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第3話 プリン・アラモード、あるいは世界最終戦争の引き金
しおりを挟む甘いものは人を幸せにする。
これは前世の世界でも、この異世界でも変わらぬ真理だと思っていた。
前回の「闇鍋事件」で疲弊した俺は、荒んだ心を癒やすべく、そして店の売上という名の現実的な数値を回復すべく、新メニューの開発に着手した。
選んだのは「プリン」だ。
卵、牛乳、砂糖。この村でも手に入るありふれた材料で、魔法のような至福を生み出す。プルプルとした黄金色の小山は、平和の象徴そのものだ。
俺は試作品をカウンターに並べ、開店準備を整えた。
今日こそは、優雅なティータイムが訪れるはずだ。
……まあ、結論から言おう。
俺が作ったのは平和の象徴ではなく、「争いの火種」だったらしい。
「なんじゃ……この、けしからん物体は……!」
カウンター席で、ゼグラム村長が震える手でスプーンを握りしめている。
彼の目の前には、俺が自信を持って提供した特製カスタードプリン。
村長はスプーンの背でプリンをペチペチと叩き、その弾力を確認しては、顔を赤らめていた。
「この弾力……まるで赤子の柔肌の如し! いや、あえて言おう、これはエルフの秘儀によって精製された『賢者の石(柔らかめ)』ではないか!?」
「ただのプリンです。早く食ってください」
俺が冷たく言い放つと、隣の席でアルドがすでに五個目のプリンを丸呑みしていた。
「うめえええ!! 噛まなくていい! これは飲み物だ! 筋肉に行き渡る感じがするぜ!」
「味わえ。あと飲み物じゃない」
ここまではいい。想定の範囲内だ。
問題は、この黄金色の物体が、彼らの奇妙な対抗意識に火をつけてしまったことだ。
「おい筋肉ダルマよ。貴様のような野蛮人に、この繊細な『ぷるぷる』の良さがわかってたまるか。これは芸術品じゃ。村の重要文化財に指定し、ワシの家の金庫で永久保存する」
「ああん? なに言ってんだじじい! これは俺たち冒険者の貴重な糖分補給源だ! 全部買い占めて遠征に持っていくに決まってんだろ!」
村長と勇者が睨み合う。
その間には、残り一つとなった最後のプリン。
店内の空気がピリつき始めた。たかがお菓子一つで殺気立たないでほしい。
「……(スッ)」
二人が言い争っている隙に、横から伸びてきた小さな手が、最後のプリン皿を音もなく掠め取った。
ミアだ。
彼女は無表情のまま、スプーンですくったプリンを口に運ぶ。
「あ! ミア、てめぇ抜け駆けしやがって!」
「待て待て! カラメルソースを混ぜずに食べるなど邪道じゃ! まず全体を撹拌して……」
外野の騒音を完全に無視し、ミアは一口食べた瞬間――
カッ!!
彼女の全身から、眩い黄金の魔力光が噴出した。
美味しい、という感情表現なのだろうか。それにしては出力が高すぎる。店内の照明がショートし、棚のグラスが共鳴音を立てて震え始めた。
「……(恍惚)」
「ミア、魔力を抑えろ! 覚醒するな! プリンでリミッターを解除するな!」
俺の叫びも虚しく、ミアの背後に魔法陣が展開される。どうやら「おかわり」を要求するための威嚇射撃らしい。
それを見たアルドとゼグラム村長も、それぞれの武器(大剣と盆栽用のハサミ)を構えた。
「させるか! 次のロットはワシのものじゃ!」
「俺が先に注文したんだよ!」
「……(ファイアボール装填完了)」
狭い店内で、三つ巴の戦いが始まろうとしている。
俺はカウンターの下に隠しておいた「閉店」の看板を握りしめ、天を仰いだ。
卵と牛乳を混ぜて蒸しただけだぞ?
なぜそれが、核戦争の一歩手前みたいな状況を生み出すんだ。
「お前ら……全員、出禁にするぞ……」
俺の掠れた脅し文句は、アルドの雄叫びとミアの爆裂魔法の詠唱にかき消された。
どうやら、この店で「甘いひととき」を過ごすには、もっと強硬な手段――例えば、客全員に睡眠薬を盛るとか――が必要なのかもしれない。
俺は静かにカウンターの中にしゃがみ込み、嵐(と店が壊れる音)が過ぎ去るのを待った。
次回、プリンはコンクリートのように硬く作ろう。そう心に誓って。
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