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愛が深いほど
9-2.
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生誕祭の初日。
都は朝から浮き立ち、王城の麓まで色とりどりの天幕が連なっていた。異国から訪れた商人たちは競うように品を並べ、香の煙と焼き菓子の甘い香りが混ざり合う。
その喧騒の中に、レオ――今は「ニオ」と名乗る少年がいた。
商人の娘が、髪に挿していた小さな花飾りをそっとレオの胸元へ挿す。
「ねえ、ニオ。生誕祭が終わったら……うちに来る気はない? 父さんと、ニオと、わたしとで、一緒に暮らしていけたら嬉しいなって」
商人も朗らかに笑う。
「お前は働き者だからな。娘がいいと言うなら、わしに異論はない。短い付き合いだが、これでも人を見る目は確かだ。お前はきっと将来いい男になる」
レオは微笑んだ。
胸がぎゅっと軋むような、しかし暖かくて穏やかな未来が脳裏に浮かんでしまう。
異国で家族を持ち、平穏に暮らす未来――。
「……考えさせてください」
そう答えるのが精一杯だった。
その日、商人の買い付けに同行したレオは、両手いっぱいに嗜好品を抱えて歩いていた。
人混みの中、肩車をした親子の足が不意にぶつかる。
ばさり、とフードが落ちた。
慌てて荷物を置き、急いで被りなおそうとした――
その瞬間、二度と聞きたくなかった声が背後からした。
「……レオ? お前、レオだろう?」
振り返る前から体が強張った。
久しぶりに会う父だった。
全身から漂う酒の匂いは以前となにも変わらない。
ざっと背中が冷えた。
「今までどこにいたんだ! この前、兵士が家に押しかけてきて――お前はどこだと怒鳴り散らしていった! 知らんと言っても毎日来たんだぞ。母さんも連れて行かれたきりだ。何がどうなってる!」
父は血走った目でレオの腕を掴んだ。
商人が間に割って入る。
「何をするんだ。この者はうちの奴隷だ。手を離せ」
「こいつはうちの息子だ。あんたが手を離せ!」
周囲のざわめきが一気に大きくなる。
このままでは衛兵に見つかる――いや、もう誰かが呼びに行っているかもしれない。
商人が叫んだ。
「こいつはうちの商品を盗もうとした盗っ人だ! 衛兵を呼んでくれ!」
父の手を払い除けた一瞬の隙に、商人はレオの腕を取り、群衆をかき分けて走り出した。
息が切れるほど走り、追いかけてこないのを確認してようやく止まった。
「……あれが例のお前の親父か。ずいぶんと厄介そうだな」
商人の声音は固かった。
レオは覚悟を決めたように頷いた。
「……すべて、お話しします。作り話にしか聞こえないかもしれないけど、これは全て本当の話なんです」
商人は他国の人間だ。信じてもらえる保証はない。けれど、もう嘘をついて逃げるのは終わりにしたい。
レオは、王城で起きた出来事、サンザとの関係、小瓶のこと、呪いのこと――すべてを話した。
商人は初めのうちこそ相槌を返していたが、やがて眉間に深いしわを寄せたまま黙り込み、レオが話し終える頃には、呆然とした表情で動きを止めていた。
「……なんてこった。本当にそんなことが……? 作り話だと言われた方がまだ信じられるぞ」
「嘘ではありません」
商人は大きく息を吐いた。
「信じがたいが……短い間でも、お前が嘘をつくような人間でないことくらいはわかる」
そして静かにレオの肩を叩いた。
「――わかった。祭りの最終日までいることもない。買い付けが終わり次第、早々に国を出よう」
その言葉に、レオは胸の奥がきゅうと締めつけられた。
安堵か、寂しさか。もう戻らないと知らされる未来の気配に、心がふるえた。
だが、決めなければならない。
サンザのためにも、この国のためにも。
そして、レオ自身が生きるためにも。
都は朝から浮き立ち、王城の麓まで色とりどりの天幕が連なっていた。異国から訪れた商人たちは競うように品を並べ、香の煙と焼き菓子の甘い香りが混ざり合う。
その喧騒の中に、レオ――今は「ニオ」と名乗る少年がいた。
商人の娘が、髪に挿していた小さな花飾りをそっとレオの胸元へ挿す。
「ねえ、ニオ。生誕祭が終わったら……うちに来る気はない? 父さんと、ニオと、わたしとで、一緒に暮らしていけたら嬉しいなって」
商人も朗らかに笑う。
「お前は働き者だからな。娘がいいと言うなら、わしに異論はない。短い付き合いだが、これでも人を見る目は確かだ。お前はきっと将来いい男になる」
レオは微笑んだ。
胸がぎゅっと軋むような、しかし暖かくて穏やかな未来が脳裏に浮かんでしまう。
異国で家族を持ち、平穏に暮らす未来――。
「……考えさせてください」
そう答えるのが精一杯だった。
その日、商人の買い付けに同行したレオは、両手いっぱいに嗜好品を抱えて歩いていた。
人混みの中、肩車をした親子の足が不意にぶつかる。
ばさり、とフードが落ちた。
慌てて荷物を置き、急いで被りなおそうとした――
その瞬間、二度と聞きたくなかった声が背後からした。
「……レオ? お前、レオだろう?」
振り返る前から体が強張った。
久しぶりに会う父だった。
全身から漂う酒の匂いは以前となにも変わらない。
ざっと背中が冷えた。
「今までどこにいたんだ! この前、兵士が家に押しかけてきて――お前はどこだと怒鳴り散らしていった! 知らんと言っても毎日来たんだぞ。母さんも連れて行かれたきりだ。何がどうなってる!」
父は血走った目でレオの腕を掴んだ。
商人が間に割って入る。
「何をするんだ。この者はうちの奴隷だ。手を離せ」
「こいつはうちの息子だ。あんたが手を離せ!」
周囲のざわめきが一気に大きくなる。
このままでは衛兵に見つかる――いや、もう誰かが呼びに行っているかもしれない。
商人が叫んだ。
「こいつはうちの商品を盗もうとした盗っ人だ! 衛兵を呼んでくれ!」
父の手を払い除けた一瞬の隙に、商人はレオの腕を取り、群衆をかき分けて走り出した。
息が切れるほど走り、追いかけてこないのを確認してようやく止まった。
「……あれが例のお前の親父か。ずいぶんと厄介そうだな」
商人の声音は固かった。
レオは覚悟を決めたように頷いた。
「……すべて、お話しします。作り話にしか聞こえないかもしれないけど、これは全て本当の話なんです」
商人は他国の人間だ。信じてもらえる保証はない。けれど、もう嘘をついて逃げるのは終わりにしたい。
レオは、王城で起きた出来事、サンザとの関係、小瓶のこと、呪いのこと――すべてを話した。
商人は初めのうちこそ相槌を返していたが、やがて眉間に深いしわを寄せたまま黙り込み、レオが話し終える頃には、呆然とした表情で動きを止めていた。
「……なんてこった。本当にそんなことが……? 作り話だと言われた方がまだ信じられるぞ」
「嘘ではありません」
商人は大きく息を吐いた。
「信じがたいが……短い間でも、お前が嘘をつくような人間でないことくらいはわかる」
そして静かにレオの肩を叩いた。
「――わかった。祭りの最終日までいることもない。買い付けが終わり次第、早々に国を出よう」
その言葉に、レオは胸の奥がきゅうと締めつけられた。
安堵か、寂しさか。もう戻らないと知らされる未来の気配に、心がふるえた。
だが、決めなければならない。
サンザのためにも、この国のためにも。
そして、レオ自身が生きるためにも。
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