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帰還
11-1.
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ざわめきが街路を満たした。
何頭もの馬の嘶き、金具の触れ合う高い音、だんだんと膨れあがる喧騒。
「何かあったのか? やけに騒がしいな」
商人が通りを眺めながら眉をひそめた。
店の番に飽きた商人の娘が「ちょっと見てくる!」と弾む声で言い、ひらりと人混みのなかへ駆けていく。
「気をつけろよ!」
「わかってるって!」
だが、レオの胸には、胸騒ぎが広がりはじめていた。
地鳴りのような振動と馬の鳴き声がさらに近づいてくる。
嫌な予感が、背筋を冷たく掴む。
レオは磨いていた売り物の銀食器を置き、被っていたフードを深く被りなおした。
お願い、違っててくれ。どうか、来ないで。来ないでくれ。
凝視する先で、人混みが押し開かれるように割れていく。
人々は驚きと興奮で顔を上気させながら、両脇に壁を作るように道を開けた。
通りの真ん中を進むのは、騎乗の兵たち。
王直属の彼らの優美なマントは目に鮮やかで、太陽を反射する鎧は冷たく厳かな輝きを放った。
その中心には、すらりとしながらも逞しい美丈夫の姿があった。
「あ……」
息が詰まる。
「王だ」「陛下だ」「どうしてこんなところに?!」「国王陛下だ!!」
至近距離で会うことなど、生涯に一度あるかどうかの至高の存在。人々は我先にと集まってくる。
王を守る兵士たちは、これ以上近づかせまいと群衆の前に立ちはだかり、人垣を作って制した。
「お誕生日おめでとうございます、国王様!」
小さな女の子の祝福に、サンザは慈しむような笑みを向けた。
その完璧な王の笑顔を見た瞬間、レオは体を固くした。
商人が驚愕に目を見開き、レオへ目配せする。
レオは気づかれぬよう、ほんの少しずつ後ずさりして、店の奥へ体を隠した。
だが。
サンザは迷いもなく真っ直ぐに商人のテントへ向かってきた。
跨っていた馬から颯爽と降りると、そばの兵士に手綱を預ける。
「そこの商人。この店に齢十五、六の少年がいると聞いた。会わせてもらえないだろうか。わたしの探し人かもしれない」
初めてまみえた国王に、緊張に耐えながら商人は必死に笑みを作った。
「へえ、確かにおりますが……あれはうちの奴隷でして。恐れ多くて、国王陛下にお見せできる者ではございません」
「構わん」
「いえ、その……何日も身を清めておりません。お目汚しと承知の上でお見せするなど、とてもとても――」
苛立ちを隠しもせず、サンザが鋭く商人を睨む。
国王が放つ絶対的な気迫に商人は膝が震えるのを必死に堪える。
「……レオ。そこにいるのだろう?」
商人の背中越しに、低く、よく通る声が響く。
息を潜めて隅に隠れていたレオの呼吸が止まる。
「お前の香りが、わたしをここまで導いた。わたしを欺くことは適わんと知れ」
レオはさらに身を縮こませた。
「陛下、時期に謁見のお時間です。急ぎお戻りを」
ハーランの声がした。
サンザは不機嫌そうに舌打ちする。
「レオ、こちらに来い。わたしに無理強いをさせるな。穏便に済ませたいのだ」
言いながら柄に手をかける。これは脅しだ。鞘が鳴る。金属の擦れる甲高い音が、周囲の喧騒を一瞬で黙らせた。
「わたしとて、罪のない商人を斬り捨てたくはない」
鞘から剣が抜かれようとした時。
「やめてください!」
レオは弾かれたように商人の背後から飛び出した。
そして、商人を庇うように立ちふさがる。
サンザの顔が、ゆっくりと歓喜の笑みに染まった。
「ようやく顔を見せたな」
レオはサンザから顔を背けた。
「今までありがとうございました。ご迷惑を……本当に、ごめんなさい」
レオは振り返って商人へ頭を下げた。
「大丈夫なのか?」と心配する声に、微笑んでうなづく。
「ふたりと一緒に、行けたら良かったな……」
目を向けたその先、娘が人混みの隙間から心配そうに覗いていた。
レオは小さく会釈した。
そして――サンザへ歩み寄る。
「しばらく見ないうちに、背が伸びたのだな」
サンザは自分の肩にかけていた、刺繍の美しいマントを外し、レオを包み込むように肩へ掛けた。
その仕草は、まるで二度と逃がす気がないと鎖を掛けるかのようだった。
「陛下、どうぞお戻りを」
兵士が声をかける。
サンザはレオを軽々と抱き上げ、自分の馬に乗せた。
その背後にぴたりと体を寄せて乗ると、レオを強く抱き締める。
そして手綱が振り下ろされた。
馬は駆けだし、街の喧騒を置き去りにして走り去る。
商人は娘と共に、遠ざかっていく二人の背中をただ見守るしかなかった。
何頭もの馬の嘶き、金具の触れ合う高い音、だんだんと膨れあがる喧騒。
「何かあったのか? やけに騒がしいな」
商人が通りを眺めながら眉をひそめた。
店の番に飽きた商人の娘が「ちょっと見てくる!」と弾む声で言い、ひらりと人混みのなかへ駆けていく。
「気をつけろよ!」
「わかってるって!」
だが、レオの胸には、胸騒ぎが広がりはじめていた。
地鳴りのような振動と馬の鳴き声がさらに近づいてくる。
嫌な予感が、背筋を冷たく掴む。
レオは磨いていた売り物の銀食器を置き、被っていたフードを深く被りなおした。
お願い、違っててくれ。どうか、来ないで。来ないでくれ。
凝視する先で、人混みが押し開かれるように割れていく。
人々は驚きと興奮で顔を上気させながら、両脇に壁を作るように道を開けた。
通りの真ん中を進むのは、騎乗の兵たち。
王直属の彼らの優美なマントは目に鮮やかで、太陽を反射する鎧は冷たく厳かな輝きを放った。
その中心には、すらりとしながらも逞しい美丈夫の姿があった。
「あ……」
息が詰まる。
「王だ」「陛下だ」「どうしてこんなところに?!」「国王陛下だ!!」
至近距離で会うことなど、生涯に一度あるかどうかの至高の存在。人々は我先にと集まってくる。
王を守る兵士たちは、これ以上近づかせまいと群衆の前に立ちはだかり、人垣を作って制した。
「お誕生日おめでとうございます、国王様!」
小さな女の子の祝福に、サンザは慈しむような笑みを向けた。
その完璧な王の笑顔を見た瞬間、レオは体を固くした。
商人が驚愕に目を見開き、レオへ目配せする。
レオは気づかれぬよう、ほんの少しずつ後ずさりして、店の奥へ体を隠した。
だが。
サンザは迷いもなく真っ直ぐに商人のテントへ向かってきた。
跨っていた馬から颯爽と降りると、そばの兵士に手綱を預ける。
「そこの商人。この店に齢十五、六の少年がいると聞いた。会わせてもらえないだろうか。わたしの探し人かもしれない」
初めてまみえた国王に、緊張に耐えながら商人は必死に笑みを作った。
「へえ、確かにおりますが……あれはうちの奴隷でして。恐れ多くて、国王陛下にお見せできる者ではございません」
「構わん」
「いえ、その……何日も身を清めておりません。お目汚しと承知の上でお見せするなど、とてもとても――」
苛立ちを隠しもせず、サンザが鋭く商人を睨む。
国王が放つ絶対的な気迫に商人は膝が震えるのを必死に堪える。
「……レオ。そこにいるのだろう?」
商人の背中越しに、低く、よく通る声が響く。
息を潜めて隅に隠れていたレオの呼吸が止まる。
「お前の香りが、わたしをここまで導いた。わたしを欺くことは適わんと知れ」
レオはさらに身を縮こませた。
「陛下、時期に謁見のお時間です。急ぎお戻りを」
ハーランの声がした。
サンザは不機嫌そうに舌打ちする。
「レオ、こちらに来い。わたしに無理強いをさせるな。穏便に済ませたいのだ」
言いながら柄に手をかける。これは脅しだ。鞘が鳴る。金属の擦れる甲高い音が、周囲の喧騒を一瞬で黙らせた。
「わたしとて、罪のない商人を斬り捨てたくはない」
鞘から剣が抜かれようとした時。
「やめてください!」
レオは弾かれたように商人の背後から飛び出した。
そして、商人を庇うように立ちふさがる。
サンザの顔が、ゆっくりと歓喜の笑みに染まった。
「ようやく顔を見せたな」
レオはサンザから顔を背けた。
「今までありがとうございました。ご迷惑を……本当に、ごめんなさい」
レオは振り返って商人へ頭を下げた。
「大丈夫なのか?」と心配する声に、微笑んでうなづく。
「ふたりと一緒に、行けたら良かったな……」
目を向けたその先、娘が人混みの隙間から心配そうに覗いていた。
レオは小さく会釈した。
そして――サンザへ歩み寄る。
「しばらく見ないうちに、背が伸びたのだな」
サンザは自分の肩にかけていた、刺繍の美しいマントを外し、レオを包み込むように肩へ掛けた。
その仕草は、まるで二度と逃がす気がないと鎖を掛けるかのようだった。
「陛下、どうぞお戻りを」
兵士が声をかける。
サンザはレオを軽々と抱き上げ、自分の馬に乗せた。
その背後にぴたりと体を寄せて乗ると、レオを強く抱き締める。
そして手綱が振り下ろされた。
馬は駆けだし、街の喧騒を置き去りにして走り去る。
商人は娘と共に、遠ざかっていく二人の背中をただ見守るしかなかった。
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