夏のハジマリ。

坂伊京助。

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七月十三日。

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七月十三日
 見事なまでに水色な空には、雲一つない。そんな空では太陽がこれでもかと、いうくらいに暑さをひけらかしている様に見える。そんな太陽の熱を受けてアスファルトには、地鏡が見えている。まさに絵に描いたような真夏日だ。時折、静かにでも風が吹きでもすれば少しは涼しさを感じることができるであろうに、風は一体どこへ消えてしまったのか、ただただ暑い空気が漂っている。公園の木では、セミが全身全霊をかけて一生懸命に羽を震わせて鳴いている。この鳴き声を聞くと何故だか夏の暑さがより一層、増すような気がするのは気のせいなのか。普段なら五分もかからない道のりもこんな日は、十分以上もかかってしまう。雅臣は自転車を押して、雪音の家へと向かっていた。もちろん、家を出て最初は自転車を漕いで向かっていたが途中でタイヤの空気が徐々に抜け始めてしまった為に、自転車を押すことになってしまった。途中に見つけた自販機で飲み物を買おうと足を止めて清涼飲料を買ったが、出てきたのは完全に熱をもった清涼飲料だった。今日のこの暑さに自販機の冷却システムも仕事を放棄してしまっている。やっとの想いでなんと雅臣は、雪音の家にたどり着いた。インターホンを押すとドアを開けて雪音が顔を覗かせる。
「おはよう!今日も暑いね!さぁ、上がって!」
「お、おう。」
「先に部屋に行ってて、私、お茶持って行くから!」
「お邪魔します、ありがとう、」
雅臣は二階の雪音の部屋に一足早く入る。部屋は、クーラーの冷気で満たされていて雅臣にとってはオアシスの様に感じることができた。
「はぁ、涼しい」
「おまたせ、暑かったでしょ?麦茶持ってきたよ!」
「うん、ありがとう」
雅臣の乾ききった喉に冷たい麦茶が流れ込む。ゴクゴクと音をさせてあっという間にコップに注がれた麦茶を飲み干してしまう。鼻に抜ける茶葉のほんのりとした香りと舌の上に広がる苦みは一瞬のうちに全て体内に押し込まれてしまった。
「そんなに喉、渇いてたの?途中で飲み物買ってきたんじゃないの?」
「いや、買ったんだけどさ、自動販売機が壊れててとても飲めたもんじゃなくてさ。」
「それは、災難だったねぇ。」
「うん、まぁでも夏ってこんなもんだからしょうがないよなぁ。」
「でも、今年の暑さは異常だってニュースでも言ってたよ?」
「どうりで暑いわけだなぁ、」
そう言って雅臣が視線を向けた窓の外には、青く透き通った空と煩い程に照りつけている太陽が見えている。
「じゃあ、DVD見ようか、」
「うん!そうだね!今日のはどんな映画なの?」
「いやぁ~、いろいろ悩んだんだけど、夏の映画にしたよ!」
「へぇ~!タイトルは??」
鞄からDVDを取り出して雪音の前に差し出す。
「“サマータイムマシンブルース”っていう映画、」
「SF好きだねぇ~」
「いや、確かにタイムマシンは出てくるけど、内容はそこまでSFっぽさはないから見やすいと思うよ?」
「そうなんだ!なんか、楽しみ!早く見よっ!」
冷房が十分に効いた雪音の部屋で、雅臣の選んだ映画を鑑賞する二人。物語が進んで終盤に差し掛かってきた頃、隣で見ていた雪音は肩に重さを感じた。重さの方に視線を向けると目を閉じてすっかり眠ってしまっている雅臣の様子が目に入った。今日のこの暑さの中から一転して快適な室内に入ったことでリラックスをしたのか、どうやら深い眠りについているようだった。雪音は、その後も雅臣を起こさないように体勢を維持したまま映画を見続けた。物語が終わりエンドロールが流れ始めても雅臣は、一向に起きる気配を感じさせなかった。半ば無理な体制で座っていたことで雪音も瞼が少し重くなり
始めて気が付くと雅臣の頭に寄りかかり眠りについてしまった。部屋には、エアコンのモーター音だけが静かになってる。平穏で幸せな空気が部屋を埋め尽くしている頃、一方で、窓の外では深い灰色の雲が空を覆い始めていた。あれだけ張り切っていた太陽も厚い雲の下に隠れてしまっている。そして一本の糸の様に細い光がピカッと光るとそれを追う様に、ゴロゴロという轟音が鳴り響いた。その音に驚いて雪音の体が少し跳ねる。重なっていた二人の頭がぶつかる。
「痛っ!」
雅臣と雪音が同時に声を上げる。
「ん?今の雷か?」
「そ、そうみたいだね。」
二人はまだ完全には目を覚ましてはいずに半分は寝ぼけている。
「今の大きかったね、びっくりして起きちゃったよ、」
「確かに今のは、デカかったなぁ」
寝ぼけたままの二人はゆっくりとした他愛のない会話をかわしていた。
「あっ!!」
「ん?どうした?」
雪音は慌てて立ち上がった。
「夕立来る前に、洗濯物入れてってお母さんに頼まれてたんだった!!」
そう言って一人、部屋を飛び出す雪音とその後を追いかける雅臣。幸いまだ雨は降りだす前で洗濯物を濡らすことなく無事に取り込むことが出来た。
「映画どうだった?」
「あっ、そうだ、途中で寝たでしょ!
「ごめん、ついウトウトしちゃってさ、で、映画はどうだった?」
「ついじゃないよ、もぉ~~!」
「ごめんごめん、」
「まぁ別にいいけどさ、映画は面白かったよ!確かにSFの要素は少なくて私は、見やすかったよ!」
「そうか、それは良かった!」
「でもさ、雅臣はもしも、タイムマシンがあったらどうする?例えば過去とか未来とか行きたい場所ある?」
「ん~~、あんまりないなぁ、未来に行って想像と違って落ち込みたくはないし、かといって過去に行って今が変わるのも嫌だからな、使わないって選択はあり?」
「え~~!それじゃ、つまんないじゃん!なしっ!一回だけでいいから使わなくてはいけませんって状況だったらどうする?」
「ん~、絶対に使わなくちゃいけないならそうだなぁ、思い切って江戸時代に行くとか??」
「そんなに昔に行くの?」
「うん、せっかくなら本物の侍とか見てみたくないか?」
「まぁ、確かに見てみたいけど怖くない?」
「そうか?じゃあ雪音は、どこか行きたい所とかあるのか?」
「そうだなぁ、私は恐竜とか見てみたいかなぁ、」
「いや、そっちの方が危ないし怖くないか??」
「そうかなぁ、恐竜に、バレなければ大丈夫じゃない?」
「でも、バレたら一貫の終わりじゃん。」
「そっかぁ、じゃあ、使わない!」
「えっ?せっかくタイムマシンあるのに?」
「いや、私から話を振っておいてなんだけど、正直言うと今が一番楽しいから必要無いかなぁって思うんだよね!」
「なんか、漫画の主人公の台詞みたいだな、」
「そうでしょ?自分でも言ってて、そう思った!」
「まぁ、でも確かにこうやって二人でいられるこの時間が一番の幸せかもな!」
「そんなこと言うなんて珍しいね、」
「だってさ、今年の夏は今までともこれからとも違う特別な夏だからさ、」
「そ、そうだね。」
雪音の言葉をきっけにして二人の間に沈黙が流れる。そのほんの数秒が二人には長いようでそして、短くも感じた。二人のこれまでとこれからの中で考えれば今年の夏も長くもあり短くもある。そんな夏なのかもしれない。夏の空には、もうすっかり雨雲が広がって夏の暑さを消し去る様に雨が勢いよく降り注いでいる。

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