甘夏と青年

宮下

文字の大きさ
上 下
25 / 37

24 すれ違い

しおりを挟む


「あいつは内緒にしてほしいんだろうが、あの格好つけてる感じがむかつくからな。俺は言っておく。まあ、そういうことで。またな、樋口」

 二人して 病院の出入り口へと辿り着く。
 そのまま互いに挨拶を交わし、望月はいよいよ仕事へと戻っていった。

 律の中に、仕事の日々の感覚がうっすらと戻ってきたように感じる。闘志が湧き、やってやろうと心が躍る。
 みんなにチャンスを貰えた今日という日が、この瞬間が、自分にとっての再スタートとなったのだ。


 ――ああ、マキに会いたい。この気持ちをマキに伝えたい。

 律は病室に戻ることなく、そのまま二人の場所へと向かう。もうすぐマキが見舞いに病院を訪れる時間帯だ。
 中庭に到着すると、そこにマキの姿は未だなかった。
 律は先にベンチに座り、彼を待つことにする。
 仕事の話を熱く語ってしまったならば、また色恋話じゃないと笑われてしまうだろうか。
 スマートフォンを弄りながらそんなやり取りを想像していると、同じベンチに座ろうとする男性がすぐ側まで来ていた。
 男性に気付いた律は、慌ててベンチの端へと移動する。

「すみません。どうぞ」

 下を向いてスマートフォンを弄っていたため、男性に気付くのが遅くなってしまった。
 にやついた顔を見られていたらどうしよう、と気恥ずかしさが一気に募る。
 同時に時刻を確認すると、マキが来る時間はとっくに過ぎていた。

「うーん、今日はお見舞いに来ていないのかな」

 マキも毎日見舞いに来ているようではないため、今日のようにタイミングが合わず会えない日も当然ある。
 それでも外の空気を吸うだけで気分転換になるので、律の中では中庭に出ることが習慣となっていた。

「あっ、座っていいですよ。私、もう移動するので」

 もしかすると、律の隣に座ることが気まずいのかもしれない。
 男性がなかなかベンチに座ろうとしないため、律は腰を上げ、自分の病室へ戻ることにした。


しおりを挟む

処理中です...