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1.異世界人 山森真人

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「以上が本日の報告でございます」

 私は自分の胸に手を当て、目の前の二人へ一礼した。

「ふむ。ご苦労であったな」

 そう声をかけてくれたのは、アレイシス国王でありフィリップ王子の父親。
 42歳になる国王は、若くから戦地を駆け回り颯爽と敵を薙ぎ倒す姿から「戦神」とも呼ばれ、後継者争いでもその名を知らしめた。今も鍛錬を続けるその肉体に衰えは見られない。
 その容姿はフィリップ王子とよく似ており、フィリップ王子の将来の姿を映し出している様だ。

「ふふふ。やっぱり真人は面白いわね」

 国王の隣で楽しそうに微笑んでいるのはフィリップの母親、ソフィア王妃だ。

 私は一日の業務を終えると、必ず国王の執務室を訪ねてフィリップ王子のその日の動きについて報告を行っている。
 王妃は異世界人の真人様の事をとても気に入っている様で、真人様の授業の日は特にご機嫌な様子だ。

「明日は友好同盟国の定例会があるが、フィリップにも今回から参加してもらう。警戒を怠るなよ」

「承知致しました」

「それと、ネズミがそろそろ巣に帰る頃ではないか?」

「はい。それも今から捕獲に参ります」

「うむ。頼んだぞ。」

「はい。それでは失礼致します」

「あ、ユナ。後で私の寝室で続きのお話しましょうねぇ?」

 部屋を出ようとした私にニコニコと笑みを浮かべながら王妃が声を掛けた。
 真人様の授業があった日は、国王に報告を終えた後に、王妃の寝室でその詳細を事細かにお話するのがお決まりである。
 毎回のくだらない内容を最初から最後まで細かく伝えるのもなんという無駄な時間だろうとも思うが、少しでも省略しようものなら王妃が鋭くツッコんでくるので仕方がない。

「かしこまりました。後ほど伺います」

 私は王妃にも静かに礼をして執務室を後にした。


 私も真人様と同じ異世界人だ。

 だけど、真人様が居た世界とはまた違う世界からやってきた。
 私がこの世界に来てからもう十年になるけど、私が異世界人だと知っているのは国王と王妃と信用出来るごく一部の人達のみ。

 私の居た世界では、人間と魔族との戦いが絶えず、当時16歳だった私も毎日の様に戦闘に明け暮れていた。
 私の種族は強力な魔力を持っていたため、その力を利用しようとする人間達と私達を手早く排除したい魔族の双方から攻められ、危機的な状況にあった。
 そんな戦いの中で魔族の攻撃により瀕死の重症を負った私は死を覚悟し、意識を失った。
 そして目覚めた時、私は見覚えの無い森の中にいた。
 ほとんど魔力が尽き、瀕死の状態だった私はこの世界の人間に異世界人として捕らえられ、この王城へ連れてこられた。
 眠ることにより魔力が回復した私は魔法で自分を治療した事により、危険な力を持つ異世界人であると認識され、処刑されるべき存在だと非難された。

 この世界に存在しない力を持つ異世界人は、世界を滅ぼす可能性があり、即刻処刑すべき。
 それがこの世界でのルールらしい。

 当時の私は、その言葉通り世界を滅ぼしてしまおうかとも思った。なんの力も持たない人間達を殲滅するなど容易い事だ。しかし私は国王と王妃により表向きには処刑されたと見せかけ、実はこっそりと生かされていた。

 王妃の提案により、魔法で姿を変えて別人に成りすました私は、時には王妃の友人として、時にはフィリップ王子の剣の師として、時には他国からの来賓として王城で過ごさせてもらったが、二人が私の魔力を私欲のために利用する事は無かった。
 そんな二人に私は忠誠を誓い、生涯この命はこの国のために捧げる事を誓った。
 そしてフィリップ王子が12歳になる頃、再び姿を変えた私は専属侍女兼護衛として任命された。
 当時の護衛が殺されたり裏切ったりを繰り返す中、誰よりも力を持ち、信頼出来る私を適任としたからだ。
 ただ、護衛として認められる為に参加した王国主催の武闘大会で国内の猛者達を片っ端から叩きのめして優勝した事により、ちょっとした有名人になってしまった。補助魔法で多少は体を増強していたとは言え、魔法を直接使用した訳では無いので、武術に長けためちゃくちゃ強い侍女、という認識をされている。

 そんな私は時々こうして国王から極秘任務を任されることがある。
 先程国王が言っていたネズミの存在だ。

 数日前から城内に何者かが侵入しているのは察知していた。
 私ならすぐに捕らえることも出来た。だけど以前、侵入者を捕らえた際にその場で自害され、目的が分からないままになってしまった事があった。
 それも踏まえて、今回はしばらく泳がせてその目的と誰の指示によるものなのか、証拠を掴もうとしている。

 私は感覚を研ぎ澄まし、魔力で気配察知を行う。
 城の警備の息遣い、メイドが手際よくホウキを履く音、シェフの料理を仕込む動き。城内に存在する人物達の位置、動作を正確に察知する。
 その中から城内にいるはずがない気配を探知する。
 その気配の居場所は、私の仕事場と言っても過言ではない一室であった。

 やっかいな所にいるわね。

 その気配の居場所を特定すると同時に、私はその足を早めた。
 目的の場所に到着し、閉ざされた扉を勢い良く開け、暗闇の中で対峙する2人の人物をすぐに目視した。
 扉を開けたことにより、入り込んだ月夜の光で、その姿が照らされる。

「フィリップ王子、その者を殺してはいけません」

 侵入者である男の首元を片手で掴み上げ、本棚に押し付けている人物に私は冷静に話しかけた。
 その男はすでに気を失っており、大きく口を開き苦しみに歪んだ表情のまま白目を向いている。
 フィリップ王子は男を掴みあげたまま視線だけを私に向けた。

「なぜだ?こいつは俺を殺しに来たんだろ?」

 フィリップ王子からは殺気が漲り、私を睨みつけるその瞳からは殺意が読み取れる。
 その姿は今日の昼間におどけて笑う姿を見せていた彼とはまるで別人であり、かつて「死神」と呼ばれていた彼そのものであった。
 私が急いだのも、フィリップ王子を守るためではなく、この侵入者である男の命を守るためだ。
 恐らく、私の到着が少しでも遅れていればこの男の命はすでに尽きていただろう。
 今も油断をすればすぐにでもあの世に持って行かれてしまう。

「その者を尋問する必要があります。何の目的があったのか、誰の指図によるものか、明確にしなければいけません」

「へぇ……」

 めんどくさそうな声を漏らした後、フィリップ王子は侵入者の首元を掴んでいた手を離した。
 男はそのまま本棚にもたれ掛かるように倒れた。
 王子が本棚から離れると、入れ替わるように私がその男の傍に駆け寄った。
 喉は潰されているようだが、他に外傷は見られない。
 命に別状は無いようだが、恐らく明日まで目覚めることは無いだろう。

 この男への尋問は明日になるな。
 私は潰された喉だけを治癒魔法を使いこっそりと治療する。
 もちろん、この男を哀れんでとかでは決してない。尋問しても喋れなくては意味が無いからだ。
 治療を終えると、私は立ち上がりフィリップ王子の方へ振り返る。
 フィリップ王子は腕を組みながら窓辺に寄りかかり、遠くを見つめている。

 私が護衛についてからはフィリップ王子を直接狙いに来る連中は殆どいなかった。
 私がそうなる前に手を打っていたからだけど、今回は少し油断していた。
 侵入者はあくまでも情報を盗むのが目的であり、殺意はないはずであった。
 恐らく、こちらに侵入したのも何かの情報を仕入れようとした所をフィリップ王子に察知されたのだろう。
 久々に遭遇した刺客を前に、昔の血が騒いだのかもしれない。

「フィリップ王子、明日は大事な日です。今日はゆっくりお休みください」

 フィリップ王子は深く溜息を付く。

「ああ、分かっている。明日の定例会は荒れそうだな」

 明日の同盟国の定例会は、成人となったフィリップ王子にとっては初めての参加となる。

 同盟国とは名ばかりで、実際は好戦的な国が戦争を始めるのを防ぐための牽制目的としてアレイシス国王が半ば強制的に組んだことだ。
 そこにはかつての戦争相手であり、命を奪い合った敵国や王子を暗殺しようとする国王の義兄弟が集まる。
 半年に一度、開かれる定例会では、各国の報告や雑談も兼ねているのだが、実際は殺伐とした腹の探り合いが行われる。
 今回の侵入者の黒幕も同盟国の中の人物の可能性が高い。

 この初陣で粗相をしてしまっては今後に影響が出てくる。
 まあ、フィリップ王子ならばその点は杞憂だろうが。
 真人様が絡むと何かと残念な男に成り下がるが、それ以外の場では王太子としての威厳を保ち、文句の付けようのない完璧な立ち振る舞いを見せている。

「そうですね。私も護衛として参加しますので、宜しくお願いします」

「ああ、頼む」

 そう言うとフィリップ王子は隣の寝室へと姿を消した。

 私は白目を向いている男の襟袖を掴み、ズルズルと引きずりながらフィリップ王子の部屋を後にした。
 とりあえずこいつを看守に預けて私は王妃の寝室へ報告の続きに行かなければならない。

 時刻は間もなく日付が変わろうとしていた。
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