何でも屋さん

みのる

文字の大きさ
上 下
42 / 68

第29話 秋の味覚(1)

しおりを挟む
世間では主婦達が夕飯の支度をする為に買い物に出かける時間帯に、中村と伊集院は何でも屋へと足を運んでいた。

中村は幸せそうにニヤけた顔で、

『なあ、おっさん!栗出してくれよ、今日は伊集院がお手製の栗ご飯を作ってくれるんだ~♡
今からもう楽しみで楽しみで♡』

と中村が店主に要件を伝えてる横では、伊集院が猫を撫でている。

『たまはいつ見ても可愛いね、あ~!私も猫飼いたいなぁ~♪』

にゃ~ん?
たまが首を傾げて返事する。

店主が瓶を取り出した

『はいよ、甘露煮の栗。』

中村がため息を吐き呆れ顔で言った。

『うん、甘そうで実に美味そうな栗だ…って違うよ!おっさん、甘露煮じゃなくて殻付きのを出してくれよ!!』

『先にそれを言って欲しいね、まったくしょうが無いな…ほらよ、殻付きの栗だ』

と店主が言いながら甘露煮を引っ込め、代わりに甘栗天津を取り出した。

中村はどこか懐かしさを感じながら、

『そうそう、この甘栗天津がまた何とも言えないくらい美味いんだよな、いや~懐かしい・・・ってだからちげーよ、生栗を出してくれっつってんだよ、つうか先に言えって何だよ!?俺は来た時に伊集院が栗ご飯を作ってくれるんだって言ったよな!?なぁおっさん!確かに言ったよな!?
それに去年は出来たての栗を食いたいって言ったら初っ端からイガ付きの栗を出したよな?その栗はどうしたんだよ、何で今回はその栗を出さないんだよ!?』

このやり取りを見ていた伊集院がクスクス笑っている。
 中村はプリプリ怒りながらまだ続ける。

『今日はおっさんと漫才してる暇なんか無いんだよ、俺は一刻も早く帰って栗ご飯を食いたんだ!!ほんとにまったくもう!』

店主は甘栗天津を引っ込め、

『ほらよ!栗だ、これで良いんだろ?』

やれやれと言った感じてザルに盛ったイガ付きの栗を取り出した。

中村が満足そうに頷きながら言い放つ。

『そうそう!それそれ、相変わらず大きくて立派なイガ付きの栗だな!』

横から覗き込んで来た伊集院が漏らす。

『まぁ、とてもいい栗ね・・・、けどイガを取り除く自信が無いかな・・・』

その言葉を聞いた中村は直ぐ様店主に注文する。

『と言う訳だからおっさん、イガなしの栗を出してくれよ』

店主は“そうか ”と呟き、笊に持った栗を引っ込め…代わりにイガ無しの栗を取り出した。

『ほらよ、イガ無しの栗だ』

店主が取り出したイガ無しの栗を一目見た中村がまた吼えた。

『だぁー、だからそれは違うっつってんだろ!それは!!甘栗天津だろうが、俺はイガ無しの生栗を出せっつってんだよ!!』

その横ではツボに入ったのか伊集院が横腹を押さえて涙目でヒーヒー言ってる。

『も、もう止めてくださいフフフ、お願い許してウフフフお、お腹がフフフ痛くて苦しいのフフフ…』

中村がそれを見てまた怒り出す。

『いい加減にしてくれ!おっさんの所為で伊集院が苦しんでるじゃないか!!』

『いや~ごめんごめん、この青年をからかってると面白くてな』

店主が申し訳なさそうに甘栗天津を引っ込めて、笊に盛られたイガ無しの生栗を取り出した。

何とか落ち着いた伊集院が横から口を挟んできた。

『まぁとても大きくて立派な栗ですね!』

中村は気に入ったらしく、買う気になっていた。

『でかくて良い栗だな、おっさん…その栗の値段は幾らだ?』

店主は、

『980円でどうだ?』

中村は直ぐに飛び付いた!

『買った!!この大きさと量でその値段は間違いなくお買い得だ、味もきっと美味いだろうから想像しただけで涎が出てきたぜ♪』

と服の袖で口の回りを拭う。

一方伊集院は少し寛いで行きたいらしく中村に提案する。

『少しお茶をしていきませんか?』

直ぐにでも帰りたい中村は

『え~、もう帰らないか?俺は早く栗ご飯を食べたいんだけど・・・』

伊集院はそんな事お構い無しにCafeスペースへと歩き出し中村に話す。

『慌てなくても栗ご飯は逃げませんよ♪』

特に反論もせず伊集院の後を渋々ついて行く中村、早くも尻に敷かれ出してる様にも見える。

席に着くと中村は早々に、

『俺は珈琲だけで良い』

と決めるが伊集院はゆっくりと寛ぐつもりらしく、

『私は紅茶とモンブランにしようかな?』

中村は何か言いたいらしい表情をするが、栗ご飯を作るのは伊集院なので機嫌を損ね作ってもらえなくなると困るので渋々注文する。その声にはいつものような覇気は感じられなかった。

『おっさん、珈琲と紅茶とモンブランを1つずつ頼む』

『はいよ!』

と店主はいつものように返事を返し、店の奥に向かって声をかける。

『おーい、注文の品を運んでくれ!』

し~~ん

『あれ?そう言えば出かけてるんだったよ、しょうが無いな・・・』

とブツブツ言いながらトレーに注文の品を乗せ、Cafeスペースへと運んでいく店主。

店主が2人の前に珈琲と紅茶と大きな栗の乗ったモンブランを置きながら話しかける。

『やあお待たせ』

中村がある事に気付いて尋ねる。

『あれ?今日は奥さん留守なの?』

店主はその問に答える。

『あぁ、今日は珍しく出かけててね。その事をすっかり忘れててね奥に向かって呼んでしまったのさ』

と照れくさそうに頭を掻きながらいつもの場所へと戻って行った。

2人が飲み始めると、伊集院が微笑みながら話し出す。

『ここの紅茶はいつ飲んでも美味しわね、モンブランも美味しいし幸せ♡この上に添えられてる栗がとても美味しいんだけど、さっき購入した栗も同じくらい美味しいのかしら?』

『ああそうだな、想像どうりの味だと思うよ』

と中村は口では言ってるが、頭の中は栗ご飯の事ばかり考えていた。伊集院が食べ終わったのを確認すると、直ぐ様帰ろうと言い出す。

『さて、そろそろ帰ろうか』

伊集院も満足そうに、

『そうね、そろそろ帰って栗ご飯を作らないとね』

と返事し、2人はカウンターの方へ行き中村が勘定を確認する。

『おっさん、幾らだ?』

店主は勘定を始める。

『紅茶が400円、モンブランが380円、珈琲はちょっとこだわってて多少高くなるが良いかい?』

と問いかけられゴクリと唾を飲み込む中村。

『これでどうだ?』

と指を5本立てる店主。それを見た中村が

『も、もしかして5000円か?』

と聞く。例え5000円だと言われても味に深みがあり、とても美味いから納得の出来る値段だ。些か懐具合が怪しいかなと中村が考えてると店主が、

『いや、500円だ』

とドヤ顔で言いきる。その値段を聞いてガクッとなる中村が、

『おっさん、驚かせるなよ!』

と苦情を言う。

すると店主は、

『でも紅茶に比べて高いだろ?』

と言いだす始末。

中村はやれやれと思いながら、

「確かに高くはなってるけど・・・おっさんに言うだけ無駄か」

と呟いた。

店主が計算を終え値段を言う。

『合わせて1280円だ』

すると中村がツッコむ。

『おっさん、栗代が入ってないぞ』

店主は苦笑いしながら言う。

『おっとそうだった、すっかり忘れてたよ。…2260円だ』

中村は呆れ顔で支払いを済ませ、

『……ったく、さてそろそろ帰りますか』

と言うと伊集院も賛同し、

『そうですね、店主さんありがとうございました』

と言い残して2人は帰って行った。

それから暫くして…奥さんがのほほんとしながら帰ってきた。

『ただいま、すっかり遅くなってしまったね』

店主は奥さんを出迎え、

『お帰り、おや?またショートカットにしたのかい?』

奥さんはやや照れ気味に、

『何言ってんだよ、この髪型が好きな癖にさぁ…嫌だねぇ♡』
と奥さん言い、ふふふと笑う。

店主も幸せそうに、

『はっはっはっ、確かに!』

と笑い、奥さんを抱き締める。

いつも平和な店内では、いつまでも2人の照れくさそうな笑い声が木霊していた。
しおりを挟む

処理中です...