出来ん……」
ハーランが困惑したように眉を顰める。
「もう一週間も中止されております」
「無理だと言っている!」
雷鳴のような怒声が響く。
それでもハーランは怯むことなく、静かに言葉を続ける。
「国のためです、陛下……」
「わたしは、種つけのためだけの存在なのか!」
サンザの叫びは、もはや悲鳴に近かった。
ハーランはわずかに目を伏せる。
「でしたら、せめてお顔だけでもお見せくださいませ。それだけでも、王妃様がたもご安心なされましょう」
しばしの沈黙の後、サンザは力なく息を吐き、諦めたように片手を振った。
「……わかった。湯浴みの準備をさせよ」
******
久方ぶりにサンザが渡ってきたと知らされ、若い王妃は頬を紅潮させていた。
「陛下……お待ちしておりました」
サンザが部屋に入ると、王妃は恥じらいを帯びた微笑みを向け、そっと手を伸ばしてくる。
サンザは義務感だけでその手を取った。
やがて二人はベッドへ移った。
王妃は夫の胸元に指を滑らせ、そっと身体を預けてくる。
サンザも応じようとする――だが、触れた肌の温度が違う、と感じてしまった。
華やかな香油の匂いではない。
夜ごと抱き寄せた少年の体温。
腕に収まる細い腰。
筋張った身体。震える呼吸。
濡れた金髪と、乾いた唇。
脳裏に蘇るのは王妃ではなく、レオだった。
サンザの身体は強張り、やがて、完全に固まった。
「……陛下?」
王妃が不安げに覗き込む。
サンザは何も言わず、そっと背を向けた。
王妃は驚きながらも、夫の広い背にそっと頬を寄せ、ぬくもりにすがるように腕を回す。
「……こうしているだけで、わたくしは充分です」
その声は寂しさを隠しきれなかった。
サンザは目を固く閉じた。
王妃の温もりが、優しいほどに痛い。
求められるほど、自身の空虚が露わになる。
――レオ。
どこにいる。
なぜ、探しても探しても見つからない。
胸の奥で渦巻く後悔と焦燥が、王としての自制心をじわじわと蝕んでいく。
その夜も、サンザは眠りに就くことができなかった。
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