二人の時間。

坂伊京助。

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異世界の二人。

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  午前三時半、世の中が最も静かだと言っても良い時間だろう。
 カーテンを閉めきった部屋の中で青白く光る液晶画面、そこに写っているのはなぜか異世界に飛ばせれてしまった主人公と、その主人公を取り囲む美少女達が描かれている。最近では、すっかり定番になってきつつある異世界物のファンタジー漫画を描いているのがは、真山りさである。本来は、青春ラブコメを描きたかったが、作品の人気に伸び悩み担当編集者と相談をして流行りに乗ることにしたのだ。
 りさは、仕事を一旦切り上げて気持ちをシャワーを浴びている。頭から首へそして体から足へと伝って、排水溝へ流れていく。りさは、考えに詰まるといつも決まってシャワーを浴びることにしている。頭から流れ落ちる暖かさが嫌なものを全て綺麗に洗い流してくれるような気がするからだ。浴室から出たりさは、冷凍庫に手を掛け中から、アイスを取り口に頬張る。「風呂上がりのアイス、最高ぉ~!」明け方の、独り暮らしの独身女の部屋に独り言が広がる。アイスを食べ終わると再び漫画の続きを描き始めた。
 
午前七時半、白石亜衣の枕元にある携帯電話のアラームが鳴った。彼女は、大手飲料メーカーに勤めている、企画広報部に所属している亜衣は、マスコットキャラのグッズ展開やCMなどのプロジェクトのリーダーを現在、任されている。そんな白石亜衣は、数日前に二つ歳上の彼氏と破局をしたばかりである。原因は、その美し過ぎる見た目と、仕事ぶりを見て。「君は、一人でも生きていけるよ。」と言われ、別れることになってしまったのだ。しかし、現在プロジェクトリーダーを任されている亜衣に落ち込んでいる暇などないのだ。というかむしろこの大きな仕事の責任者でなければ今ごろ、心が砕けて一人寂しく傷心旅行にでも行ってしまいそうな精神状態であった。彼氏への怒りと悲しみを原動力とした仕事の鬼と化している。
 アラームを止めて、布団から体を起こす。無造作に乱れた髪を掻き上げて眠い目擦る亜衣。そのあまりにも無防備な姿からは、職場でのてきぱきとした姿など微塵も感じさせない。無言のまま一人、淡々と身支度を始める。パジャマから仕事用のスーツに着替えながら徐々に、頭の中も切り替えていく。朝食もしっかりと、白米に納豆とワカメの味噌汁を食べ。家を出る時には、見た目も中身も完全に仕事モードに切り替わっている。
 午前十一時、りさの住むマンションに一人の訪問者がいた。世の中が賑わい活気づいている頃、真山りさの部屋には、単に緊張の二文字で表すには簡単すぎるほどの時間が流れていた。昔から、大概のことでは緊張などしないりさでさえもこの時間ばかりは、時が永遠の様に感じて仕方がないのだ。そしてこの重く張り詰めた空気を壊すように一人が口を開く。
「先生、今回の原稿。、、、いつも通り完璧です!」そう、りさの部屋への訪問者とは出版社でりさの担当をしている編集者だったのだ。
「はぁ~、緊張したぁ、ていうか何で毎回こんなに空気重くするんですか?」りさの問いかけに、担当は少し微笑み答えた。
「いやぁ、初心忘れるべからずですよ!」こんな、能天気なことを平然と言ってのけるこの男は、見た目も言動もどこか抜けているようで敏腕の編集者であるから不思議だとりさは、いつも疑問に思っていた。
「しかし、先生の作品は毎回先が読めませんよね!良い意味で、読者の期待を大幅に裏切ってきますもんね!」
「それはどうもありがとうございます、でも中田さんのアドバイスのお陰だと私は、思ってますよ、感謝してます。」
「じゃあ、今日はこれで帰りますね!」と、原稿のチェックが終わると終始、笑顔のまま世間話と仕事の話を終わらせ出版社へと中田は帰っていった。
 仕事が一段落したりさは、疲れきった体を休めるために背骨を抜き取られたように全身の力を抜きベッドに倒れ、死んだように深い眠りについた。
 
午後三時、仕事の鬼である白石亜衣は、午前中の企画会議での決定事項などを報告書にまとめ上げていた。午前中の会議でぐったりと疲れている亜衣は、携帯電話の写真のフォルダの中でも古い写真を眺めて気分を上げることにしていいる。その写真は、専門学校で出会い以来、今でも連絡を取り合っている親友の真山りさと遊園地に遊びに行った時に二人で撮った写真だ。
 亜衣は昔から周りの期待に応えることに必死で、本心を話すことが出来る友達は、一人もいなかった。絵を描いている時だけは、本当の自分でいられるような気がするから一人で絵を描いている時間がなにより好きだった。漫画やアニメが大好きでいつも描く絵は決まって、妖精などのファンタジーの世界を描いている。授業などで絵を描くときには、リアルな描写の絵を描くようにしている。
 白石亜衣は、高校を卒業してからデザインの専門学校へ通うことにした。周りにいたのは皆、絵が好きな人達ばかりで今までの自分とは違う新しい自分になれる気がしていた。しかし亜衣に近付いてくる人間は、なぜかいつも下心を隠し持ち近付いてくる者ばかりだった。昼休みに、図書館の隅の席で絵を描くのを日課にしていた亜衣は、真山りさに出会った。
「あの、隣いいですか?」
利用者が少ない時間だから席なんて他にたくさんあるのになんでわざわざ私の隣に座るんだろう。と、亜衣は初めはあまり良い気がしていなかった。
「他にも、席空いてますよ。」
せっかくの至福の時間を邪魔をされたくなかった亜衣少し、冷たく言った。
「そっか、じゃあ、あなたの絵だけ見せてくれません?」
「えっ?」
「あなた毎日、決まってこの時間にこの席で一人で絵描いてるでしょ。」
あまりの驚きに亜衣は言葉を失った。

 この時のりさとの出会いが亜衣の人生を大きく変えたのだ。その日以来いつも一人で絵を描くだけの時間が互いに絵を見せ合ったり、互いのことを話したりととても楽しい時間に変わっていった。
 学校を卒業してからも亜衣は、何か嫌なことがあるとりさに会いに行くようになっていた。でも、連絡をするのも会いに行くのも必ず亜衣の方からだった。それでも、ありのままの飾らない自分をさらけ出せる相手がいるだけで満足だった。
 
 仕事を終え帰宅と中の亜衣の携帯電話にりさから電話が掛かってきた。
「もしもし?あっ、もしかして仕事中だった?」
りさにしては、珍しく亜衣に気を使ったような口ぶりだった。
「大丈夫だよ!今、帰ってる途中だから!」
今日一日の疲れが全て嘘だったかのように全身に力が入った。
「もし良かったら、今日、私の家来ない?」
「えっ!?いいの?行く行く!」
亜衣は、いつもの倍以上の早さでrさの家に向かった
。ピーンポーン!
「思ってたよりも早く着いたね」
「うん!一応、お酒とおつまみも買ってきたよ!」
無邪気な子供のような笑顔でりさの家に入る亜衣。
「でも、どうしたの?電話なんて珍しいよね?なにかあった?」
「何かあった訳じゃないけど、久しぶりに会いたいなぁって思ったからさ。」
 それから二人は、近況報告や昔の思出話を目一杯、話続けた。亜衣は、アルコールと、度重なる仕事の疲れと失恋の悲しさが勢いをつえるようにして、ソファで眠ってしまった。遊び疲れた子供のように気持ち良さそうに眠る亜衣を背にして、テレビゲームを始めた。
 
 真山りさは、高校時代に既に漫画家としてデビューをしていた。そして高校を卒業後、人生経験と技術工場の為に専門学校へと進学をした。この選択が後の真山りさの人生を大きく変えたのだ。人と群れることもあまり好きではなかったりさは、基本的には一人で学校生活を過ごしていたが。一人、気になる生徒がいた。
その生徒こそが、白石亜衣である。彼女はいつも昼休みになると図書館の一番隅の席で一人で絵を描いていた。物凄く美人で、高嶺の華という言葉がこんなにも似合う人物がいるのかと、りさは衝撃を受けた。毎日、彼女のことを観察することがもはや日課になっていたりさは、ある日ついに自分から声を掛けることにした。あまり良い印象ではなかったのは、亜衣の応答ですぐに察したが、なんとか距離を縮めることに成功した。
 初めて、彼女の描いている絵を見たときに全身に電気が流れたような衝撃を受けた。彼女の描く絵はどれも現実とは違ういわゆる魔法や妖精などのファンタジーの世界だった。まるで、自分がその世界に入り込んでしまったかのような感覚にも襲われた。ただ綺麗なだけとは違い見ている者の心を魅了する絵だった。
 それから二人で過ごす時間は、りさにとってはとても貴重な絵の勉強の時間になった。

 今日、自分から亜衣を家に招いた理由は、学生時代に絵を教えて貰った、恩返しの意味を込めたものだったのだ。作品の方向性を変えてから仕事は順調に進んでいる。これも全てあの日、白石亜衣に出会えたことで生まれた結果だと思っているからである。亜衣に背を向けたまましばらくテレビゲームをしていると、突然にソファから起き上がった亜衣が後ろから覆い被さる様にして、りさの小さな体を包み込んだ。
「どうした?急に抱きついてきて」
するとりさの耳元で少し涙ぐんだ声で言った。
「今日は、誘ってくれてありがと。。」
そう言うとりさの背中に顔を埋めてりさの体を包んでいる亜衣の両腕に少し力が入ったのを確かに感じた。りさは、心の中で小さくこちらこそと呟いた。

二人だけにしか分からない他の誰も立ち入ることの出来ない世間とは異なる。そう考えるとこの部屋は、一種の異世界なのかもしれない。
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