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8.アフローディテ
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目が覚めると、まだ真っ暗だった。また、眠りが浅いのかな…
ふと隣を見ると、すぐ近くにカインが眠っていた。そうだ、一緒に眠ったんだっけ。雷と雨がうるさくて、私が眠れないって言ったから来てくれたんだった。ココ最近は絶対安静でベッドから降りられなかったし、変化のない毎日に飽きていて、やっと動いても大丈夫って時に天気は最悪だった。
心地よい重みを胸のあたりに感じて見ると、私を庇うように乗せられた彼の腕だった。…そんなに寝相悪くないのに。でも、なんか落ち着く…
彼は眠っている時でも美しかった。誰の魂なのか、私は知らない。でももしかしたら、すごく美人な女神だったりして。
「…アフローディテ」
そっと口をついて出たのはそんな言葉だった。あれ?誰かの名前だろうか。でも私はそんな人…
すると、眠っていたはずのカインの目が細く開かれる。その瞳は鋭く、いつもの柔らかさを感じさせない。私は蛇に睨まれた蛙のように、目をそらすことも出来ずに固まった。身体がこわばって小さく震える。
「…まだ眠れない?」
「っ…」
低く、少しかすれた声でそう聞かれる。私は突然声をかけられたことで声もなく驚き、握りしめた手にさらに力が入ったのを感じた。
「あっ、いや…そうじゃなくて、」
「ふぅん…じゃあ寒い?こんなに震えて。」
「寒…くもないかな。ただ、ちょっと怖かっただけ。」
「俺が?」
「…」
「やれやれ。」
小さくため息をついて彼は目を閉じたかと思うと、今まで掛け布団の上にあったはずのカインの手が布団の中に潜り込み、半ば強引に私の腰を強引に引き寄せた。背中に触れる彼の腕は、予想以上に冷たくてゾッとした。
「ふぇあっ」
「悪いな、寝起きの目つきが悪いのは生まれつきなんだ。だから見ないで。」
何だか、全てが少しずつ、いつものカインとは違う気がして、これは夢かと錯覚しそうになった。でも、抱きしめられたことで額が彼の鎖骨に触れて、そこを伝って聞こえてくる私のではない心臓の鼓動が妙にリアルだから、夢ではないとすぐに気付かされる。
「べつに、そんなに怖がってなんか…」
「いいじゃん。」
サラリと頭をなでてくれるその仕草は、どこか兄のように感じられて、親近感を感じる。それは、ずっと一緒に住んでいたからなのか、それとも…
「あのね、カイン。私のこと、面倒になったら教えて欲しいの。私なんかのために、やっぱり貴方を縛りたくない…。だから重荷になったら本邸に戻しても、」
少し体をずらして顔を上げる。それでも彼の顔を覗くことは出来なくて、少し焦れったくなった。
「ノア。余計な心配は要らない。君のことを邪魔だと思うなんてこと、絶対にないんだよ?こうして君が俺を受け入れてくれた時から、もうずっと手放さないから。」
ゆっくりとそう言う彼の言葉は、彼自身にも言い聞かせているように聞こえて、それが余計に苦しく思う。
「でもそれは使命とかのせいでしょ?私は覚えていないのに、カインだけが全うしなきゃいけないなんて理不尽」
「覚えていないんじゃない、知らないんだよ。あの時君は俺の膝の上で眠っていたのだから。」
「そんな大事な時に眠ってしまうような人なのに?私は。」
「違う。多分あれは、俺が眠らせた。君は小さい時から…あの世界にいた時から、俺が抱いていれば都合よく眠ってくれたんだ。だから、必要があればいつも君をそうやって眠らせていたんだ。…眠くなる癖は今も変わらないみたいだね」
そんな事もあったのだろうか。でも確かに、彼の腕の中にいる今は少しずつ眠気を誘う。言わなきゃいけないことがあったのだけれど、まどろみに飲み込まれていく思考はあまり役に立たない。何とか言葉を紡いで保とうとしても、探している言葉はモヤに包まれて隠れてしまうのだ。
「でも…でも、」
「リリノア、俺のことは大丈夫だよ。だから、もう寝なさい。疲れているんだろう?」
いいえ。きっと疲れているのは彼の方だ。私を寝ずに看病してくれたのも、体の不自由な私を支えて風呂に入れてくれたのも、わざわざ飲み込むだけにしてくれた食事を喉に流してくれたのも。私は助けられてばかりで、何も返せていない。でも今の私はカインがいなければ生きていけないのも事実で。
「カイン…ごめ、」
「謝ろうなんて思わないでね。これは俺のお節介だから。」
さらに強い力で抱きしめられる。でも、まだ完治してはいない私の体を気遣っているのも分かる。
今まで本邸にいた頃には、きっと私は《ヒト》としてではなく《血統》の実体としてしか見られていなかっただろう。パーティーの時に本邸に戻った時にそれはよく分かった。だからきっと、ブルードの一族の人々は皆そうだと思っていた。だから、記憶が無いうちは、と思って一族の者を警戒するようにしていた。カインや、アンさんまでも。でもカインは違った。それがわかった時、体が少し軽くなった気がした。心を許したことで、無駄な思考がとんだから。
「…ねぇ、カイン」
「ん?」
優しく聞き返してくれることの温かさが身にしみる。きっと、愛情やぬくもりに飢えていたのは間違いない。
「…明日も、一緒に寝ていい?」
「君が望むなら、いつでも。」
その言葉を聞くと、私は自分の目頭が熱くなり、無意識に幾筋もの涙を流していた。それが何を意味するのかはわからないけれど、私は幸せを初めて知った気がした。夢の中に吸い込まれるように朦朧としている意識は珍しくも心地よく、完全に眠りに落ちる直前に感じたのは、アネモネの花の香りだった。
翌朝、目を覚ますともう日は高かった。それなのに、珍しくカインもまだ寝ている。私は半ば興味本位で、昨日の夜に彼がしてくれたようにそっとカインの頭を撫でてみた。サラリとした手触りがシルクを思わせる。それでいてフワフワしてて、なんだか癖になりそうだった。なんとなくやめられなくなって撫で続けていると、不意に彼の瞼が上がった。
「ひっ、」
じっと私を見つめてくる紅い瞳は鋭く私を見ている。一瞬その瞳に吸い込まれそうになるも、昨夜のことを思い出して我に返る。
「…おはよ」
「お、はよう。…起きてたでしょ」
「バレた?」
「気づいた。」
「お、偉いぞ。」
鋭い瞳をさらに細くして徒に笑う彼の顔を見ていると、つい見惚れてしまう。しかし、起きてたということは…
「…撫でてたのも気づいてたんでしょ」
「もちろん。俺がリリノアより目覚めるのが遅いわけないでしょ?」
…それはそうなんですけどね。
不意に、彼はまるでぬいぐるみでも抱きしめるかのように私を抱きしめて、ごろりと寝返りを打った。そうなればもちろん私も一緒に転がってしまうわけで。
「うぇあっ」
またしても変な声が出た。もう少し可愛らしい声のひとつでも出てくれれば良かったのに…
「ノア。」
「何」
「…まだ小さいね。」
「えっ」
彼は真剣な声でそう言う。きっと、私の成長が遅いことを心配しているんだ。分かっている、今まで何度かあった成長期のなかでも今回は特に遅い。というか、少し成長したら止まってしまったような状態である。
「っでも、少しは背、伸びたでしょ?」
「そうだね。」
彼が何を言いたいのかは分かる。どんなに私には焦らなくていいと言っていても、内心では彼が焦っていることを私は知っている。だから。
「私、もう大丈夫だと思うの。」
「何、」
「きっと…いえ、もしかしたら。これ以上身長は伸びないかもしれないし。だとしても、体の方は大丈夫だから、その…」
もう、いつでも産めるよ?
そう続くはずだった私の言葉が途切れたのは、そこまで言ったところで頭を強く抱かれたから。カインの胸に押し付けられた右耳から、夜中より少し早くなった彼の鼓動が聞こえてくる。轟々と音を立てるのは血液の流れる音で、私とすごく近い血が流れていると思うと少し不思議な気持ちになる。気づけば、体がまた強ばっていた。もしかしたら私は、誰かに抱きしめられることが苦手なのかもしれない。その理由は考えなくても想像がつく。両親からも誰からも、心から愛されたことのない私の体に染み付いたトラウマなのだ。だから今も、彼に大切にされるほど、捨てられた時の恐怖が増す気がしてならないのだ。
「リリノア。俺はお前を一族の象徴物にしておきたくないんだよ。子供を産むのだって、君の希望なら構わない。でも、一族のために産むと言うなら俺は少し考え直して欲しい。そんな悠長なことを言っていられないのも本当だけど、何がどうあれ産むのは君なんだ。だから、」
あぁ、どこまで大切にしてくれれば気が済むのだろう。でもこれは、私の使命だから。
「大丈夫。私はイヴなんだから…ちゃんと罪を償わなきゃ。だから、手伝ってね。私のただひとりのアダム」
そう、これ以上彼の負担にはなれない。私は出来ることをやろうと決めて、今ここにいるのだから。記憶が戻った時の私のことなんて知ったことではない。
私はそっと彼の鎖骨に唇を触れた。これ以上の幸せは、少し怖かったから、これはちょっとした照れ隠しのつもりだった。でも、それに気づいているのかいないのか、彼はいつものように私の頭をぽんぽんと軽く叩く。どうしても見た目から子供扱いになってしまう、と誕生日の夜に言っていたっけな…。
「リリノア、ちゃんと育ってるんだね」
「どういう意味よ。」
「いやぁ…親心?」
「親っていうより兄だけどね」
「そう?」
「うん。…でも、お兄ちゃんって言うよりは…」
「おじいちゃん?」
「違うよ!そんなんじゃない!でも、面倒見てくれるけど親じゃないかな。それに、兄でもない」
「難しいなぁ。」
「…ずっと、一緒にいて欲しい」
「急にどうしたの」
「だって、私はすごく欲張りになってしまったから。」
「…もしかして、俺がノアを手放すことを怖がってる?」
私はできるだけゆっくり、深く頷いた。黒い包帯が少しズレて前髪と絡まったのを感じる。私の心臓が早鐘を打っているのが耳に聞こえ、それはきっとカインにも伝わっているだろうと思う。シルクのネグリジェが軽く擦れて、口の広い襟元から肩が顕になってしまった。外気に触れた肌が急激に冷やされていき、じわりと滲むように熱が広がった。
「じゃあ、リリノア。1つ、いいかな」
「なに?」
「俺が君を、恋人として愛するって言ったらどうする?」
ふと顔を上げると、理解出来ていない私を前にして、カインは優しく笑っていた。
ふと隣を見ると、すぐ近くにカインが眠っていた。そうだ、一緒に眠ったんだっけ。雷と雨がうるさくて、私が眠れないって言ったから来てくれたんだった。ココ最近は絶対安静でベッドから降りられなかったし、変化のない毎日に飽きていて、やっと動いても大丈夫って時に天気は最悪だった。
心地よい重みを胸のあたりに感じて見ると、私を庇うように乗せられた彼の腕だった。…そんなに寝相悪くないのに。でも、なんか落ち着く…
彼は眠っている時でも美しかった。誰の魂なのか、私は知らない。でももしかしたら、すごく美人な女神だったりして。
「…アフローディテ」
そっと口をついて出たのはそんな言葉だった。あれ?誰かの名前だろうか。でも私はそんな人…
すると、眠っていたはずのカインの目が細く開かれる。その瞳は鋭く、いつもの柔らかさを感じさせない。私は蛇に睨まれた蛙のように、目をそらすことも出来ずに固まった。身体がこわばって小さく震える。
「…まだ眠れない?」
「っ…」
低く、少しかすれた声でそう聞かれる。私は突然声をかけられたことで声もなく驚き、握りしめた手にさらに力が入ったのを感じた。
「あっ、いや…そうじゃなくて、」
「ふぅん…じゃあ寒い?こんなに震えて。」
「寒…くもないかな。ただ、ちょっと怖かっただけ。」
「俺が?」
「…」
「やれやれ。」
小さくため息をついて彼は目を閉じたかと思うと、今まで掛け布団の上にあったはずのカインの手が布団の中に潜り込み、半ば強引に私の腰を強引に引き寄せた。背中に触れる彼の腕は、予想以上に冷たくてゾッとした。
「ふぇあっ」
「悪いな、寝起きの目つきが悪いのは生まれつきなんだ。だから見ないで。」
何だか、全てが少しずつ、いつものカインとは違う気がして、これは夢かと錯覚しそうになった。でも、抱きしめられたことで額が彼の鎖骨に触れて、そこを伝って聞こえてくる私のではない心臓の鼓動が妙にリアルだから、夢ではないとすぐに気付かされる。
「べつに、そんなに怖がってなんか…」
「いいじゃん。」
サラリと頭をなでてくれるその仕草は、どこか兄のように感じられて、親近感を感じる。それは、ずっと一緒に住んでいたからなのか、それとも…
「あのね、カイン。私のこと、面倒になったら教えて欲しいの。私なんかのために、やっぱり貴方を縛りたくない…。だから重荷になったら本邸に戻しても、」
少し体をずらして顔を上げる。それでも彼の顔を覗くことは出来なくて、少し焦れったくなった。
「ノア。余計な心配は要らない。君のことを邪魔だと思うなんてこと、絶対にないんだよ?こうして君が俺を受け入れてくれた時から、もうずっと手放さないから。」
ゆっくりとそう言う彼の言葉は、彼自身にも言い聞かせているように聞こえて、それが余計に苦しく思う。
「でもそれは使命とかのせいでしょ?私は覚えていないのに、カインだけが全うしなきゃいけないなんて理不尽」
「覚えていないんじゃない、知らないんだよ。あの時君は俺の膝の上で眠っていたのだから。」
「そんな大事な時に眠ってしまうような人なのに?私は。」
「違う。多分あれは、俺が眠らせた。君は小さい時から…あの世界にいた時から、俺が抱いていれば都合よく眠ってくれたんだ。だから、必要があればいつも君をそうやって眠らせていたんだ。…眠くなる癖は今も変わらないみたいだね」
そんな事もあったのだろうか。でも確かに、彼の腕の中にいる今は少しずつ眠気を誘う。言わなきゃいけないことがあったのだけれど、まどろみに飲み込まれていく思考はあまり役に立たない。何とか言葉を紡いで保とうとしても、探している言葉はモヤに包まれて隠れてしまうのだ。
「でも…でも、」
「リリノア、俺のことは大丈夫だよ。だから、もう寝なさい。疲れているんだろう?」
いいえ。きっと疲れているのは彼の方だ。私を寝ずに看病してくれたのも、体の不自由な私を支えて風呂に入れてくれたのも、わざわざ飲み込むだけにしてくれた食事を喉に流してくれたのも。私は助けられてばかりで、何も返せていない。でも今の私はカインがいなければ生きていけないのも事実で。
「カイン…ごめ、」
「謝ろうなんて思わないでね。これは俺のお節介だから。」
さらに強い力で抱きしめられる。でも、まだ完治してはいない私の体を気遣っているのも分かる。
今まで本邸にいた頃には、きっと私は《ヒト》としてではなく《血統》の実体としてしか見られていなかっただろう。パーティーの時に本邸に戻った時にそれはよく分かった。だからきっと、ブルードの一族の人々は皆そうだと思っていた。だから、記憶が無いうちは、と思って一族の者を警戒するようにしていた。カインや、アンさんまでも。でもカインは違った。それがわかった時、体が少し軽くなった気がした。心を許したことで、無駄な思考がとんだから。
「…ねぇ、カイン」
「ん?」
優しく聞き返してくれることの温かさが身にしみる。きっと、愛情やぬくもりに飢えていたのは間違いない。
「…明日も、一緒に寝ていい?」
「君が望むなら、いつでも。」
その言葉を聞くと、私は自分の目頭が熱くなり、無意識に幾筋もの涙を流していた。それが何を意味するのかはわからないけれど、私は幸せを初めて知った気がした。夢の中に吸い込まれるように朦朧としている意識は珍しくも心地よく、完全に眠りに落ちる直前に感じたのは、アネモネの花の香りだった。
翌朝、目を覚ますともう日は高かった。それなのに、珍しくカインもまだ寝ている。私は半ば興味本位で、昨日の夜に彼がしてくれたようにそっとカインの頭を撫でてみた。サラリとした手触りがシルクを思わせる。それでいてフワフワしてて、なんだか癖になりそうだった。なんとなくやめられなくなって撫で続けていると、不意に彼の瞼が上がった。
「ひっ、」
じっと私を見つめてくる紅い瞳は鋭く私を見ている。一瞬その瞳に吸い込まれそうになるも、昨夜のことを思い出して我に返る。
「…おはよ」
「お、はよう。…起きてたでしょ」
「バレた?」
「気づいた。」
「お、偉いぞ。」
鋭い瞳をさらに細くして徒に笑う彼の顔を見ていると、つい見惚れてしまう。しかし、起きてたということは…
「…撫でてたのも気づいてたんでしょ」
「もちろん。俺がリリノアより目覚めるのが遅いわけないでしょ?」
…それはそうなんですけどね。
不意に、彼はまるでぬいぐるみでも抱きしめるかのように私を抱きしめて、ごろりと寝返りを打った。そうなればもちろん私も一緒に転がってしまうわけで。
「うぇあっ」
またしても変な声が出た。もう少し可愛らしい声のひとつでも出てくれれば良かったのに…
「ノア。」
「何」
「…まだ小さいね。」
「えっ」
彼は真剣な声でそう言う。きっと、私の成長が遅いことを心配しているんだ。分かっている、今まで何度かあった成長期のなかでも今回は特に遅い。というか、少し成長したら止まってしまったような状態である。
「っでも、少しは背、伸びたでしょ?」
「そうだね。」
彼が何を言いたいのかは分かる。どんなに私には焦らなくていいと言っていても、内心では彼が焦っていることを私は知っている。だから。
「私、もう大丈夫だと思うの。」
「何、」
「きっと…いえ、もしかしたら。これ以上身長は伸びないかもしれないし。だとしても、体の方は大丈夫だから、その…」
もう、いつでも産めるよ?
そう続くはずだった私の言葉が途切れたのは、そこまで言ったところで頭を強く抱かれたから。カインの胸に押し付けられた右耳から、夜中より少し早くなった彼の鼓動が聞こえてくる。轟々と音を立てるのは血液の流れる音で、私とすごく近い血が流れていると思うと少し不思議な気持ちになる。気づけば、体がまた強ばっていた。もしかしたら私は、誰かに抱きしめられることが苦手なのかもしれない。その理由は考えなくても想像がつく。両親からも誰からも、心から愛されたことのない私の体に染み付いたトラウマなのだ。だから今も、彼に大切にされるほど、捨てられた時の恐怖が増す気がしてならないのだ。
「リリノア。俺はお前を一族の象徴物にしておきたくないんだよ。子供を産むのだって、君の希望なら構わない。でも、一族のために産むと言うなら俺は少し考え直して欲しい。そんな悠長なことを言っていられないのも本当だけど、何がどうあれ産むのは君なんだ。だから、」
あぁ、どこまで大切にしてくれれば気が済むのだろう。でもこれは、私の使命だから。
「大丈夫。私はイヴなんだから…ちゃんと罪を償わなきゃ。だから、手伝ってね。私のただひとりのアダム」
そう、これ以上彼の負担にはなれない。私は出来ることをやろうと決めて、今ここにいるのだから。記憶が戻った時の私のことなんて知ったことではない。
私はそっと彼の鎖骨に唇を触れた。これ以上の幸せは、少し怖かったから、これはちょっとした照れ隠しのつもりだった。でも、それに気づいているのかいないのか、彼はいつものように私の頭をぽんぽんと軽く叩く。どうしても見た目から子供扱いになってしまう、と誕生日の夜に言っていたっけな…。
「リリノア、ちゃんと育ってるんだね」
「どういう意味よ。」
「いやぁ…親心?」
「親っていうより兄だけどね」
「そう?」
「うん。…でも、お兄ちゃんって言うよりは…」
「おじいちゃん?」
「違うよ!そんなんじゃない!でも、面倒見てくれるけど親じゃないかな。それに、兄でもない」
「難しいなぁ。」
「…ずっと、一緒にいて欲しい」
「急にどうしたの」
「だって、私はすごく欲張りになってしまったから。」
「…もしかして、俺がノアを手放すことを怖がってる?」
私はできるだけゆっくり、深く頷いた。黒い包帯が少しズレて前髪と絡まったのを感じる。私の心臓が早鐘を打っているのが耳に聞こえ、それはきっとカインにも伝わっているだろうと思う。シルクのネグリジェが軽く擦れて、口の広い襟元から肩が顕になってしまった。外気に触れた肌が急激に冷やされていき、じわりと滲むように熱が広がった。
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