【完結】君の夜に消える。

comacomainu

文字の大きさ
11 / 14

11.

しおりを挟む
「ふざけんなっ!」

耳を突き刺す鋭い怒声。震える拳が視界に飛び込む。
頭上に振り上げられて、殴られる、と目を瞑る。
ダンッと衝撃。
けれど、覚悟していた痛みはない。
恐る恐る瞼を開く。
渡会の顔のすぐ横の壁に拳を打ちつけた徳村が苦々しげに呟く。

「愛だの恋だの、どいつもこいつもうるせえんだよ。抱きたいって気持ちだけじゃ駄目なのかよ。性欲だって愛の形のひとつだろ。愛を誓わなきゃ抱けねえっつうの? ああ?」

「……強姦するのか」

呟くと、空気が一段、沈み込んだ気がした。

「しねえよ、趣味じゃない。でも、お前ん中に入りてえんだよ」

「俺じゃない人を抱けばいいだろ」

「お前の中に出したいって言ってんだよ、俺は。さっきから勃ったままで辛いんだよ。わかれよ、いい加減」

「だったら、無理やりすればいい」

「しないって言ってんだろっ」

距離が、急に詰まる。
徳村は渡会の首筋に顔を埋めてきた。もぞもぞと腰を動かした男が渡会の顔を窺って、不貞腐れたように口を開いた。

「おい。キスするぞ」

渡会は、何も答えなかった。
眉がきつく顰められた男の顔が次第に近づいて来る。鼻先が擦れ、唇がちゅくちゅくと啄まれる。
息が零れる。徳村のキスはいとも容易く渡会を溺れさせる。愛されている、そんな錯覚を覚えさせる。

「キスはいいのに、セックスになるとどうして駄目なんだ」

両手で頬を挟まれ、舌で唇をなぞられる。くんと咽喉が鳴ると、徳村はふと鼻で笑った。

「お前はひねくれてるし、いちいち手がかかって面倒臭い。顔も性格も地味で根暗だし、セックスもキスも下手クソだ。第一、同性が好きな変態野郎で、とりえは勉強しかない。その唯一の頭もやばくなってんだろ。お前、俺がいなくなったら、何もなくなるじゃねえか」

徳村は渡会をじっと見下ろしていた。
視線だけが落ちてきて、言葉が来ない。
次に何を言われるのか、渡会は身構えた。

「……なあ。一日中、好きだって言えばいいの。呼ばれればすぐに飛んでいって、俺にはお前しかいないって言えばいいの?」

徳村の黒い瞳に、自分の戸惑う姿が映った。
どうして、そんな話になるのか分からない。
渡会は一度、息を整えた。

「……本当に別れたくないって思ってるの」

「別れたくない」

「本命の人はどうするんだよ」

「……どうでもいい。お前が嫌ならあっちと別れるし」

「俺が嫌なら本命とは別れるって、全然意味わかんないし! お前は信用できない。誰かに誘われたら、どうせまたその人を抱くんだろ!」

むっとした顔で徳村は黙り込み、しばらくして諦めたようにため息をついた。

「別の奴を抱いても、最後には絶対お前のとこに戻るって言ってもどうせ怒るんだろ」

「当たり前だ、俺は俺だけを好きでいてくれる人がいい」

「なんで男のくせに同じ男の気持ちがわかんねえんだよ。浮気願望ぐらい、男なら誰にだってあるだろ。お前だって誘われれば、そいつとしてみたいって思うに決まってんだから」

「俺が徳村以外と?」

「ああ。けど、誘われてもお前は絶対浮気すんじゃねえぞ。お前の身体を誰かと共有するなんて冗談じゃねえからな」

「それって理不尽だ。自分は浮気するって宣言してるのに」

「思うだけなら許してやる。けど、俺以外の人間に指一本だって触らせるなよ。ぶん殴るぞ」

強い口調で言い放った後、徳村はふうと息を吐いて、そして困り果てた顔で渡会を抱き締めた。

「ったく、なんだってんだよ、一体。自分が自分で全然理解出来ねえんだよ。なんで、俺はお前にこんなに固執してんだよ……」

背中に回っている手に力がこもる。水蒸気が雫となって天井からぽとりと落ちる。

「俺のどこに惚れたかわからないってお前が言った時から、ずっと頭ん中がぐちゃぐちゃなんだよ。優しくないとか、反吐が出るとか、お前、俺を好きだって言ってたくせに散々ひどいこと言うし。俺は俺なりに優しくしてきたのに、お前は自分は男だからっつって、可愛くないことばっかほざいてたじゃねえか。LINEだって、毎日毎日、大した用もないのに必死に話題作って送ってやってたんだぞ。
俺は男と付き合うのは初めてだって最初から言っておいたろ。女が喜ぶことは知ってても、男が喜ぶ優しさなんか知らねえっつうんだよ。セックスにしたってそうだ。いつも前もって明日はどうだって連絡入れてただろ。お前が断れば俺は抱かないようにしてたんだ」

目を大きく見開く。

自分の耳を疑った。

「……そうだったの?」

徳村はのっそりと顔を上げて、恨めしい目つきで渡会を見た。

「お前、俺の噂知ってんだろ。俺は同じ女とは長く続かないんだ。俺の浮気性が我慢ならないんだとさ」

徳村は舌打ちした。

「お前、俺と付き合いだしてどれくらい経つか数えてみろ」

「……半年?」

思わず小声になった。渡会はうつむいて、唇を噛んだ。

「半年はとっくに過ぎてる」

徳村の言わんとすることがわかって、胸の奥がざわざわと震えた。

「……お前、俺の特別だったって、なんで思わないの。いちいち口にしなくったって、それくらい気付けよ」

信じるな、と頭の奥で何度も声がした。
渡会が、もしここでうなずいたら、徳村はまた同じことを繰り返すに違いない。
どうせこの男は、また気まぐれに誰かを抱いて、そしてまたーー

それでも。
それでも、半年、という時間が耳に残って離れない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...