青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

文字の大きさ
158 / 334
EP2 卵に潜む悪意11 それぞれの夜に

夏輝の異変

しおりを挟む
 一歩も動きたくないくらい疲れ果てた身体を必死に動かし何とかアパートにたどり着く。
 部屋に入り、鍵を閉め、そのままフローリングの上に倒れる。

「も、もう一歩も動きたくない……疲れた」

 外では隠していた耳と尻尾がぼふんと出てきてそのままへにゃりと情けなくも垂れ下がる。
 目を瞑り、死に体の俺はそのままぴくりとも動かなくなる。
 そうしているとふわりと身体が浮く感覚。
 
「え、え!?」

 驚いて重い瞼を開くと状況を理解する。夏輝が俺の事を抱き上げていたのだ。
 
「ここで寝るのは駄目だよ。風邪引くし身体も痛くなるし」
「お、おう……」

 なんだろ。いつもの夏輝と違うんだよな。普段の柔らかな優しい顔ではなく、どこか精悍な顔つき。
 俺は目を白黒させつつそのまま夏輝の腕の中で大人しくなる。何故かはわからないが心臓がバクバクと音を立てる。
 グリーゾスの力を借りたから、少し不安な気持ちが強かったけれどそれが全てドキドキにすげ変わってしまった。
 
(何でこんなにドキドキしてるんだ?肉食獣みたいに見えるから?まさか取って食われるわけもないのに!)

 夏輝の匂いに包まれ、ふわふわした温かな心地となる。
 まんじりともせず地蔵のように運ばれ、使い込まれたベッドの上に降ろされる。
 昨日出かけたときのままの部屋は家主がいなかったからか少し寒々しい。
 
「この間みたいに不安定になったりしてない?大丈夫?」

 寝かせた俺の顔を覗き込む夏輝。

(ん?)

 そこで異変に気付く。

「俺は今お前の匂い嗅いだから大丈夫……それよりお前、顔火照ってない?夏輝こそ大丈夫かよ」

 熟れたトマトみたいにってほどじゃないけど、ほんのり赤い。やっぱり普段よりも大人びた顔つきだ。
 手を差し伸べ、そっと頬に触れる。やっぱり熱を帯びている。

「わからない……。なんだろ、体育館で戦った時から少しおかしいんだ。力が溢れてくるっていうか、溢れすぎて俺の中でぐるぐるしてて……。昂ってる、っていうのかな。すごく落ち着かなくて……発散したいけど、どうしていいかわからないんだ」
「あっ」

 そう言うだけ言って夏輝は俺から離れていく。
 そして少し離れたフローリングに座る。

「何で離れるんだよ」

 身体を起こし、ベッドから降りて夏輝の方へ寄ろうとすると手を突き出し制止される。

「……駄目、今は駄目。戦ってるときはそっちに意識がいってたけど、力が有り余ってる今ラテアに近づいたら酷いことしちゃうかもしれない。ここまで本当は、結構我慢してたんだから……っ!」

 ああ、そうか。ここで妙に納得する。夏輝の目は肉食獣のような目なんだ。ぎらぎらと欲で煮え滾る目は俺をじぃっと凝視している。
 今の夏輝は俺より優位に立ち、いつでも喉笛に牙を突き立てることが出来る。そう感じさせられた。

「あの蛇の言ってた『トキの血』に関係してるの、かな……」

 そう呟く夏輝の顔はどこか苦し気だった。夏輝からは感じるはずのないマナがぐるぐると渦巻いている。
 トキの血が何なのかはわからないけれど、夏輝は普通の地球人とは違うのかもしれない。

「思えば、出会った時もさ。瑞雪の張った結界で普通の人間は気絶するはずなのに夏輝はしなかったよな」

 まあ。

「だからってお前はお前に変わりないし、関係ないけどさ。……苦しいんだろ?」

 俺を突き放す手を逆に掴む。
 掴んだ手を俺の胸へと導く。ばくばくとさっきから恥ずかしいくらいに音を立てている心臓の上に。

「お、俺でいいなら好きにして、いいぞ。……受け止める、から」

 情けないことに語尾はどんどんか細くなっていった。
 だって、だって。

「酷いことしちゃうかも、乱暴なことしちゃうかもしれないんだよ。タガが外れちゃうかもしれない、怖がらせちゃうかもしれない。俺、ラテアの事大切にしたいよ……!」
「俺がいいって言ってんの!俺だって夏輝の役に立ちたいんだよ……!俺達、相棒だろ?猟犬と羊飼いで、コンビじゃねえか」

 じっと睨むように夏輝を見れば、彼はさらに顔を真っ赤にした。まるっきり茹でダコか苺だ。
 
「この場合の発散の意味って、分かってる……?」
「前にシた時みたいなことだろ。俺だってそれくらいわかる」
「もっとシちゃうかも」

 思い出すのも嫌な記憶だが、実験動物相手に『ソウイウコト』をされたこともある。どういうことをするかくらい、俺にだってわかる。
 そのうえで。

「夏輝なら……いいって言ってんの。これ以上言わせるのか?お前が苦しそうなのは、俺も辛いよ。この間お前は俺を助けてくれたし、俺相手は嫌じゃないんだろ?」

 俺は、夏輝にされるなら嫌じゃない。真っすぐ伝える。
 でも、夏輝は。

「……駄目!」

 頭をブンブンと横に振って、夏輝は俺を拒絶した。

「するなら、大切にしたい!したいから、今は駄目だ!ちょっと外散歩してくる、頭冷やしてくる……!」

 そういうと夏輝はアパートの窓を開き、そこから飛び出す。

「おい、夏輝っ!」

 ひゅう、と強い風が吹き込み、怯む。追いかけようと思ったが、既に夏輝は姿を晦ましていた。
 でも、ちょうどよかったのかもしれない。だって俺の顔は真っ赤になっていただろうから。

「……今は駄目、ってそれって」

 ちゃんと準備が出来てる時ならいいってことなのか?頬が熱い。全身がぽかぽか火照っている。
 結局出遅れて追いかけることも出来ず、俺はただぼうっと空に浮かぶ二つの月を暫く見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...