オタが2.5役者になったら推しに急接近できちゃいました!けど俺ガチ恋勢じゃないんですけど?!

倉持まこ

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2話

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正一郎の灰色の受験生活に一筋の光が射したのは弟が見ていた特撮番組だった。
レジェンドヒーローシリーズは30年近く続いており、同じ部屋の年の離れた弟がTVに釘付けになっているのを勉強からの現実逃避に最初はぼんやりと眺めているだけ。
だが小さなモニターの中の彼は臆病で繊細で、けれど困っている人を放っておけない正義感と勇気に次第に惹かれて行った。
気づけば弟が寝静まった夜に勉強の合間録画を見るのが楽しみになり、一人こっそり楽しんでいたのだがある日SNSで主人公の役者の写真集のサイン会が東京で開催されるを知った。
最初はそこまで手を出す気は無かった正一郎だったが、当日夜行バスに揺られ会場の前に立っていた。
親に買ってもらったのかソフビやグッズを手にレジェンドヒーローに憧れる弟と同世代の少年たちや思い思い着飾った若い女性と。その列に並ぶのは気恥ずかしかったが、ここまで来たのだからと勇気を振り絞り、目的の人物憧れのヒーロー八夜真路は客層から浮いている正一郎に微笑み掛け、サインをくれた。
二三事会話をしたような記憶があるが、もはや正一郎は自分がなんと返したかという記憶はなくただその一瞬が幸福に満ちあふれていたという今年か覚えがない。
その写真集に同封されていた数枚のチラシには次の春真路の出演する舞台のフライヤーが入っており、それだけで正一郎は地元大学から東京の大学へ進路を変更するには十分だった。
最初こそ両親も反対していたが、今まではとりあえず受かるだろう、受からなければ浪人でも就職でもどうでも良い。という姿勢から一変し、一念発起した彼に態度は次第に軟化し、志望した大学に受かるととても喜んでくれた。
学業の間のバイト代や仕送りは生活費と観劇やグッズ、イベントのチケット代に溶け、さて次の舞台のチケット代をどう捻出しようかと悩んでいるときに今の事務所からスカウトを受けたのだった。
「はぁ……大好きだよ真路くん……」
クッションに顔を埋め、吐いた吐息は熱い。
部屋を埋め尽くすのは八夜真路のアクスタ、ポスター、缶バッチ、マスコット等々。
男は八夜真路を推していた。

推し活という言葉が市民権を得て、日常の中で見かけるようになってからどれだけ経っただろう。
TVの特集、雑貨屋の一角、雑誌のワンコーナー。
推し活が健康に良いという説まで唱えられるが、正一郎にとってはまさにそれだ。
目的を見失い、モノクロだった正一郎の世界に射した光が真路だった。
「はぁ……カッコイイなぁ」
うっとりとTVを見つめる正一郎の瞳に移るのは[桜の侍]という舞台の映像だ。
真路の写真集に同封されていたフライヤーはこの作品のものだった。
週間少年誌に掲載されている幕末を舞台にした活劇物。チームメイトが回し読みしているのを借りて読んだことがあった正一郎がその舞台に足を運んだのは映画館で映画でも見るような軽い気持ちだった。
だが、幕が開いたそこに広がっていたのは正一郎が始めて目にする世界だった。
限りなく漫画のキャラクターに寄せられたビジュアル。再現度が限りなく高い名シーン。そして舞うような殺陣。
真路はヴィランとして主人公たちの越えるべき壁となるキャラクター季蓮を演じていた。
飄々と主人公たちを翻弄し、妖艶に舞い、彼らをあざ笑う。
レジェンドヒーローで真路が演じた主人公との違いに驚愕し、これが八夜真路という役者なのだと痛感させられた。
「”殺せるものなら殺して魅せてよお侍さん”」
不敵に笑い、けれど何処か寂しげに、舞台の上で彼は剣と踊る。
初めてこの舞台を訪れた正一郎は幕が閉じても暫く席から腰を上げる事ができなかった。
漠然と凄い物を観た。と感想一つ噛み砕けずに何とか重い腰を上げ、喉の渇きを覚えながら自販機で水を買う前にグッズとリピーターチケットを買っていた。
今思えば沼に落ちるとはこの事だったのだろう。
学業とバイトの間。金と時間の許す限り通えるだけこの舞台に通い、三部作が上演される間出来るだけ食い詰め、留年寸前まで単位を落としかけたのも懐かしい思い出だ。
次のディスクを挿入し、正一郎の指先が再生ボタンを押すのと「おい」と声が掛かるのは同じだった。
「ま、間宮さんいつの間に……?!」
「何度もチャイム鳴らしたんだけどな」
正一郎はあわてて再生を止めた。
はぁ、と溜息混じりにドカリと重たげな鞄を卸した彼女は間宮かずね。桜の侍三部千秋楽観終えた正一郎をスカウトし、現在もマネジメントを勤めている。
「ハチマロお持ち帰りしたとか聞いたけど。……本当にこの部屋に入れたの?」
このハチマロヲタ丸出しの部屋に?と露骨に惹きながら彼に問う。
ちなみにハチマロというのは八夜真路のファン内での愛称だ。
いつの頃から呼ばれ始めたのかは解らないが、数年前のバースディイベントから蜂と平安貴族を掛け合わせた様なかわいいかと言われると微妙なマスコットを売り出しているので真路自身も認知しているようだ。
「お持ち帰りって人聞き悪いな!部屋には泊めたけど何もしてないし、グッズも片づけてましたよ!」
キスは、されたけれど。と続けず彼は口を噤んだ。
まぁ彼女に伝えたところでハチマロヲタの妄想と鼻で笑われそうだけれど。
麦茶を淹れ、彼女はそれに口づける。一気に飲み干すとカラン、と氷が音を立てた。
「ところで何のご用ですか……俺が真路さんお持ち帰りしたっての確かめに来ただけじゃないですよね?」
「あーファンレター届いたから届けに来たのと、新しい仕事の事について」
「え、ファンレター?」
まさかそんなもの来てるとは思ってもみない、いやちょっとは期待していたけれど本当に来るなんて。
「すっごいにやけ面」
「ッ……!だって、こんなの貰うの初めてだし……!」
パステルカラーやかわいいキャラクターが描かれたかわいい数枚の封筒を受け取るとグッと胸が熱くなる。
「俺SNSじゃ叩かれてたからてっきりこんなの来ないと思ってた」
「まぁゲネプロだいぶ大根だったし、ガッチガチだったからやっぱあの時スカウトしたの失敗だったかな~って後悔したけど千秋楽じゃそこそこまともになってたんじゃない?」
あの時、とは桜の侍の千秋楽の高揚感ともうこの素晴らしい世界が観られないという悲しみを胸に劇場から駅に向かっていた時間宮に声を掛けられたのだ。
「芸能に興味ありませんか?」と。
そう言って名刺を渡してくるのであまりにもテンプレートなスカウトに何かの詐欺なのではないかと思ったし、そのときバイト代と仕送りを切り詰め髪は伸ばしっぱなしを雑に結んでいただけだったし、服も高校生の頃買ったくたびれたパーカーにジーンズという適当な出で立ちで声を掛けるのにも躊躇しそうだと自分の事ながら思うレベルでダサかった。
それでもあの時の間宮はあまりにも真剣にこちらを見つめてくるし、たまたまその時バイトしていたコンビニもなにやら最近来た社員からの当たりが強く新しいバイトを探そうかと思っていたところだったので詐欺だったらどうにかして逃げ出そうとドキドキしながら次の休日に名刺に記された番号に電話を掛けたのだ。
正直なところ、モデル業で撮られた写真が載った雑誌を店頭で見かけるときまで詐欺を疑っていた。

「そう言えば、アニス役枢木光一に本決まりだってさ」
次のオーディションとレッスンの日程を伝えた後、間宮はスマホを眺めながらそう言った。
アニスはマギアシュバルツにおいてカインの兄弟子役だ。
物語上よくある最初は敵として登場し、カインたちの活躍によって仲間になる二幕では重要なキャラクターとして登場する。
千秋楽ではキャラクター名こそクレジットされたものの役者の名前は???と隠されており、SNS内では早速ファンたちの推理合戦が始まっている。
「え、枢木光……?!」
「まさかそこ来るとは予想外だったわ」
アニスはアプリ内の人気投票でも上位の人気のキャラクターだが枢木光が宛てがわれるとは推理合戦でもピタリと当てられるファンは易々と現れないだろう。
八夜真路の次の年のレジェンドヒーローを演じた彼はその王子様然としたキャラクターが主婦層に大受けし、朝ドラ月9に連ドラ。大河への出演まで先日こなした。
だが彼の活躍はTVが主であり、2.5作品への出演は無かったはずだ。
「もともと決まってた役者が3股騒動起こしてほぼ引退状態になったから誰連れてくるんだろうとは思ってたけど」
ハチマロちょっと複雑かもねぇ……と間宮は溜息混じりに呟いた。

数日後、とあるレッスンスタジオのロビーに正一郎は居た。
「めっちゃイヤだ……!」
飲み終わった缶コーヒーの缶を握りしめながら呟いたのは真路だ。
偶然歌唱レッスンの終わりの時間が重なった二人は他愛の無い話をしていたのだが、話題がアニスのキャストの話に移った途端、真路は苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「え、けど同じレジェンドヒーロー出てたんだし……」
「出てたから嫌なんだよ……!」
そう言って頭を抱えた真路に何か地雷を踏んだのだろうかと正一郎は慌てるが、真路は小さく「比べられるだろ」と呟いた。
「え?くらべ……?」
「だってあいつ後輩のくせにめちゃくちゃ売れてTV出まくってるし!そんなのにレジェンドヒーロー出身って俺のお株が奪われるの正直キツいんだよ!」
ワナワナと体を振るわせてゴミ箱に缶をぶち込む。
そして分かりやすく肩を落とし落胆し、長くため息をこぼした。
「あーなんでアイツ共演した地下アイドル4組のうち3人に手出してんの?バカなの?しかも速攻バレてるとか残った1人の気持ち考えたことあんの?可哀想だろうが!いや芝居はそこそこだけど女ったらしで性格クソオブクソなの知ってたけどそんな事しなきゃ俺の心はもうちょい平穏で居られたんだよ~」
アニス役に決まっていたという役者に呪詛のような悪態を吐きながら真路は頭を抱える。
「ま、まぁ落ち着いて真路くん……」
「……気をつけろよ正一郎」
「え?」
「悔しいが枢木光は役者としては俺レベルだ。おまえ如きペロリと食われるぞ」
「まさ、みちくん?」
「初日までせいぜい足掻けよ」
そう言って真路は正一郎の髪をクシャリと混ぜ、ロビーを出ていく。
「……あがけ、か」
呟いた言葉はどこかの部屋の歌声にかき消され、溶けていった。
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