【完結】勇者と彼女は離島に幽閉されている

三月叶姫

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路地裏で…

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 光が差し込まないその場所は、まるで別の空間にでも入り込んでしまったかの様に冷たく淀んだ空気が漂っていた。
 少年の足は驚くほど早くて、すぐに見失ってしまった。
 何よりも私の体力もすぐ限界を迎えた。そんなに走った訳じゃないのに……っていうか完全に運動不足だわ。日頃からヴァイスに甘えてきたツケが回ってきたわね。

 私は足を止めて呼吸を整える。
 静かな空間で息を切らした私の吐息だけが響く。
 
『危ないから、路地裏や人がいない様な場所へは行ってはいけないよ』

 そう何度もヴァイスから忠告されてたのに、約束を破っちゃったわ。
 だんだんと湧いてくる罪悪感と孤独感。
 早くヴァイスの所へ戻ろ……。

「お?可愛らしい姉ちゃんじゃねぇか。こんな所に一人で来るなんて、お兄さん達と遊んでくかい?」

 俯いている私の前には、ガラの悪い男が二人。その内の一人の男が、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべて話しかけてきた。
 隣りにいる中年の男も品定めするかの様に、私の顔を覗き込む。……が、私と目が合うなり、表情が一転した。

「おい、やめとけ!そいつぁ勇者の女じゃねえか!!」

 どうやら私の事を知っているみたいだけど、私はその男に見覚えはない。
 ……なんでそんなに怯えた表情してるのかしら?
 怖いのは私の方なんだけど……。
 
「はぁ!?なんで勇者の女がこんな所にいるんだぁ!?」
「知るか!俺はもう行くぞ!」
「おい待てよ!!」

 二人組の男は慌てた様子で一目散に走り去って行った。
 っていうか、私ってそんなに有名だったの?
 勇者の女って……そうよね。男女が一緒に旅をしていたらそんな風に見えるわよね。
 まいっか。今は本当に勇者の女な訳だし。

「リーチェ」

 突然後ろから呼ばれて、ビクッと体が跳ねた。
 聞き慣れているはずの声。それなのに、いつもより少しだけ冷たさを感じて、私の額からは冷や汗が流れた。

「あー……ヴァイス……?」

 ゆっくりと後ろへ振り返る。ヴァイスはいつもと変わらない笑顔を浮かべているけど……やっぱりちょっと怒ってるっぽい。

「大丈夫かい?こういう場所は危険だから来ちゃダメだって言ってたよね?」
「うう、ごめんなさい。ちょっと気になる子がいて……。でも見失っちゃったわ」
「へぇ……」

 ヴァイスの瞳が少しだけ細くなる。その意味を理解する間もなく、ヴァイスの伸ばした手が私の目の前を通り壁に置かれた。
 私はヴァイスと壁の間に挟まれ追い詰められる様な形になった。
 いつもの優しい彼とは違う、少し怖くも感じるその姿にドキッと胸が高鳴った。

「君が僕に目もくれず追いかけて行くほど、魅力的な男でもいたのかい?」

 ……え?またなんでそんな勘違いするのよ!?

「そ、そんなんじゃないわ!!子供よ!子供が盗みを働く所を見ちゃったの!だから追いかけたのよ!!」

 慌てながら弁明すると、ヴァイスは鋭かった視線を少しだけ緩めた。

「そう……。それでも一人でこういう場所に来ちゃ駄目だよ。君に何かあったらと思うと、心配でたまらないんだ」

 その瞳がなんだか悲しんでいる様で、いたたまれない気持ちになる。

「心配かけてごめんなさい。ヴァイスの存在がバレるのはいけないと思って……。次からは気をつけるわ。ヴァイスの言う通り、ここは少し怖い所だったし。それに……」

 私は片隅で擦り切れた布にくるまり、座り込んでいる人物に視線を向けた。

 さっきは少年を追い掛けるのに必死で気付かなかったけど、ここには何人か人がいる。
 黒い髪は不揃いに伸び、擦り切れてボロボロの服を着ている人達。ゴミが散乱し、衛生的とは言えないこんな路地裏を寝床としているのだろうか。

 すぐ先では、煌びやかな衣装を身にまとった貴族達が行き交い、活気に満ち溢れているいうのに。
 まるで光と陰の世界が隣り合わせているよう。

「リーチェ、とりあえずここから出ようか」

 ヴァイスは私の手をとると、無言で来た道を戻っていく。
 路地裏から出ると同時に、視界は明るくなり、胸がつっかえるような息苦しさからは開放された。
 だけど、さっき見た光景により沈んだ気持ちはそう簡単には浮上しない。
 明らかな貧困差。そして黒髪の人に対する差別。それをたった今、目の当たりにしてしまったから。

「魔王がいなくなっても、この世界が平和になるとは限らないのね」
「……そうだね。何もかもが上手くいく訳じゃないからね」

 勇者の役目は魔王を倒すこと。それをヴァイスは既に果たしている。
 魔王を倒したその後の事は、この世界に暮らす人達がなんとかしていくしかない。

 それなのに、どうして誰も手を差し伸べようとしないのかしら。
 自分達が困ってる時は簡単に勇者に助けを求めて来たくせに。
 黒髪の人間だから?そんなつまらない事で?
 自分より劣る人間を作り出して、優越感にでも浸っているのかしら。

『一番怖いのは人間だよ』

 ヴァイスの言葉が胸に深く突き刺さる。

「はぁ……。平和な世界を作るって難しいのね。神様に頼りたい気分だわ」
「それもいいかもしれないね。気晴らしに教会でも行ってみるかい?」
「そうね。それもいいかもしれないわね。」

 もちろん、神様に祈ったからってどうにかなるとも思えない。
 だけど、私達に出来るのは、この世界の全ての人が平穏に暮らせる事を神様に祈る事くらいしかない。

 私はヴァイスと再び手を繋いで、教会の建物が見える方向へと歩き出した。 
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