二人の時間。

坂伊京助。

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二人の共同生活。

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 午前6時、部屋になり響く二つの目覚まし時計の音。2LDKのオートロック付きマンションに女子が二人で暮らしている。俗にいうルームシェアというものだ。
 目覚ましを止め、ゆっくりとベッドから出て両手を力一杯、天井に向かって伸びているのが遠藤美彩である。現在、彼氏なしの二十五歳で出版社に勤務している。 美彩は自室から洗面所へと向かった。肩に掛かる程度の髪を後ろにくくり洗顔を始めた。一方で、この部屋に住むもう一人の住人である玉井汐里は、こちらも同じく現在、彼氏なし、年齢は美彩二つ下の二十二歳である。現在彼女は、枕元で鳴り続ける目覚まし時計に気づくこともなく気持ち良さそうに寝ている。「しおり、まだ寝てるのかな。」一人呟くと美彩は化粧と朝食の準備を始めた。
 「ん~、もう食べられないよ~。」どうやら汐里は、夢の中で食欲を爆発させているようだ。
 美彩は、早々に化粧を済ませて味噌汁を温め、焼き鮭を2尾焼いていた。「しおりぃ~、そろそろ起きないと遅刻するわよー。」母親が朝、子供を起こすように汐里を呼ぶ声が部屋に響く。
 「ほら、早く起きなさい。」
 汐里のベッドに座り体をポンポンと叩く美彩。
 「ん~、もう朝かぁ~。」眠たそうに目を擦る汐里。
 まだ寝起きで全身に力の入っていない汐里の華奢な体を美彩の甘い香水の匂いと腕が包み込む。されるがままの汐里。互いの鼓動が体を通して伝わってくる。しばしの沈黙を破るように美彩が汐里の耳元で囁く。「目、覚めた?」天女の羽衣のようなしなやか声で囁いた。
  汐里は、首を横に二度振ったそして、「おはようのチューして。」と、ふてくされた子どものような声で言った。見つめ合う二人、互いの顔は徐々に近づきそれに伴い鼓動も早まる、息が相手の顔に触れそうな距離まで近づき。「ちゅっ。」
 汐里の左の頬にまだ塗り立ての口紅が薄く着いた。
「これで満足?」少し楽しそうな声で言う。
「ほっぺじゃなくて口にしてよっ!」
「口は、、、、、だめ。」少し頬を赤らめ俯きながら美彩は、言った。しかし、汐里は自分の腕を掴む美彩の手に力が入るのを確かに感じていた。
「冗談だよ!ばっちり目が覚めましたぁ!」
「あ、朝ご飯の用意は出来てるからね。」
「毎日、美味しいご飯、作ってくれてありがとねっ!」ベッドから立ち上がると美彩の頭を優しく二度叩き、汐里はリビングへと向かった。椅子に座ると、豆腐の味噌汁に白く輝く白米、焼き鮭に白菜の漬け物、とても質素ではあるが美彩が自分のために朝食を作ってくれたというだけで汐里は満足だった。美彩も美彩でまるで育ち盛りの子供の様に自分の作った朝食を食べる汐里を見ているだけで心が幸せで一杯になっていた。
「今日は私、少し帰りが遅くなるかもしれないから、夕ご飯は、一人で食べてね。」
「えー!一人かぁ、つまんないのー。」
「ごめんね?でも、汐里が待っててくれるんだったら一緒に食べられるけど、どうする?」
「じゃあ、待ってるよ!」真夏の向日葵のような笑顔で汐里が答える。
「わかった、じゃあなるべく早く帰ってこられるように頑張るね!でも、無理して待っててくれなくてもいいからね?」
「大丈夫だよ!しおり、みさの為なら忠犬ハチ公にも負けない自信あるからっ!」
「何それっ」屈託のない美彩の笑顔に心を鷲掴みにされ、思わず箸が止まる汐里。
「ん?どうしたの?しおり?もしかして味噌濃すぎた?」
「な、何でもないよ!いや、今日も美味しいなぁっと思ってさ。」
「あっそう」
「う、うん!」
「ふ~ん、ていうかしおりほっぺにご飯粒付いてるよ」そう言うと美彩は、汐里の頬に付いた米粒を取り自らの口に運んだ。そんな美彩の行動に汐里は思わず。きたーーー!と心の中で叫んだ。
「ごちそうさまでした。じゃあ私、会社行くから
。」食べ終えた食器を台所へ運び通勤用のハンドバッグを持って玄関に向かった。
「もし、私が遅くてお腹空いたら冷凍庫にカレー入ってるから温めて食べてね!じゃあ、いってきまーす」
「了解!いってらっしゃい、気をつけてね!」
美彩家を出てから五分程して、汐里は朝食を食べ終えた。二人分の食器を洗い終えると、自室の机に向かって執筆を始めた。玉井汐里は、今をときめくベストセラー作家なのである。恋愛、ホラー、冒険、謎解き、SFとあらゆるジャンルを書き尽くしている。ペンネームは、”多岐有作”である。一部ファンの間では、扱うジャンルの広さから何人かの作家集団なのではないかとも言われるほどに、その一つ一つが全く違う作風である。玉井、本人曰く「ファンの期待を裏切らないためにも常に新たなジャンルに挑戦をしていきたい」とのことらしい。こんな変わった、いわば多重人格作家と女性向けファッション誌の編集者との出会いはこうだ。
 その時期の多岐有作は、女性からの人気に火がついていた頃で、美彩の担当する雑誌でも半年間の連載が企画されていた。その時に半年間、連載の担当をしたのが美彩だったのだ。二人は、汐里の連載が終わった後も一人の友人として何度か食事に行ったりと互いの距離が近づいていった。そして、多岐有作の作家人生におて初のスランプが訪れた際に、作品のファンであった美彩から一緒に住まないかとルームシェアを提案したのであった。玉井汐里という人間は、書き物に関して言えば天才的だが日常生活の観点から言うとまるで赤子同然であった。なれない独り暮らしと執筆との両立が上手くいかずに、結果的にはスランプに陥ってしまったのである。そんな、汐里の姿を見て美彩は何か自分に出来ることがないかと考えたのだ。
 そして現在、多岐有作は純愛小説を執筆中である美彩との生活の中から創作のヒントを得ながら、これからも女子二人の共同生活は続いていくのだろう。
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