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「お前、耳、弱いもんな。感じちゃった?」
「……やめた。守衛がくるまで、そうしてろよ」
「冗談だよ。早く左のポケットを探してくれ。なんだったらもう一回、好きって言ってやろうか?」
徳村がそう言うと、渡会は乱暴に左ポケットに手を突っ込んだ。
そこには犬のキーホルダーがついた鍵、そして財布が入っていた。
財布から小銭だけ取って、それ以外のものを徳村の膝に放る。そして徳村の背後に回った。
紐を引っ張り、出来た僅かな空間に十円玉を差し込み、もう一枚の十円玉と擦れるように引く。
しかし、なかなか思うように切れない。
「これは無理だよ」
「やっぱ都市伝説かよ。まじかあ、嘘つかれた」
「普通に裂いて引きちぎった方が早いよ。鍵で引っ掻いてもいい?」
「どうぞ。ただし、俺には傷をつけんなよ」
つい先ほど、徳村の拳が頬を掠めたのを思い出して、渡会は鼻で笑った。
「……どうしてお前なんかに惚れたんだろうな。気がおかしかったんだとしか思えない」
「俺がそこらへんの男より何倍もかっこいいからじゃないの」
「そうだな。お前には顔しかない。人間としての優しさなんか、微塵もないもんな」
繊維が残ったテープを、渡会は力任せに引き千切った。ぱらぱらとテープの残骸は床に落ちてた。
椅子に腰掛けたまま、徳村は自由になった手首をごしごしと強く擦る。
用がなくなった小銭を投げ渡し、渡会は立ち上がった。
「生徒会室に鍵をかけるから、出て行けよ」
ドアを指差すと、徳村は心外そうな顔で渡会を見た。
「辛気臭いドラマはもう終わり? 捨てないでって言わないの?」
何を言い出すんだ、こいつは……
渡会は憤りを胸の内に押さえ込んだ。
「お前、俺をそんなに殴りたいの」
「そんなこと言ってねえじゃん」
「気色悪い真似したら、本気で殴り飛ばすってさっき言ってただろ。俺はお前みたいにカッコよくないから、少しでも顔崩されたらふた目と見られなくなって困るんだよ」
「見られなくなると困るの? なに、お前、女にもてたかったの?」
渡会は徳村をきっと睨んだ。
なんて無神経な男だ。たった今ふったばかりの相手に向かって言う言葉じゃない。
渡会は生徒会長の机に放ってあったカバンを脇に挟んだ。
「顔なんかどうでもいいじゃん。お前には優秀な脳みそがあるんだし」
「……絶対安全圏だった第一志望の合格確率が五十パーセントを切ったんだ、それのどこが優秀だ」
「え? 切ったって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。もう俺には国公立は無理だ。ランクを落として、願書を出し直すことになった」
「え、ちょっとそれってマジ? おたく、うちの学校の創立以来の秀才だって話だったじゃん」
「俺だって人間だ。勉強以外に夢中になるものだってある」
しばらく黙り込んだ徳村が口を開いた。
「……それって、俺のこと?」
肯定すれば、徳村はきっとまた嘲り笑うのだろう。
渡会は唇を噛んで、違う、と首を横に振った。
けれど弱々しくなる声はどうにもならなかった。
「見回りがもうすぐ来る。見つかる前に出るぞ」
「お前さ、そんなに俺のこと好きだったの?」
「耳がちゃんとついてんのかよ。違うって言ったろ!」
「俺とのセックス、そんなに良かった? お得意な勉強が手につかなくなるくらいはまった? 受験なんかどうでも良くなるくらいに俺が好きなの?」
「お前! いい加減にしろよなっ!」
半分開けたドアを蹴った。
ガタンッと大きな音が響く。
今の音を聞きつけて、守衛が怪しんでやってくるかもしれない。
あるいは、外の吹き荒ぶ嵐の轟音が、全てをかき消してくれたかもしれない。
けれど、どちらでも良かった。
目の前にいる男以外の存在は、頭から全て抜け落ちていた。
「そんなこと、今になって聞き出してどうするんだ。そんなの無意味だろ!」
「無意味かどうかは俺が決める」
「だったら、言うかどうかだって俺の自由だ」
「好きだって言っても答えないか? ここでセックスしようって言っても駄目か?」
「お前……っ」
ドクンドクンと激しい心音が聞こえる。
この男は屈辱の上に、更に屈辱を塗りこもうとする。
自分をどれだけ貶めれば気が済むんだろう。泣きたくなんかないのに、胸の奥が震えて仕方がない。
こんな男に泣き顔なんか晒したくないのに、目尻が熱くなる。
泣くな泣くな泣くな。なけなしの意地が、涙をなんとか塞き止めている。
「聞きたいなら教えてやる。お前のことは確かに好きだった。でも全部過去だ。お前のセックスは痛いだけで最低だった。好きだなんて、お前の口からもう二度と聞きたくない。お前とのセックスなんて、考えるだけで反吐が出る!」
渡会が一気に捲し立てるように言い終えた後、呼吸を整えていると、徳村はすっと視線を泳がした。
そして、「そうか」と小さく口にして、床に落ちていた自分のカバンを拾った。
「痛かったんなら、それは謝る。ごめん。こっちは男なんか初めてだから、どうすりゃいいのかわかんなかったんだよ」
「せいぜい本命とやらには優しくすればいい」
渡会が言い放つと、「そうか、そうだな……」と、歯切れの悪い言葉の後に、徳村は頷いた。
「……やめた。守衛がくるまで、そうしてろよ」
「冗談だよ。早く左のポケットを探してくれ。なんだったらもう一回、好きって言ってやろうか?」
徳村がそう言うと、渡会は乱暴に左ポケットに手を突っ込んだ。
そこには犬のキーホルダーがついた鍵、そして財布が入っていた。
財布から小銭だけ取って、それ以外のものを徳村の膝に放る。そして徳村の背後に回った。
紐を引っ張り、出来た僅かな空間に十円玉を差し込み、もう一枚の十円玉と擦れるように引く。
しかし、なかなか思うように切れない。
「これは無理だよ」
「やっぱ都市伝説かよ。まじかあ、嘘つかれた」
「普通に裂いて引きちぎった方が早いよ。鍵で引っ掻いてもいい?」
「どうぞ。ただし、俺には傷をつけんなよ」
つい先ほど、徳村の拳が頬を掠めたのを思い出して、渡会は鼻で笑った。
「……どうしてお前なんかに惚れたんだろうな。気がおかしかったんだとしか思えない」
「俺がそこらへんの男より何倍もかっこいいからじゃないの」
「そうだな。お前には顔しかない。人間としての優しさなんか、微塵もないもんな」
繊維が残ったテープを、渡会は力任せに引き千切った。ぱらぱらとテープの残骸は床に落ちてた。
椅子に腰掛けたまま、徳村は自由になった手首をごしごしと強く擦る。
用がなくなった小銭を投げ渡し、渡会は立ち上がった。
「生徒会室に鍵をかけるから、出て行けよ」
ドアを指差すと、徳村は心外そうな顔で渡会を見た。
「辛気臭いドラマはもう終わり? 捨てないでって言わないの?」
何を言い出すんだ、こいつは……
渡会は憤りを胸の内に押さえ込んだ。
「お前、俺をそんなに殴りたいの」
「そんなこと言ってねえじゃん」
「気色悪い真似したら、本気で殴り飛ばすってさっき言ってただろ。俺はお前みたいにカッコよくないから、少しでも顔崩されたらふた目と見られなくなって困るんだよ」
「見られなくなると困るの? なに、お前、女にもてたかったの?」
渡会は徳村をきっと睨んだ。
なんて無神経な男だ。たった今ふったばかりの相手に向かって言う言葉じゃない。
渡会は生徒会長の机に放ってあったカバンを脇に挟んだ。
「顔なんかどうでもいいじゃん。お前には優秀な脳みそがあるんだし」
「……絶対安全圏だった第一志望の合格確率が五十パーセントを切ったんだ、それのどこが優秀だ」
「え? 切ったって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。もう俺には国公立は無理だ。ランクを落として、願書を出し直すことになった」
「え、ちょっとそれってマジ? おたく、うちの学校の創立以来の秀才だって話だったじゃん」
「俺だって人間だ。勉強以外に夢中になるものだってある」
しばらく黙り込んだ徳村が口を開いた。
「……それって、俺のこと?」
肯定すれば、徳村はきっとまた嘲り笑うのだろう。
渡会は唇を噛んで、違う、と首を横に振った。
けれど弱々しくなる声はどうにもならなかった。
「見回りがもうすぐ来る。見つかる前に出るぞ」
「お前さ、そんなに俺のこと好きだったの?」
「耳がちゃんとついてんのかよ。違うって言ったろ!」
「俺とのセックス、そんなに良かった? お得意な勉強が手につかなくなるくらいはまった? 受験なんかどうでも良くなるくらいに俺が好きなの?」
「お前! いい加減にしろよなっ!」
半分開けたドアを蹴った。
ガタンッと大きな音が響く。
今の音を聞きつけて、守衛が怪しんでやってくるかもしれない。
あるいは、外の吹き荒ぶ嵐の轟音が、全てをかき消してくれたかもしれない。
けれど、どちらでも良かった。
目の前にいる男以外の存在は、頭から全て抜け落ちていた。
「そんなこと、今になって聞き出してどうするんだ。そんなの無意味だろ!」
「無意味かどうかは俺が決める」
「だったら、言うかどうかだって俺の自由だ」
「好きだって言っても答えないか? ここでセックスしようって言っても駄目か?」
「お前……っ」
ドクンドクンと激しい心音が聞こえる。
この男は屈辱の上に、更に屈辱を塗りこもうとする。
自分をどれだけ貶めれば気が済むんだろう。泣きたくなんかないのに、胸の奥が震えて仕方がない。
こんな男に泣き顔なんか晒したくないのに、目尻が熱くなる。
泣くな泣くな泣くな。なけなしの意地が、涙をなんとか塞き止めている。
「聞きたいなら教えてやる。お前のことは確かに好きだった。でも全部過去だ。お前のセックスは痛いだけで最低だった。好きだなんて、お前の口からもう二度と聞きたくない。お前とのセックスなんて、考えるだけで反吐が出る!」
渡会が一気に捲し立てるように言い終えた後、呼吸を整えていると、徳村はすっと視線を泳がした。
そして、「そうか」と小さく口にして、床に落ちていた自分のカバンを拾った。
「痛かったんなら、それは謝る。ごめん。こっちは男なんか初めてだから、どうすりゃいいのかわかんなかったんだよ」
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