夏のハジマリ。

坂伊京助。

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七月一日。

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七月一日
「私、夏休みの間に引っ越すことになったんだ。」
六月の梅雨の時期を越えて七月に入った日、いつものように部活が終わった後に雪音と二人で自転車を押し、喋りながら帰る道。二人の間を吹き抜ける風は、暖かくて皮膚のベタつきをまだ感じる。湿度はまだまだ梅雨を引きずっている。そんないつもの帰り道で、雪音が僕に言った一言はあまりにも唐突で言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かる。
「えっ?それ、本当?」
「うん、なかなか言い出せなくて、、、ごめん。」
二人共、押していた自転車の動きを止める。僕の質問に雪音は、俯き力の入っていない声で答える。想像もしていなかった。べつに別れを告げられたわけじゃないけど、今の僕には別れを告げられた事と同じくらいとても大きな衝撃を与える言葉だった。
「それで、引っ越す先はどこなの?」
「九州の鹿児島だって。」
「結構、遠いね。」
「うん。」
「鹿児島かぁ、思ってたよりも遠くてびっくりしたよ!」
「ごめんね?本当はもっと早く言おうと思ってたんだけど、どうやって伝えようか考えてるうちに今日になっちゃって。」
「別に、謝ることじゃないし、もう決まったことなんだからしょうがないよ。」
「うん。」
どうしてだろう、言葉を交わす度に空気が重くなっていく気がする。いつも通りの会話なのに二人とも自然と口数が少なくなってしだいに会話は、途絶えて僕たちは、ゆっくりと歩き始める。いつもなら、あっという間に過ぎてしまう帰り道の時間が今日は、長く感じる。一秒でも、一緒に居られる時間が長いことは僕にとっても雪音にとっても嬉しいことのはずなのに一緒にいられることの嬉しさよりも気まずい気持ちの方が勝ってしまう。
 私は、今とても後悔している。もっと早くに引っ越す事を伝えるべきだったのに、ただ少し遠くに行くだけでもう二度と会えなくなる訳じゃないのに。引っ越すことが決まった日から、胸が締め付けられる様な感覚で彼と一緒に過ごす時間がいつしか切ない時間にさえ変わってしまっていた。こんな気持ちのまま彼と一緒にいるのは、本当にも申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。でも、どんな時でも雅臣は優しい笑顔で受け入れてくれる。そんな雅臣の優しさに甘えてしまっている自分が嫌になる。
「夏祭りは、一緒に行ける?」
二人の間に続いた沈黙を破って雅臣が口を開いた。
「う、うん。」
「そうか、良かった!」
彼は、混じりけのない純粋な笑顔でそう言った。
「花火が綺麗に見れるスポットがあるらしいからそこで見ようよ!」
「うん。」
「あんまり、楽しみじゃない?」
「いやっ、そんな事はないけど、無理して元気づけさせてくれてありがとね。」
「全然、無理なんてしてないよ!本当に楽しみなんだよ!それに、夏祭りに二人で行く初めてじゃん?今から、楽しみで仕方ないよ!」
「うん、そうだね!なんか暗くなっちゃってごめん!お祭り楽しもうね!」
「雪音、やっと笑ったな!そうやって笑ってる方が雪音は似合うよ!」
雅臣に不意に褒められて雪音はハッとした。一気に鼓動が早くなって頬が少し紅潮してしまう。
「もう、うるさいばかっ!」
「怒るなって、雪音が元気無さそうだったから俺なりに心配したんだぞ?」
「うん、ありがと。」
「はやく、帰ろうぜ!!」
そういって雪音の頭を雅臣の手が優しく跳ねる。
「う、うん。」
自転車を押す二人の背中を夕日が照らしてゆっくりと沈みながら、影を縦に長く伸ばしていく。
 二人にとって特別な夏がこれから始まってく。
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