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1.異世界人 山森真人
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「さあ、今日の授業だが……人差し指一本で相手を動けなくする方法を教えよう!」
真人様は握りしめた拳の人差し指をピッと立てると、椅子に座っているフィリップ王子を指さした。
「人差し指1本で相手を動けなくさせる!? そんなこと出来るのか!?」
フィリップ王子は前のめりになりながら、興味津々で期待の眼差しを真人様に向けている。
私は特に驚くことも無く冷静な目でその様子を伺う。
「ふっふっふ。まあ正確には座っている相手を立ちあがれなくする方法だけどな」
既にさっきと言ってることが違う。
この男の授業はいつも行き当たりばったりで計画性というものが皆無である。
それでもフィリップ王子はキラキラと目を輝かせて真人様を見ている。
「立ち上がれなく? それもすごいじゃないか!? どうやるんだ!?」
「よし、じゃあお前はそのまま椅子にしっかり座ってるんだぞ」
そう念を押すと、真人様は椅子に座っているフィリップ王子の前まで歩き出した。
真人様が伸ばした手が王子に触れられる所まで近付くと、その歩みを止めた。
少し顔を強ばらせた王子がゴクリと喉を鳴らし、その額からは一筋の汗が流れ落ちた。
真人様は人差し指をピンと立て、王子の額の真ん中をグッと押した。
王子は少しだけ後ろに仰け反り、椅子の背もたれにもたれかかるような体制になった。
「さあ、フィリップ。立ち上がれるか?」
「……た……立てない。立ち上がれないだと!?」
フィリップ王子はグッグッと力を入れて立とうとしているが、何度やっても立ち上がれる様子は見られない。
「何でだ!? 何で立ち上がれないんだ!?」
「ははははは! それは知らん‼」
いや、そりゃ立てないでしょう。
人間は立ち上がる時に頭を前に出すことにより、重心を移動して立ち上がる。人として無意識に行っている自然な動作だ。
人差し指1本とは言え、頭を動かせなくされたら立ち上がれるはずがない。
だとしても、特に戦闘訓練も受けていないただの男に、指先1つで身動き取れなくされているのはこの国の王子としては大問題だ。
王子が本気を出していないのは分かってはいるが、これは由々しき事態である。
「なんだか知らないけどすごいぞ真人! 僕もやりたい! やらせてくれ!」
フィリップ王子は期待に胸を踊らせながら真人様と立ち位置を入れ替えた。
真人様が椅子に座ると、先程の真人様と同じ様にフィリップ王子が人差し指を真人様の額に押し当てた。
そしてグッと力を入れた瞬間、真人様の体はゆっくりと後ろへと傾き……フィリップ王子は不思議そうに口を開いた。
「あれ?」
ドッシャァァァーン!
座っていた椅子ごと真人様は後ろへとひっくり返った。
「いってぇー!」
「だ、大丈夫か!?」
ひっくり返ったままの真人様にフィリップ王子が心配そうに駆け寄った。
「いやお前、力強すぎだろ!」
差し出されたフィリップ王子の手をとり、真人様は頭を擦りながら体を起こした。
「す、すまない。次は気を付けてやってみよう」
しかし真人は後頭部を強打した影響で、頭を抑えたまま立ち上がれないでいる。
すると、フィリップ王子はチラリと私の方に目線を向けた。
……私がやれってことね。
私は深い溜息をつくと、倒れている椅子を元に戻して腰掛けた。
真人様は床に座ったままその様子を見つめている。
王子は期待に満ちた眼差しで人差し指を私の額に当てる。
しかし先程の反省点を踏まえて、大分加減してくれているようだ。押されている感覚はなく、ただ指を当てられているだけである。
「どうだユナ? 立ち上がれるか?」
ドヤ顔を浮かべている王子の表情に、若干の不快さはあるが、私は無表情のまま当てられた王子の指を押し退けるように頭を前に倒し、ヒョイっと立ち上がった。
「な!? 普通に立ち上がったぞ!? 真人! どういうことだ!?」
私が難なく立ち上がった事にショックを受けたフィリップ王子は真人様に詰め寄った。
「いやお前なぁ、今度は力が弱すぎなんだよ! 極端なんだよ! この場合はしっかり相手の頭を固定するくらいは力を入れないとだなぁ!」
フィリップ王子の不器用さにはさすがの真人様も呆れ気味である。
「くそっ! ユナ、もう1回! もう1回だけやらせてくれ!!」
縋るように言われて、私は表情を変えずに再び椅子へ腰掛けた。
フィリップ王子はふぅっと息を付いて落ち着きを取り戻すと、再び私の額に指を押し当てた。今度はしっかりと力が入っている。
「よし……今度こそ立てないはず――」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべながら私に話しかけるフィリップ王子の話が終わるよりも早く、私は王子の足に自分の足を引っ掛けるようにして一気にその足を引いた。
「ぬお!?」
バランスを崩したフィリップ王子はそのまま後ろにひっくり返るように倒れた。当然、私の額に押し当てられていた指も無くなっている。
私はフィリップ王子を見下ろしながらゆっくりと立ち上がった。
真人様と違い、反射的に受身をとっていたフィリップ王子はすぐに体を起こして私を睨みつけた。
「なっ……せこいぞユナ!」
「何がせこいんですか?」
私はフィリップ王子を突き刺すように睨み返した。
ただならぬ様子の私を見たフィリップ王子は睨みを解き、ビクッと体を震わせた。
「さっきから黙って見てたらなんなんですか? 戦いとは無縁のひ弱な男に指一本で動けなくさせられるなんて……恥ずかしくないんですか? 平和ボケもいい加減にしてくださいよ。あなたはこの国の王太子。ゆくゆくは国王になるお方ですよ? それがなんですか? こんな男に指さされ、額に指を突かれ、立ち上がれなくされてヘラヘラと笑っている。馬鹿なんですか?」
闇のオーラを身にまとい、淡々と語りかける私をフィリップ王子は涙目になりながら子犬のように見つめている。
真人様は我関せずというような顔で窓の外を眺めている。
そんな2人を見て私はある事を決心した。
「そうですね……ちょうど良い機会なので、今日は私が特別にお二人に授業をして差し上げましょう」
「え? 俺も?」
「あなたもですよ」
すっとぼける真人様を睨みつけると、私は二人に見える様に人差し指をピッと立てた。
「授業のテーマは指一本で立ち上がれなくさせられた場合の対処法です」
私の言葉に、二人は「おおー」と関心を示し、パチパチと手を鳴らしている。
「では、まずは私を立ち上がれなくさせてみて下さい」
私は2人にそう指示すると、椅子に座った。
2人は目で会話をするかのように、しばらく無言で見つめ合っていたが、やがて頷き合うと真人様が私の目の前にやってきた。
緊張した様子でその手を私の額に向けて伸ばし、その指を私の額に当てようとしたその時、私はその指を避けるように前かがみになり、そのまま地を蹴り真人様の懐に入り込んだ。
「へ?」
真人様の間の抜けた声が聞こえた気がしたけど気にしない。
伸ばされた真人様の腕を掴み、そのままヒョイっと投げ飛ばした。
「ぐっほおおあッ!」
受身を取れなかった真人様は床に背中を強打し、そのまま動けずにピクピクと体を痙攣させている。
「大丈夫か真人!?」
フィリップ王子が慌てて駆け寄るが、真人様は起き上がれそうにない。
「お……俺はもうダメだ。多分、背骨が砕けた」
「なに!? すぐに医者を!」
「んなわけないでしょうが」
またくだらないやり取りをしようとする二人の間に入り、私は授業を続ける。
「そもそもですね、動けなくされてからじゃ遅いんですよ。そうなる前に相手をねじ伏せないといけません。さあ、授業を続けましょうか。次はフィリップ王子ですよ?」
指名を受けたフィリップ王子は何か恐ろしいものでも見るかのように私を凝視しながら戦慄していた。
こうして2人は私による有難くとても為になる授業を受ける事になった。
部屋から聞こえてくる悲鳴や叫び声に使用人が何事かと様子を見に来たが、私の姿を見て安心すると無言で立ち去って行った。
私はフィリップ王子の侍女だが、護衛の役割も兼ね備えているため、その実力は折り紙付きである。
授業が終わるまでのみっちり1時間、2人の緩みきった根性を叩き直させてもらうのだった。
真人様は握りしめた拳の人差し指をピッと立てると、椅子に座っているフィリップ王子を指さした。
「人差し指1本で相手を動けなくさせる!? そんなこと出来るのか!?」
フィリップ王子は前のめりになりながら、興味津々で期待の眼差しを真人様に向けている。
私は特に驚くことも無く冷静な目でその様子を伺う。
「ふっふっふ。まあ正確には座っている相手を立ちあがれなくする方法だけどな」
既にさっきと言ってることが違う。
この男の授業はいつも行き当たりばったりで計画性というものが皆無である。
それでもフィリップ王子はキラキラと目を輝かせて真人様を見ている。
「立ち上がれなく? それもすごいじゃないか!? どうやるんだ!?」
「よし、じゃあお前はそのまま椅子にしっかり座ってるんだぞ」
そう念を押すと、真人様は椅子に座っているフィリップ王子の前まで歩き出した。
真人様が伸ばした手が王子に触れられる所まで近付くと、その歩みを止めた。
少し顔を強ばらせた王子がゴクリと喉を鳴らし、その額からは一筋の汗が流れ落ちた。
真人様は人差し指をピンと立て、王子の額の真ん中をグッと押した。
王子は少しだけ後ろに仰け反り、椅子の背もたれにもたれかかるような体制になった。
「さあ、フィリップ。立ち上がれるか?」
「……た……立てない。立ち上がれないだと!?」
フィリップ王子はグッグッと力を入れて立とうとしているが、何度やっても立ち上がれる様子は見られない。
「何でだ!? 何で立ち上がれないんだ!?」
「ははははは! それは知らん‼」
いや、そりゃ立てないでしょう。
人間は立ち上がる時に頭を前に出すことにより、重心を移動して立ち上がる。人として無意識に行っている自然な動作だ。
人差し指1本とは言え、頭を動かせなくされたら立ち上がれるはずがない。
だとしても、特に戦闘訓練も受けていないただの男に、指先1つで身動き取れなくされているのはこの国の王子としては大問題だ。
王子が本気を出していないのは分かってはいるが、これは由々しき事態である。
「なんだか知らないけどすごいぞ真人! 僕もやりたい! やらせてくれ!」
フィリップ王子は期待に胸を踊らせながら真人様と立ち位置を入れ替えた。
真人様が椅子に座ると、先程の真人様と同じ様にフィリップ王子が人差し指を真人様の額に押し当てた。
そしてグッと力を入れた瞬間、真人様の体はゆっくりと後ろへと傾き……フィリップ王子は不思議そうに口を開いた。
「あれ?」
ドッシャァァァーン!
座っていた椅子ごと真人様は後ろへとひっくり返った。
「いってぇー!」
「だ、大丈夫か!?」
ひっくり返ったままの真人様にフィリップ王子が心配そうに駆け寄った。
「いやお前、力強すぎだろ!」
差し出されたフィリップ王子の手をとり、真人様は頭を擦りながら体を起こした。
「す、すまない。次は気を付けてやってみよう」
しかし真人は後頭部を強打した影響で、頭を抑えたまま立ち上がれないでいる。
すると、フィリップ王子はチラリと私の方に目線を向けた。
……私がやれってことね。
私は深い溜息をつくと、倒れている椅子を元に戻して腰掛けた。
真人様は床に座ったままその様子を見つめている。
王子は期待に満ちた眼差しで人差し指を私の額に当てる。
しかし先程の反省点を踏まえて、大分加減してくれているようだ。押されている感覚はなく、ただ指を当てられているだけである。
「どうだユナ? 立ち上がれるか?」
ドヤ顔を浮かべている王子の表情に、若干の不快さはあるが、私は無表情のまま当てられた王子の指を押し退けるように頭を前に倒し、ヒョイっと立ち上がった。
「な!? 普通に立ち上がったぞ!? 真人! どういうことだ!?」
私が難なく立ち上がった事にショックを受けたフィリップ王子は真人様に詰め寄った。
「いやお前なぁ、今度は力が弱すぎなんだよ! 極端なんだよ! この場合はしっかり相手の頭を固定するくらいは力を入れないとだなぁ!」
フィリップ王子の不器用さにはさすがの真人様も呆れ気味である。
「くそっ! ユナ、もう1回! もう1回だけやらせてくれ!!」
縋るように言われて、私は表情を変えずに再び椅子へ腰掛けた。
フィリップ王子はふぅっと息を付いて落ち着きを取り戻すと、再び私の額に指を押し当てた。今度はしっかりと力が入っている。
「よし……今度こそ立てないはず――」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべながら私に話しかけるフィリップ王子の話が終わるよりも早く、私は王子の足に自分の足を引っ掛けるようにして一気にその足を引いた。
「ぬお!?」
バランスを崩したフィリップ王子はそのまま後ろにひっくり返るように倒れた。当然、私の額に押し当てられていた指も無くなっている。
私はフィリップ王子を見下ろしながらゆっくりと立ち上がった。
真人様と違い、反射的に受身をとっていたフィリップ王子はすぐに体を起こして私を睨みつけた。
「なっ……せこいぞユナ!」
「何がせこいんですか?」
私はフィリップ王子を突き刺すように睨み返した。
ただならぬ様子の私を見たフィリップ王子は睨みを解き、ビクッと体を震わせた。
「さっきから黙って見てたらなんなんですか? 戦いとは無縁のひ弱な男に指一本で動けなくさせられるなんて……恥ずかしくないんですか? 平和ボケもいい加減にしてくださいよ。あなたはこの国の王太子。ゆくゆくは国王になるお方ですよ? それがなんですか? こんな男に指さされ、額に指を突かれ、立ち上がれなくされてヘラヘラと笑っている。馬鹿なんですか?」
闇のオーラを身にまとい、淡々と語りかける私をフィリップ王子は涙目になりながら子犬のように見つめている。
真人様は我関せずというような顔で窓の外を眺めている。
そんな2人を見て私はある事を決心した。
「そうですね……ちょうど良い機会なので、今日は私が特別にお二人に授業をして差し上げましょう」
「え? 俺も?」
「あなたもですよ」
すっとぼける真人様を睨みつけると、私は二人に見える様に人差し指をピッと立てた。
「授業のテーマは指一本で立ち上がれなくさせられた場合の対処法です」
私の言葉に、二人は「おおー」と関心を示し、パチパチと手を鳴らしている。
「では、まずは私を立ち上がれなくさせてみて下さい」
私は2人にそう指示すると、椅子に座った。
2人は目で会話をするかのように、しばらく無言で見つめ合っていたが、やがて頷き合うと真人様が私の目の前にやってきた。
緊張した様子でその手を私の額に向けて伸ばし、その指を私の額に当てようとしたその時、私はその指を避けるように前かがみになり、そのまま地を蹴り真人様の懐に入り込んだ。
「へ?」
真人様の間の抜けた声が聞こえた気がしたけど気にしない。
伸ばされた真人様の腕を掴み、そのままヒョイっと投げ飛ばした。
「ぐっほおおあッ!」
受身を取れなかった真人様は床に背中を強打し、そのまま動けずにピクピクと体を痙攣させている。
「大丈夫か真人!?」
フィリップ王子が慌てて駆け寄るが、真人様は起き上がれそうにない。
「お……俺はもうダメだ。多分、背骨が砕けた」
「なに!? すぐに医者を!」
「んなわけないでしょうが」
またくだらないやり取りをしようとする二人の間に入り、私は授業を続ける。
「そもそもですね、動けなくされてからじゃ遅いんですよ。そうなる前に相手をねじ伏せないといけません。さあ、授業を続けましょうか。次はフィリップ王子ですよ?」
指名を受けたフィリップ王子は何か恐ろしいものでも見るかのように私を凝視しながら戦慄していた。
こうして2人は私による有難くとても為になる授業を受ける事になった。
部屋から聞こえてくる悲鳴や叫び声に使用人が何事かと様子を見に来たが、私の姿を見て安心すると無言で立ち去って行った。
私はフィリップ王子の侍女だが、護衛の役割も兼ね備えているため、その実力は折り紙付きである。
授業が終わるまでのみっちり1時間、2人の緩みきった根性を叩き直させてもらうのだった。
応援ありがとうございます!
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