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怒りか、渇望か、安堵か、恐れか
10.
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「城に押し入ろうとしたレオの父が、門衛に捕らえられました。地下牢で妻を返せと叫んでいるそうです」
淡々と報告を続けながら、ハーランは視線の端で主であるサンザのわずかな変化を探っていた。
皇太子の頃から仕え、早くに亡くなった先王の代わりに支え、血の繋がった兄のように寄り添い、ときには師として叱りつけてきた相手だ。
サンザは感情を外へ漏らすことを良しとしない。それは王としての鉄則であり、矜持だった。
だが――レオ、あの少年の名を耳にした瞬間、かすかに震えた睫毛だけは、ハーランの目をごまかせなかった。
「それと……これはまだ未確認なのですが、レオの居場所を知っていると主張しているそうです」
サンザは一拍、その場に沈黙を置いた。
そして、冷ややかに命じた。
「それが嘘だった場合、即座に首を落とすと脅せ」
「はっ。ただ――」
ハーランは慎重に次の言葉を繋いだ。
「……それが、本当のようなのです。下町の教会付近にいたとのこと。衛兵が聞き込みをした店主も、その周辺で亜麻色の髪をした少年を目撃したと証言しております。レオの父も、イナッド人らしき商人と行動を共にしている、話をしたから間違いないと申しています」
その瞬間、サンザの手から書類が滑り落ちた。
音を立てて床に散らばる紙を気に留めることもなく、椅子を荒々しく押しのけると、サンザは駆け出していた。
「陛下!?」ハーランは反射的に叫んだ。
「馬を!」
廊下にサンザの怒声が鋭く響き渡る。
追いすがるハーランの焦りの声が広い回廊にこだました。
「陛下! 今は街に出るべきではありません! 生誕祭で国内外からの客が溢れています!」
「急いで馬を用意しろと言っている!」
サンザの声は焦燥に焼け、もはや王の威厳すら保てていない。
顔には血の気がなく、その背中は何かに取り憑かれたかのように荒々しく前へと突き進んでいる。
「陛下、護衛もなく、おひとりでの行動は危険です!」
常に平静なハーランが怒鳴り声を上げた瞬間、城内が一気に騒然とした。
「おい、そこの兵! 国王を追え! そちらはわたしの馬を連れてこい! 馬の準備ができた者から順に王に続け!」
本殿には友好国からの賓客が大勢滞在している。このような理性を失った王の姿を見られるわけにはいかない。
判断を誤った、ハーランは舌打ちした。
報告の仕方を間違えた。もう少し段階を踏むべきだったのだ。
兵たちが走り回り、馬屋に伝令が飛び、王の駆ける靴音が石の回廊に跳ね返る。
サンザの胸中はただ一色だった。
――レオがいる。
その思いだけが身体を突き動かす。
怒りか、渇望か、安堵か、恐れか。もはや判別はつかない。
ただ、喉を焼くような焦燥で胸が満たされていた。
もう二度と逃がすものか。レオが生きてそこにいるのなら、引きずってでも戻すまでだ。
愛か、執着か。そんな名付けはどうでもよかった。
馬屋からハーランの馬が引き出される蹄の音が聞こえはじめた時、サンザを乗せた愛馬はすでに城門へと疾走していた。
淡々と報告を続けながら、ハーランは視線の端で主であるサンザのわずかな変化を探っていた。
皇太子の頃から仕え、早くに亡くなった先王の代わりに支え、血の繋がった兄のように寄り添い、ときには師として叱りつけてきた相手だ。
サンザは感情を外へ漏らすことを良しとしない。それは王としての鉄則であり、矜持だった。
だが――レオ、あの少年の名を耳にした瞬間、かすかに震えた睫毛だけは、ハーランの目をごまかせなかった。
「それと……これはまだ未確認なのですが、レオの居場所を知っていると主張しているそうです」
サンザは一拍、その場に沈黙を置いた。
そして、冷ややかに命じた。
「それが嘘だった場合、即座に首を落とすと脅せ」
「はっ。ただ――」
ハーランは慎重に次の言葉を繋いだ。
「……それが、本当のようなのです。下町の教会付近にいたとのこと。衛兵が聞き込みをした店主も、その周辺で亜麻色の髪をした少年を目撃したと証言しております。レオの父も、イナッド人らしき商人と行動を共にしている、話をしたから間違いないと申しています」
その瞬間、サンザの手から書類が滑り落ちた。
音を立てて床に散らばる紙を気に留めることもなく、椅子を荒々しく押しのけると、サンザは駆け出していた。
「陛下!?」ハーランは反射的に叫んだ。
「馬を!」
廊下にサンザの怒声が鋭く響き渡る。
追いすがるハーランの焦りの声が広い回廊にこだました。
「陛下! 今は街に出るべきではありません! 生誕祭で国内外からの客が溢れています!」
「急いで馬を用意しろと言っている!」
サンザの声は焦燥に焼け、もはや王の威厳すら保てていない。
顔には血の気がなく、その背中は何かに取り憑かれたかのように荒々しく前へと突き進んでいる。
「陛下、護衛もなく、おひとりでの行動は危険です!」
常に平静なハーランが怒鳴り声を上げた瞬間、城内が一気に騒然とした。
「おい、そこの兵! 国王を追え! そちらはわたしの馬を連れてこい! 馬の準備ができた者から順に王に続け!」
本殿には友好国からの賓客が大勢滞在している。このような理性を失った王の姿を見られるわけにはいかない。
判断を誤った、ハーランは舌打ちした。
報告の仕方を間違えた。もう少し段階を踏むべきだったのだ。
兵たちが走り回り、馬屋に伝令が飛び、王の駆ける靴音が石の回廊に跳ね返る。
サンザの胸中はただ一色だった。
――レオがいる。
その思いだけが身体を突き動かす。
怒りか、渇望か、安堵か、恐れか。もはや判別はつかない。
ただ、喉を焼くような焦燥で胸が満たされていた。
もう二度と逃がすものか。レオが生きてそこにいるのなら、引きずってでも戻すまでだ。
愛か、執着か。そんな名付けはどうでもよかった。
馬屋からハーランの馬が引き出される蹄の音が聞こえはじめた時、サンザを乗せた愛馬はすでに城門へと疾走していた。
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