5 / 15
路地裏で…
しおりを挟む光が差し込まないその場所は、まるで別の空間にでも入り込んでしまったかの様に冷たく淀んだ空気が漂っていた。
少年の足は驚くほど早くて、すぐに見失ってしまった。
何よりも私の体力もすぐ限界を迎えた。そんなに走った訳じゃないのに……っていうか完全に運動不足だわ。日頃からヴァイスに甘えてきたツケが回ってきたわね。
私は足を止めて呼吸を整える。
静かな空間で息を切らした私の吐息だけが響く。
『危ないから、路地裏や人がいない様な場所へは行ってはいけないよ』
そう何度もヴァイスから忠告されてたのに、約束を破っちゃったわ。
だんだんと湧いてくる罪悪感と孤独感。
早くヴァイスの所へ戻ろ……。
「お?可愛らしい姉ちゃんじゃねぇか。こんな所に一人で来るなんて、お兄さん達と遊んでくかい?」
俯いている私の前には、ガラの悪い男が二人。その内の一人の男が、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべて話しかけてきた。
隣りにいる中年の男も品定めするかの様に、私の顔を覗き込む。……が、私と目が合うなり、表情が一転した。
「おい、やめとけ!そいつぁ勇者の女じゃねえか!!」
どうやら私の事を知っているみたいだけど、私はその男に見覚えはない。
……なんでそんなに怯えた表情してるのかしら?
怖いのは私の方なんだけど……。
「はぁ!?なんで勇者の女がこんな所にいるんだぁ!?」
「知るか!俺はもう行くぞ!」
「おい待てよ!!」
二人組の男は慌てた様子で一目散に走り去って行った。
っていうか、私ってそんなに有名だったの?
勇者の女って……そうよね。男女が一緒に旅をしていたらそんな風に見えるわよね。
まいっか。今は本当に勇者の女な訳だし。
「リーチェ」
突然後ろから呼ばれて、ビクッと体が跳ねた。
聞き慣れているはずの声。それなのに、いつもより少しだけ冷たさを感じて、私の額からは冷や汗が流れた。
「あー……ヴァイス……?」
ゆっくりと後ろへ振り返る。ヴァイスはいつもと変わらない笑顔を浮かべているけど……やっぱりちょっと怒ってるっぽい。
「大丈夫かい?こういう場所は危険だから来ちゃダメだって言ってたよね?」
「うう、ごめんなさい。ちょっと気になる子がいて……。でも見失っちゃったわ」
「へぇ……」
ヴァイスの瞳が少しだけ細くなる。その意味を理解する間もなく、ヴァイスの伸ばした手が私の目の前を通り壁に置かれた。
私はヴァイスと壁の間に挟まれ追い詰められる様な形になった。
いつもの優しい彼とは違う、少し怖くも感じるその姿にドキッと胸が高鳴った。
「君が僕に目もくれず追いかけて行くほど、魅力的な男でもいたのかい?」
……え?またなんでそんな勘違いするのよ!?
「そ、そんなんじゃないわ!!子供よ!子供が盗みを働く所を見ちゃったの!だから追いかけたのよ!!」
慌てながら弁明すると、ヴァイスは鋭かった視線を少しだけ緩めた。
「そう……。それでも一人でこういう場所に来ちゃ駄目だよ。君に何かあったらと思うと、心配でたまらないんだ」
その瞳がなんだか悲しんでいる様で、いたたまれない気持ちになる。
「心配かけてごめんなさい。ヴァイスの存在がバレるのはいけないと思って……。次からは気をつけるわ。ヴァイスの言う通り、ここは少し怖い所だったし。それに……」
私は片隅で擦り切れた布にくるまり、座り込んでいる人物に視線を向けた。
さっきは少年を追い掛けるのに必死で気付かなかったけど、ここには何人か人がいる。
黒い髪は不揃いに伸び、擦り切れてボロボロの服を着ている人達。ゴミが散乱し、衛生的とは言えないこんな路地裏を寝床としているのだろうか。
すぐ先では、煌びやかな衣装を身にまとった貴族達が行き交い、活気に満ち溢れているいうのに。
まるで光と陰の世界が隣り合わせているよう。
「リーチェ、とりあえずここから出ようか」
ヴァイスは私の手をとると、無言で来た道を戻っていく。
路地裏から出ると同時に、視界は明るくなり、胸がつっかえるような息苦しさからは開放された。
だけど、さっき見た光景により沈んだ気持ちはそう簡単には浮上しない。
明らかな貧困差。そして黒髪の人に対する差別。それをたった今、目の当たりにしてしまったから。
「魔王がいなくなっても、この世界が平和になるとは限らないのね」
「……そうだね。何もかもが上手くいく訳じゃないからね」
勇者の役目は魔王を倒すこと。それをヴァイスは既に果たしている。
魔王を倒したその後の事は、この世界に暮らす人達がなんとかしていくしかない。
それなのに、どうして誰も手を差し伸べようとしないのかしら。
自分達が困ってる時は簡単に勇者に助けを求めて来たくせに。
黒髪の人間だから?そんなつまらない事で?
自分より劣る人間を作り出して、優越感にでも浸っているのかしら。
『一番怖いのは人間だよ』
ヴァイスの言葉が胸に深く突き刺さる。
「はぁ……。平和な世界を作るって難しいのね。神様に頼りたい気分だわ」
「それもいいかもしれないね。気晴らしに教会でも行ってみるかい?」
「そうね。それもいいかもしれないわね。」
もちろん、神様に祈ったからってどうにかなるとも思えない。
だけど、私達に出来るのは、この世界の全ての人が平穏に暮らせる事を神様に祈る事くらいしかない。
私はヴァイスと再び手を繋いで、教会の建物が見える方向へと歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる