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七月八日。
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七月八日
雅臣に引っ越しことを伝えてからもう、一週間が経った。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうと改めて実感した。あの日以来、雅臣は引っ越しの話は一度もしなかった、雅臣なりに私に気を遣ってくれているのだと思う。でも、その優しさが少しだけ辛いけど、今は一緒に居られる時間を精一杯に楽しむことに決めた。
「雅臣君!今週末に練習試合があるんだけど助っ人やってくれない?」
授業と授業の間の時間に読書をしてる雅臣の前に元気良く現れたのは、バスケ部のマネージャーをしている同じクラスの女子だった。部活動に所属はしていないが身体能力の高い雅臣は、入学をしてから二年になった今も、運動部からの勧誘が後を絶たない。しかし、放課後や休日は趣味の読書と雪音と過ごす時間に充てたい雅臣にとって何かの部に所属をすることは、とても大切な時間を削るだけにしか思っていない。だから、どんな相手に誘われたとしても絶対に首を縦に振らない。
「何度も言ってるけど、面倒だから断る。」
「え~!いいじゃん!今回で最後にするからっ!ね?お願い!」
雅臣の机に上半身を乗せ胸を強調させて、上目遣いで懇願する。普通の男子なら完全に惑わされてしまうシチュエーションだが、雅臣は一切、動じない。そもそも雪音以外に微塵も興味を持たない。
「断る、それに今週は予定がある。」
「ふ~ん、今回は諦めるけどまだ、完全に諦めたわけじゃないからねっ!」
そう言ってその女子生徒は、雅臣の前から姿を消した。雅臣が、手元の本に再び視線を戻すとタイミングを見計らった様にチャイムが鳴る。生徒たちは各々、自分の教室や席に戻り、授業が始まる。
雅臣は授業の間中ずっと雪音の事を考えていた。雪音の前ではなんとか明るく振舞ってみたものの、あの日からずっと雅臣の心の中には不安な気持ちがボールの様にゴロゴロと転がっていた。それでも、雅臣が雪音の前で明るく振舞うのは、きっと自分よりも雪音の方が不安な気持ちに押しつぶされそうになっていると感じたからだった。そんな事を頭の中で考えていると気づけば午前授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みの時間が始まる。
「おい、雅臣、今日も彼女がお呼びだぞー。」
あまり友達をつくらない雅臣の唯一と言ってもいい友人が教室の後ろのドアから雅臣を見ている雪音のことを雅臣に教える。雪音の方を見ると薄い水色の布に包まれて縦に重ねられた二つの弁当箱を持ち、片手で小さく手を振っているのが見えた。軽く手を振り雅臣もそれに応える。
「おう、ありがとな。」
「羨ましいなぁ、今日も愛妻弁当かぁ」
「お前だって、愛情たっぷりの愛母弁当だろ?」
「まぁ、愛情は詰まってるけど、お前のとは種類が違うだろー。」
「そんなことはないだろ、じゃ行くわ。」
「おう、」
雅臣は席を立ち教室の後方で待つ雪音の元に行く。
「お待たせ、」
「うん、早くっ、行こうっ!」
雪音は、雅臣の手を掴み少し早足で歩き始めた。それは、いつもの雪音とは少しだけ違っていた。普段だったら、二人でゆっくりと歩き会話をしながら中庭のベンチまで向かうはずだが、今日は違う。雪音のその小さく柔らかい手から伝わってくるのは、力だった。雅臣は、引っ張られるがままに足を動かした。合間に何度か声をかけたが、その声すら届いていないようだった。そしてそのまま、中庭に着くと雅臣の手を離して雪音は、黙ってベンチに腰を下ろした。
「雪音?どうした?何かあったのか?」
「別に、何でもない。」
「いや、明らかに何かあっただろ、どうした?」
「だから、なんでもないってば!」
「何かい嫌なことでも、あったのか?」
「もう、なんで分からないの?」
「え?なにが?」
「はぁー。」
雪音は俯き、深く息を吐いた。それは、心の中の怒りの感情を押し殺すと同時に雅臣のそのあまりの鈍感さに対しての呆れたという感情でもあった。
「あのさ、休み時間に野球部のマネージャーと話してたでしょ?」
「あぁ、うん。」
「あぁ、じゃなくて何を話してたの?相手の女の子のアピール凄かったけど?」
「アピールって、あれはいつもの部活の助っ人の話だよ、まぁもちろん断ったけどな。」
「ふーん、行けばいいじゃん。」
「いや、行かないよ。」
「なんで?行けばいいじゃん。」
「行かないよ、だって今週末は、DVD借りて一緒に映画見る約束だろ?」
「うん、まぁそれはそうだけど、、、。」
「だからさ、機嫌なおしてくれよ、な?」
「うん。」
雅臣が自分との約束を大切に覚えてくれていた事の嬉しさと、自分の心の中に小さく芽生えた嫉妬の感情が入り混じって上手く表情をつくることが出来なくなっている。
「じゃあ、隣座るぞ?」
そういって少し遠慮がちに雪音の様子を伺いながら雅臣はベンチに腰を下ろす。
「うん。」
雪音は少し耳を赤らめて下を向いたまま応えた。
「今週、見るDVDだけどさ、俺が一人で決めちゃっていいの?」
「うん、いいよ。」
「そうか、例えばどんな感じのが見たいとかあったりする?」
「雅臣のセンスに任せるよ、」
「顔、赤いけど大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫だよ!早く食べちゃおうか!」
「まぁ、大丈夫ならいいけどさ、今日のお昼はなに?」
「今日は、さっぱりサラダスパゲティだよっ!」
「今日は、変わり種だな!いただきます!」
「はい、召し上がれ!どう?」
「うん、美味しいよ!さっぱりしてて夏の暑さも吹き飛ぶよ!」
「良かったぁ!野菜がしなしなになっちゃわないか少し心配だったけど、大丈夫だったね!」
青い空には、そびえ立つように浮かんでいる入道雲が見えてそれが夕立が降ることをお知らせしてくれているようにも見える。お昼ご飯を仲良く食べる二人を入道雲と太陽が見守っている。
雅臣に引っ越しことを伝えてからもう、一週間が経った。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうと改めて実感した。あの日以来、雅臣は引っ越しの話は一度もしなかった、雅臣なりに私に気を遣ってくれているのだと思う。でも、その優しさが少しだけ辛いけど、今は一緒に居られる時間を精一杯に楽しむことに決めた。
「雅臣君!今週末に練習試合があるんだけど助っ人やってくれない?」
授業と授業の間の時間に読書をしてる雅臣の前に元気良く現れたのは、バスケ部のマネージャーをしている同じクラスの女子だった。部活動に所属はしていないが身体能力の高い雅臣は、入学をしてから二年になった今も、運動部からの勧誘が後を絶たない。しかし、放課後や休日は趣味の読書と雪音と過ごす時間に充てたい雅臣にとって何かの部に所属をすることは、とても大切な時間を削るだけにしか思っていない。だから、どんな相手に誘われたとしても絶対に首を縦に振らない。
「何度も言ってるけど、面倒だから断る。」
「え~!いいじゃん!今回で最後にするからっ!ね?お願い!」
雅臣の机に上半身を乗せ胸を強調させて、上目遣いで懇願する。普通の男子なら完全に惑わされてしまうシチュエーションだが、雅臣は一切、動じない。そもそも雪音以外に微塵も興味を持たない。
「断る、それに今週は予定がある。」
「ふ~ん、今回は諦めるけどまだ、完全に諦めたわけじゃないからねっ!」
そう言ってその女子生徒は、雅臣の前から姿を消した。雅臣が、手元の本に再び視線を戻すとタイミングを見計らった様にチャイムが鳴る。生徒たちは各々、自分の教室や席に戻り、授業が始まる。
雅臣は授業の間中ずっと雪音の事を考えていた。雪音の前ではなんとか明るく振舞ってみたものの、あの日からずっと雅臣の心の中には不安な気持ちがボールの様にゴロゴロと転がっていた。それでも、雅臣が雪音の前で明るく振舞うのは、きっと自分よりも雪音の方が不安な気持ちに押しつぶされそうになっていると感じたからだった。そんな事を頭の中で考えていると気づけば午前授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みの時間が始まる。
「おい、雅臣、今日も彼女がお呼びだぞー。」
あまり友達をつくらない雅臣の唯一と言ってもいい友人が教室の後ろのドアから雅臣を見ている雪音のことを雅臣に教える。雪音の方を見ると薄い水色の布に包まれて縦に重ねられた二つの弁当箱を持ち、片手で小さく手を振っているのが見えた。軽く手を振り雅臣もそれに応える。
「おう、ありがとな。」
「羨ましいなぁ、今日も愛妻弁当かぁ」
「お前だって、愛情たっぷりの愛母弁当だろ?」
「まぁ、愛情は詰まってるけど、お前のとは種類が違うだろー。」
「そんなことはないだろ、じゃ行くわ。」
「おう、」
雅臣は席を立ち教室の後方で待つ雪音の元に行く。
「お待たせ、」
「うん、早くっ、行こうっ!」
雪音は、雅臣の手を掴み少し早足で歩き始めた。それは、いつもの雪音とは少しだけ違っていた。普段だったら、二人でゆっくりと歩き会話をしながら中庭のベンチまで向かうはずだが、今日は違う。雪音のその小さく柔らかい手から伝わってくるのは、力だった。雅臣は、引っ張られるがままに足を動かした。合間に何度か声をかけたが、その声すら届いていないようだった。そしてそのまま、中庭に着くと雅臣の手を離して雪音は、黙ってベンチに腰を下ろした。
「雪音?どうした?何かあったのか?」
「別に、何でもない。」
「いや、明らかに何かあっただろ、どうした?」
「だから、なんでもないってば!」
「何かい嫌なことでも、あったのか?」
「もう、なんで分からないの?」
「え?なにが?」
「はぁー。」
雪音は俯き、深く息を吐いた。それは、心の中の怒りの感情を押し殺すと同時に雅臣のそのあまりの鈍感さに対しての呆れたという感情でもあった。
「あのさ、休み時間に野球部のマネージャーと話してたでしょ?」
「あぁ、うん。」
「あぁ、じゃなくて何を話してたの?相手の女の子のアピール凄かったけど?」
「アピールって、あれはいつもの部活の助っ人の話だよ、まぁもちろん断ったけどな。」
「ふーん、行けばいいじゃん。」
「いや、行かないよ。」
「なんで?行けばいいじゃん。」
「行かないよ、だって今週末は、DVD借りて一緒に映画見る約束だろ?」
「うん、まぁそれはそうだけど、、、。」
「だからさ、機嫌なおしてくれよ、な?」
「うん。」
雅臣が自分との約束を大切に覚えてくれていた事の嬉しさと、自分の心の中に小さく芽生えた嫉妬の感情が入り混じって上手く表情をつくることが出来なくなっている。
「じゃあ、隣座るぞ?」
そういって少し遠慮がちに雪音の様子を伺いながら雅臣はベンチに腰を下ろす。
「うん。」
雪音は少し耳を赤らめて下を向いたまま応えた。
「今週、見るDVDだけどさ、俺が一人で決めちゃっていいの?」
「うん、いいよ。」
「そうか、例えばどんな感じのが見たいとかあったりする?」
「雅臣のセンスに任せるよ、」
「顔、赤いけど大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫だよ!早く食べちゃおうか!」
「まぁ、大丈夫ならいいけどさ、今日のお昼はなに?」
「今日は、さっぱりサラダスパゲティだよっ!」
「今日は、変わり種だな!いただきます!」
「はい、召し上がれ!どう?」
「うん、美味しいよ!さっぱりしてて夏の暑さも吹き飛ぶよ!」
「良かったぁ!野菜がしなしなになっちゃわないか少し心配だったけど、大丈夫だったね!」
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