青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比6 ぽっかりと空いた穴

遅すぎた帰還

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(最悪の事態だな……)

 あれから瑞雪は車をすっ飛ばして急いで黒間市まで戻ってきた。
 秋雨への報告もそこそこに、瑞雪はカフェへと直行する。
 そこで夏輝と双子が待っていると、そう聞いたからだ。

「瑞雪、ラテアは大丈夫だろうか?」

「……可能な限り迅速に救出するしかない」

 ラテアが無事な確信はない。
 トツカの問いに瑞雪はそう答える。
 こういう時、大丈夫だ、だとか希望的観測を述べることは瑞雪の性格上出来なかった。
 駐車場に車を停め、降り、カフェの入口へと向かう。
 時刻はちょうど正午を過ぎた頃。
 普段ならこの時刻は大いに賑わっているはずだが、人っ子一人いない。
 それもそのはずだ。カフェの入り口ドアには閉店中の立て看板があったからだ。
 看板を無視して扉に手をかける。鍵はかかっていない。

「瑞雪さん、トツカ……っ!」

 中へ入るなり夏輝が駆け寄ってくる。
 その顔には焦燥が浮かんでいた。
 
「落ち着け……難しいとは思うが」

 こういう時、どういう言葉をかければいいのか瑞雪にはわからなかった。
 欲しいときに欲しい言葉をかけるということのハードルがとても高い。
 瑞雪自身に経験がないからだろうか。
 夏輝を席に着くように促し、店内へと改めて目を向ける。
 中には皆に軽食や飲み物を出す八潮の他、双子、そしてアレウとロセがいた。
 アレウとロセ、双子はそれぞれがペアになって別々のテーブルに。夏輝はカウンター席に座っていた。
 各々てんでばらばらだ。
 そりゃそうだ、少なくとも吸血鬼たちと双子に面識はないはず。
 流石に瑞雪とて今の緊急事態で淫魔だなんだと突っかかる気は双方なく、スルーしてカウンター席に寄る。
 アレウが軽く手を上げたのを一瞥くらいはしておく。

「で、詳しく何があったか教えてくれ。さっき戻ってきたばかりなんだ」

 瑞雪が経緯の説明を促すと、夏輝が沈んだ顔をして頷き、つらつらと語り始める。
 続いてアレウ、月夜の報告。
 三者の説明で全体像がある程度見えてきた。

(夏輝が襲撃され、吸血鬼と淫魔と一緒に助けに向かったはいいが傭兵どもに引きはがされたと。双子も足止めを食らった。この時点で傭兵たちの質もある程度高いとわかる。全く……誰も責められんな……そもそも責めたところで無意味だ。それよりこれからどうするか考えねえと)

 瑞雪はこっそりと小さく息をつく。
 一応報告である程度聞いてはいたが、トツカと共にこの数日間T都へと赴いている間に随分と事態が急変したものだ。
 
「ラテアを、助けに行かないと……」

 夏輝はぶつぶつと、カウンター席に座りこぶしを握り締め俯いていた。
 
「でも、病院……なんですよね」

 

 ラテアの事を心の底から心配する一方、こちらが病院まで取り戻しに行くのは相手だってわかっているはずだ。
 もとより病院には勅使河原を仕留めにもうすぐにでもかち込む予定ではあったが、相手が迎え撃つ万全の状態でいるだろうことは想像するに易い。
 つまり、当初の予定よりも被害が大きくなる可能性が高い。
 こちらもラテアを取り戻さなければならない以上、病院にいる一般人たちの命を鑑みている暇はない。

(秋雨さんが多大な一般人の被害を出してでもラテア救出に踏み切るのは予想外だったが……いや、そうでもないか)

 以前の瑞雪なら意外に思っていたかもしれない。
 だが、グレゴリーからラテアの事について聞かされた今は違う。 

(秋雨さんもラテアの事を把握している……?わからん。グレゴリーが秋雨さんにだけ話すとは考えづらいが)

 何にせよ、ラテアを助けに行くのは瑞雪は賛成だった。
 ラテアの人となりを知ってしまった以上、たとえ病院の人間を犠牲にしても知らない人間よりかは仲間を優先したい。
 それが瑞雪の率直な感想だった。
 普通の一般人としての視点からはずれているのだろう。
 瑞雪も羊飼いとして活動してそれなりに長い。魔物だけでなくエデン人や同じ羊飼いを殺めたこともあるし、一般人の犠牲を見過ごしたことだってある。
 けれど、夏輝は違う。

(まだ……ひと月だからな。そもそも慣れるもんでもないが)

 夏輝は何か言葉を口にしようとしては、うまく言えず、口の中に溶けていっているらしい。
 八潮はそんな夏輝の様子を父親のように温かな眼差しで見つめていた。

「別に、ここで待っててもいいんだけど?あの狐を取り戻すのに躊躇するようなら邪魔だし。お前ひとりいなくたって何とでもなるよ」

 朝陽が冷たく突き放す。 
 彼なりに心配しているのか、単に邪魔だと言い放っているのか。
 どちらともとれた。

「それは……しません。俺のせいでラテアが捕まったから……!俺が襲撃されていなければ、もっと気を付けていれば、あんなことには」

「それは傲慢ってもんだぜラテア君。たとえアパートに引きこもっていたとしても襲われていたって。捕まったことを悔いるよりかはどうやって助けるかだろ」

 アレウが夏輝を宥める。
 自分を責めたくなるのは理解できる。しかし、自分を責めたところでラテアは戻ってこない。
 それを言うなら敵がどれだけいるかもわからない中一人で先に進んだラテアにも非がある。
 しかし、それ以上に瑞雪にとって頭が痛いのは。

「まさか竜が今になって仇討ちに来るとは」

 傭兵相手ならまだよかった。しかし、竜はまずい。
 どう考えたって瑞雪達よりも格上だ。あの魔法を一切使用してこなかった壊れた狂竜相手ですら死にかけたというのに。

(あの時よりも戦力があるとはいえ、真正面から打ち合うのはどう考えてもまずいだろう)

 おまけに傭兵たちが六人、そこに加えてレイとシイナもいるのだ。
 
(秋雨さんに頼んで遠呂に応援を頼むか?)

 足を組み、黙り込んで考える。
 八潮が瑞雪とトツカの前にそっと温かいコーヒーとサンドイッチを置く。有難く受け取っておく。
 本部からカフェまで高速道路をすっ飛ばして戻ってきたため、そういえば朝から何も食べていない。
 
「食べていいのか?」

「貰っておけ」

 瑞雪の許可を貰い、トツカがサンドイッチに手を伸ばす。
 
「瑞雪は?」

「ひと段落着いたら食う」
 
 せめて、これからどうするかを決めてから。
 そうでもしなければ夏輝はきっと生きた心地がしないだろう。
 何故子供がこんな顔をしなければならない?
 周りの大人が無力だから?否定は出来ない。ままならない。

「お前たちはどうするつもりだ?夏輝達の面倒を見てもらっていた事には礼を言うが、これ以上こちらに付き合う義理はないだろう」

 正直なところ、本音を言えば。
 きっと朝陽は認めないだろうが、吸血鬼という戦力は喉から手が出るほど欲しい。
 アレウとロセを見れば、彼らは互いに顔を見合わせていた。
 その場にいた全員が吸血鬼の動向を注視している。双子も、夏輝も。そしてトツカもだ。
 ……まあ、トツカに関しては理解してみているとは言い難いけれども。

「そうだなあ、ラテア君が浚われたのは俺達の落ち度でもある。少年を取り戻すまでは戦力を提供してやるのもやぶさかではない。ただ」

「ただ?」

 瑞雪が聞き返すと、アレウはちらりと隣の席に座り紅茶を飲んでいるロセを見やる。
 
「俺は、だ。ロセ、お前はどうする?」

 どうやらお優しい吸血鬼様はロセの意思を尊重するらしい。
 なんて嫌味が喉から出かかるが寸前で堪え、コーヒーの苦みと共に飲み込む。
 その様子をトツカが不思議そうな顔をしてみていたが無視。

「あは、そんなに注目しないでよ。照れちゃうよ?」

 吸血鬼から淫魔へと全員の視線が動き、ロセは薄ら笑いを浮かべながら手に持っていたティーカップをテーブルの上に置く。
 しぃんと静まり返ったカフェ内にちく、たく、ちく、というアンティークの壁時計の秒針の音だけが響く。
 しばしの沈黙。何故だか妙に重い気がした。

「そうだね……確かに私は戦力としてはカウントし辛いだろうけど、責任くらいは果たさなきゃね。というわけで、アレウと一緒に行くよ」
 
 
 
 



 


 
 
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