オタが2.5役者になったら推しに急接近できちゃいました!けど俺ガチ恋勢じゃないんですけど?!

倉持まこ

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3話

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とはいえポッと出の新人役者。一作人気作品に出たとはいえ易々と新しい舞台や番組オーディションに引っかかる訳もなく、今日のオーディションもどうも空振りな気配を感じながらトボトボと帰路に就いていた。
表から観ていたときはただただ華やかな世界だったというのに。
「はぁ……」
「ため息をつくと幸せが逃げちゃうよ」
突然隣から声が掛かり、正一郎は驚いた。
自分よりすこし身長が低く、帽子とマスクの間から覗く白い肌に、長いまつげに縁取られた目は大きい。
「えっと、もしかして一条みちる、くん?」
「はい。一条です」
どこかほわんとした印象を与えるこの男は数々の舞台で主役級を演じ、2.5と言えばこの男と言われている。
桜の侍の主人公を演じたのも彼だ。
「え?何で?いつから???」
「こーたと同じ舞台に出てた子だからこーたの所行くかなって」
「こーた?……三木幸太くん?ですか?」
一見高校生くらいに見えるが確か3~4歳は年上だったはずだ。慌てて正一郎は敬語を付け加える。
「三木くんと逢う予定は……「みちる!」
残念ながら無いですね、と続けようとした時、道路の反対側から声が掛かった。
「こーただ」
「ベンチで待ってろって……ってお前鹿島か」
「お久しぶりです!」
三木は一条の首根っこをまるで猫かの様に掴む。
三木幸太はマギアシュバルツ1章の座長としてジギルを演じていた。
「お前もオーディション?」
「あ、はい。って三木くんたちもですか?!そこまで行ったらご指名とかになるんじゃ……」
「ンな事ねぇよ。そりゃたまには声掛けて頂ける様になってきたけどジギルもオーディションだったしな」
三木も一条と同じくらいには人気がある。そのイタリアのクオーターだという目鼻立ちがしっかりした顔立ちは先月も舞台雑誌の表紙を飾っていたし、長い手足は衣装映えもする。
「みちるが世話になったな。こいつ目放すとすぐどっか行きやがる」
「いやよく解んないんですけど俺について着ちゃっただけなので特に何も」
立ち話もなんだと喫茶店に連れてこられ、三人は席に着き、正一郎はブレンドにミルクを入れ、グルリとかき混ぜる。
「みちる。マネさんから新しい台本預かってきた」
「んー」
三木が鞄から取り出した台本を受け取った一条はパラパラとそれを開き、目を通し始めた。
同じ事務所で仲が良いとは知っていたが、まるで親子のようにさえ映る。
「最近どうだ?」
「あー……オーディション落ちまくってました」
「そっか」
「けど近所のカフェでバイト始めたんですよ。オーナーが元々芸能の人で俺のことも応援してくれてて」
三木に近状を報告していても一条はずっと台本から顔を上げる事はなく、唯一顔をあげたの漢字が読めなかったのか「こーた、これ」と台本を指さし、三木がそれに答えただけ。
まるで一条は正一郎がここに居ないかのように振る舞っている。
「変な奴だろ」
「え……?」
「コイツ、お前を無視してる訳じゃないんだよ。ただ芝居に対する執着が異常なだけ」
そう言って三木は一条の台本を取り上げると適当なページを開く。
「”昨日西高に偵察行ってきたんだろ?どうだあのチームは"」
「”3年は前と変わらずさ。けれど新入部員だろう2年の。そう江口と言ったかな。それと新入生に面白そうなのが居たよ"」
さっき読み始めたはずの台本を空んじる一条に正一郎が目を丸くしていると三木はまたページをペラペラと適当にめくる。
「”もう限界だろう、さがれ富岡”」
「”嫌だ、まだ……まだ俺はやれます!宿敵なんだ、子供の頃からアイツを倒す事だけを夢見てた……!”」
苦しげに、そう台詞を紡いだ一条はパッと顔を上げる。
「ここ、もっと自暴自棄に言った方が良いかな?」
「そうだな。原作だとそんな感じになってたし……」
一条は三木の手元から台本を奪い取るとまたブツブツと芝居の世界にのめり込んでいく。
「……凄い」
「芝居馬鹿なんだよコイツは」
だからそれ以外はからっきし、と呆れた様に笑い三木はブラックコーヒーを口にする。
ちなみに一条のコーヒーは一口も飲まれることなく刻々と冷めて行っている。
「俺なんてオーディション用の台本覚えるのも苦労してるのに」
「最初は誰だってそんなもんだって……そういえばアニス役発表されてたな」
「ああ、凄いですよね」
SNSのトレンドが枢木光一色になったのは三日ほど前の事。
枢木ファンたちのまさか舞台に出るとは思っていなかったとか生で枢木くんを見られるという歓喜の声。そしてマギアシュバルツファンたちから更に倍率が上がると嘆く声。
そんな阿鼻叫喚が溢れかえり、正一郎のSNSのTLも凄い速度で流れて行った。
「あ、あの……みっちーくんとみっきーくん……一条みちるくんと三木幸太くんですか?」
声を掛けてきたのはいわゆる地雷ファンションに身を包んだ3人組の女の子たちだった。
彼女たちうち二人は声を掛けて来た一人に隠れる様おどおどと身を寄せ合い、三木が「はい、そうですよ」と答えるとキャー!と歓喜の声を上げた。
甲高い声はジャズのかかる純喫茶内に不協和音として響き、正一郎が驚いていると一条が人差し指を唇の前に置き「シッ」と言うと三人は慌てて口を閉じた。
「わ……ごめんなさい、私たち一条君と三木君のファンで……」
「うん。応援してくれてるんだね。ありがとう嬉しいよ」
にっこりと微笑みを返す一条に三人は顔を真っ赤に染め上げ、また声を上げそうになったが寸での所で何とか押しとどめる。
「あ……えっと……大好きですッ!頑張ってください!」
そう言って彼女たちは転げるように少し離れた自分たちの席に帰り、また小さく「キャー!」と歓喜の声を上げる。
カウンターに居たマスターの何か言いたげな痛々しい視線に二人は軽く会釈すると彼は小さくため息を零し、洗い物を再開した。
「凄いですね……」
正一郎はポツリとそう呟く。
「どっちが」
「え、あ……どっちも」
彼女たちも凄いが、本音は一条だ。正一郎は真路関連しかこの世界にほとんど触れて来なかった。
だが桜の侍で主人公を演じた“一条みちる”は真路を推しているうえで度々見る機会が有ったが路上で話しかけられ席を共にした?一条みちる”はその一条みちるとは別人だった。
知っているのは物腰穏やかで、けれどどこか凛とした印象を抱かせる。あのファンたちと触れ合った一瞬の?一条みちる”。
「日常全て演じて居たいんだとさ」
「え……?」
「それよりあの子たちから鹿島の名前上がんなかったな」
「当たり前でしょ……俺なんかまだまだですもん」
自嘲気味に笑い、すっかり冷めたコーヒーを喉に流し込む。それはミルクを入れた筈なのになんだかいつもより苦く感じた。
「……しかし枢木光か。一回共演したこと有るけどアイツなぁ……」
三木はどうやら何か言いたげに渋い顔をする。もしかして彼もまた表と裏の顔が有るのだろうか。まさか実は物凄く性格が悪いとか。
そんな不安が正一郎の顔に出ていたのか、三木は「まぁ悪い奴じゃないとは思う」と言葉を濁した。
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