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カップルによる納刀の儀

幸せな朝

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俺の記憶がはっきりと残っているのは、そこまで。

それから後のことは正直ほとんど覚えてない。

気付けば窓際の障子越しに朝の光が燦々と差し込み、濃厚な夜を共にしたはずの男の姿が忽然と消えていた。


(……夢……?)


何事も無かったかのように綺麗に後処理された寝床と俺の身体。

そこからは情事の名残など微塵も感じとれず、昨夜はあまりに色々なことが立て続けに起こり過ぎたし、都合の良い(一部都合の悪い)夢を見ていたのかと一瞬不安になったけど、喉と全身の痛みでそんな不安はすぐに消し飛んだ。

ひりつく喉を潤したくて、ペットボトルを手に取るため身体を起こそうと試みるも、腕にも腹筋にも力が入らない。

途方に暮れてぼんやりと天井を眺めていると、部屋のドアが開く音と、誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。

……まぁ、誰かって言っても思い当たる人物は1人しかいないんだけど。


「あれ?起きました?」

「………ん゙」

「……うわ、すごい声。お水飲みます?」

「………ん゙」


すごい声って……。
こうしたのはどこの誰じゃ!!

そう言ってやりたかったけど今は声が出ないし、そもそも俺も望んだことだったから何も文句は言えず、とりあえず水を得るため頷けば、ゆっくりと抱き起こされてキャップを開けたペットボトルを手渡される。

気だるさの残る腕でそれを受け取り、零さないように気をつけながら少しずつ中身を流し込んでいくと、カサカサになった喉が潤ってようやく声が出せるようになった。


「……どこ、いってたの?」

「ん?ああ、幹事のとこ。部長が風邪ひいて、心配だから一緒に残るって言っといたよ」


(……あぁ、昨夜言ってたこと、マジだったんだ。)


まぁこの身体じゃどう頑張っても他の社員達と行動を共にすることはできなさそうだし、別にいいんだけど。


「食事も部屋出しにしてもらうように手配しといたから、今日はゆっくりしようね」


半分ほど中身が減ったペットボトルを俺から受け取り、キャップを締めて畳の上に置いた神崎の腕に支えられて再び布団に横になる。


「……おれ、ゆうべ、何回イッた……?」

「え…?んー、挿れる前に4回でしょ?挿れたあと3回…?いや、4回かな?最後の方ほとんどなんにも出なくなっちゃってたけどね。ふふ、可愛かったなぁ」


……マジか。
そんなにイかされたんだ、俺。

そりゃあ意識も無くなるよな…と愕然としていると、まだ寝てていいよ、と、枕元にあぐらをかいて座る神崎にサラサラと髪を撫でられて、あまりに穏やかすぎる時間に再び微睡みそうになったところで唐突に、もう一つ、昨夜の回数の他に気掛かりだったことを思い出した。


「……そういえば、さ…」

「んー?」

「…昨夜、本部長と合意の上だって言ったけど、あれ、本当は嘘だから……」


ずっと、気になってた。

本当はめちゃくちゃ嫌だったのに、拗ねて当て付けのようについてしまった嘘と、その内容が。

その後に起こったあれやこれやで、ちょっと忘れかけてたけど。

もしまだ誤解されているとしたら、早急にその誤解をといておきたい。


(……信じて、もらえるかな。)


少し不安に思いながら、消えそうな声で正直に話すと、返ってきたのは思いもよらない答えだった。


「ふふっ、俺がそんな嘘信じると思いました?大丈夫、ちゃんと気付いてましたよ」

「……え?でも、お前めちゃくちゃ冷めた顔してたじゃん。出過ぎた真似してすいませんでしたとか言って…」


そう。
あの時のこいつの冷めた顔は、今でも脳裏に焼き付いてる。

もはや軽くトラウマレベルだ。

それなのに気付いてたって…どういうこと?


「あんなの芝居に決まってるでしょ。ああでも言わないと話が一向に終わらないと思ったんで。一刻も早くあの部屋からあんたのこと連れ出したかったし。それで、後でちゃんと話し合おうって思ってたんですよ?それなのに、部屋に行ったらあんたいなくて、しかも1人で森に行ったとか言われて、マジで肝冷えましたわ」

「……ごめん」


物凄い早口で一息に語られた真相に呆気に取られ、ただ謝ることしかできない。

…いや、でもあれは勘違いしても仕方ないと思う。
そのぐらいの迫力があったのに、全部芝居だったなんて、どんだけ演技派だよ、こいつ。

その後も、もう十分驚かされておなかいっぱいの俺を他所に、神崎の口が閉ざされることはなく、次から次へと衝撃の事実が飛び出して止まらない。


「それに俺、あんたがあのオッサンの部屋に連れて行かれるの見た時から、やばいんじゃないかと思って後つけて、ずっと部屋の前で録音してたんですよ」

「………」

「すいません。本当はすぐに助けに入りたかったんですけど、決定的な証拠掴んでおかないと、またやられるんじゃないかと思って」

「………」


部屋の外から録音なんてできるの?どんな機器使ったの?

とか、

そんなに俺達の声でかかった?

とか、

だとしたら昨夜ヤッてる時の声も、もし誰かが部屋の前通りかかったら聞こえてたんじゃ…。

とか。

言いたいことは山ほどあるのに、口をついて出てきたのはたった一言だけ。


「…お前、色々すごいな」


もう、それしか言えなかった。


「あんたを守る為だったら俺はなんでもしますよ?あ、ちなみにあの後、ちゃんとオッサンにも釘刺しといたんで、今後一切手出されることないと思いますよ」

「……釘?」

「あのオッサンが抱えてる一番でっかい案件の取引先がうちの実家なんで。誰がそんな大嘘信じるかとか鼻で笑いやがったから証拠突き付けたら、真っ青な顔して土下座してきましたよ。いやぁ、あの情けない姿、ここ最近で一番笑えましたね」


…こいつだけは絶対に敵に回してはいけないと、本能が叫ぶ。

もしかしたら俺は、とんでもない男を好きになってしまったのかもしれない。

ううん、確実にそう。

……それでも。


「……沢山傷付けて、ごめんね?」


もぞもぞと隣に潜り込んできて、腕枕をして抱き寄せてくるこいつの腕の中の温かさと、昨夜沢山囁かれた好きって言葉は芝居じゃないはずだから。


「……筋肉触らして。………あと、また名前呼んで。そしたら許す」

「…好きなだけ触っていいよ。だって俺はもう、彩人のものでしょ?」


とある掲示板がきっかけではじまった、俺たちの関係。

遠い存在だと思っていた憧れのムキムキくんは、実は会社の部下だったし、優しいけど腹黒で、エッチがねちっこくて。

だけど常識外れの行動力で守ってくれて、焦れったいぐらい大事にしてくれて、全力で愛してくれる、そんな恋人ができて、大好きな筋肉を心置き無く触れて、俺は今、最高に幸せです!

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