オタが2.5役者になったら推しに急接近できちゃいました!けど俺ガチ恋勢じゃないんですけど?!

倉持まこ

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4話

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パシャ、パシャとフラッシュが当たる感覚はまだどこかむず痒さを覚える。
「鹿島君もっとリラックスして~」
カメラマンからそう声が飛び、正一郎は顔を作るがまだまだ表情が硬い事は自負している。
久しぶりにマギアシュバルツのカインの装束に袖を通したが、数か月後にはこれを着てまた板の上に立つのだと思うと楽しみでもあり、恐ろしさも感じた。
「ん~ちょっと鹿島君休憩しようか」
カメラマンさんはそう言いながらレンズを取り換えるので正一郎は慌てて頭を下げた。
「すいません!お手数おかけして!」
「いや、まだカメラ慣れしてないんだし仕方ないでしょ」
はっはっは、と笑いながら言ってくれるが居た堪れずにいるとスタッフが少しざわつくのを感じた。
アニスは長く腰まである濡れ烏の黒髪を揺らしながらスタジオに入って来た。モノクルが光に反射しキラリと瞬き、その奥の瞳は幾度とTVで見た枢木光のものだった。
「おねがいします」
その声にスタジオ内が少しピリ付くのを正一郎は感じた。
パシャ、パチャ、とフラッシュが焚かれ、カメラマンが2、3指示を出すと枢木はアニスの少し影のある表情そのままにアニスを思わせる姿勢を取る。
前日譚で兄弟弟子のニカとの決別の際に右足に受けた傷を少し庇う様なその仕草はサブシナリオまで読み込まないと出来ないだろう。
「OKです!」
「ありがとうございます。スイマセンこういうの慣れてないので……」
「いや初回でこれだったら満点ですよ」
初老のカメラマンはまたはっはっはと笑い、見惚れていた正一郎は枢木が先ほどとは違い優しげな表情でこちらに向かってくることに気付くと慌てて立ち上がった。
「あっ……え……っと」
「カイン役の鹿島正一郎君、ですよね。初めましてアニス役の枢木光です。よろしくお願いします」
そう手を差し伸べてくるので慌てて手の汗を服でふき取り枢木の手を取った。
「はい鹿島です!俺!7人の名探偵での枢木さんの役好きで!あとこの間の大河の若き浅井長政の役めっちゃ恰好良かったです!」
「そう?ありがとう」
ニコニコと枢木は笑うがこれではこの間のファンの子たちとそう変わらないじゃないか。
慌てて正一郎は手を引き、さっきまで座っていたパイプ椅子に腰かけたがまるで高層ビルの上に突き出たベニヤ板の上に置いたパイプ椅子に座っている様な居た堪れない気持ちになる。
それなのに枢木はその隣のパイプ椅子に腰かけ、スタッフから受け取ったペットボトルの蓋を開けるのでああ、まだ楽屋帰られないんですね~と正一郎はその大きな体を縮こませた。
遠く撮影中のジギルの衣装を身に纏った三木がこっちを見て嗤うのが見える。
「緊張しないで良いよ。同じ共演者なんだから」
「ッ!けど俺出演作これくらいの駆け出し、ですし……」
「そんな事言われたら僕なんて舞台初挑戦だし鹿島君の方が先輩だよ」
こういう服初めて着たから驚いた。と枢木が微笑む。
「マギアシュバルツ、見に行かせて貰った時もカイン凄く格好良かったよ。天真爛漫で、ちょっと生意気なのが凄く良かった」
「……見に来てくれてたんですか?」
「もちろん。一緒にお芝居したいなぁって思ってたよ」
ふわりと微笑む枢木はTVで見るより格好良くて思わず見惚れてしまった。が、枢木は突然ガタンとパイプ椅子を鳴らし立ち上がった。
「真路くん!」
「ぅえ?!」
スタジオに入って来たのはニカの衣装を身に着けた真路だった。
枢木は突然の事で動けずにいる真路の両の手を取り「枢木光です!僕の事覚えてますか?!」と問いかける。
「わ、忘れられるわけないだろ……」
「うわっ!嬉しいなぁ!ニカ凄く凄く素敵で共演できるの光栄です!舞台初挑戦の若輩者ですが御指導御鞭撻のほどよろしくお願いします!!!」
「え、あ……」
余りの勢いに呆気に取られ、真路も周りも動けずにいたが「枢木くん!もう衣装脱いで移動しないと間に合わないから!」とマネージャーが駆けて来て枢木の腕を引っ張る。
「もうちょっと!もうちょっとだけだから!」
「今日は八夜くんに挨拶するまでって約束だったでしょ!ほら早く!」
「まってー放して―!まさみちくーん!!!」
屈強なマネージャーに羽交い絞めにされ引きずられる様にスタジオを後にする人気俳優の姿に真路始め一同唖然としていたが、三木が「やっぱりアイツ真路のオタクだったか」と納得した声がスタジオ内に響いた。

「前共演した時真路の事根掘り葉掘り聞いてくるから妙だとは思ったんだよ」
そう言って三木はサイコロステーキを頬張り、向かいに座った正一郎はオムライスにスプーンを入れる。
あの後嫌っていた筈の売れっ子からチヤホヤされた真路は鼻高々と撮影に臨み、カメラマンからテンション上げすぎ!と呆れられる程だった。
おかげで正一郎はリラックス、というか頭の半分くらい先ほどの枢木の事で埋められそれほど力が入り過ぎずあっさりと撮影を終える事が出来た。
その後三木に誘われ、近所のファミリーレストランに入りテーブルを共にしている。
「俺との共演シーンなんてほぼ無いに等しいのにめちゃめちゃ話しかけて来て。けど真路くんは普段どんな感じですか、とかドラマとか出るつもりあるんでしょうか、とか」
そんなのアイツに聞けよって話ばっか、と三木は忌々し気にシーザーサラダにフォークを突き刺す。
「これの為に映画蹴ったらしいけどな」
「マジっすか?!」
「噂だよ噂。まぁあの真路に対する態度観てたらあながち嘘じゃないって気がする」
「はは……確かに」
あの枢木はあの時真路しか目に入って無かったし、真路が大好きだ!と言うのが誰の目から見ても明らかだった。
「ライバル登場、ってか」
「らい……?」
三木のその一言にキョトンとした顔をする正一郎に彼は苦笑いを浮かべる。
「だってお前、真路の事大好きだろ。初顔合わせの時もあそこまで露骨じゃないとはいえ真路しか視界に入ってません!って感じだったし」
「ッ……!俺そんな感じ、でした?」
マギアシュバルツの顔合わせの記憶も実はかなり曖昧だ。真路と逢えるという高揚感と、オタクである事を隠さなければという緊張感と。
地面に脚が付いていない様なフワフワとした感覚のまま気づけば帰路に付き、隣を歩いていた間宮に尻を思いっきり蹴っ飛ばされた事しか記憶に無い。
「稽古中も役柄的に関係が深いとはいえあそこまで真路くん真路くんってついて回って、刷り込みされたヒヨコかと思った」
客観視出来ていなかったとはいえ、自分が周りにそんな風に思われていたとは考えたことも無かった。
確かに真路くんと一緒に居るのが嬉しくて、夢みたいで、褒められれば浮足立ったし、怒られた時でさえ真路くんが俺を見ているのだと思うと反省より嬉しさが先走った。
「真路はアレで鈍いし、懐いてくれる後輩が出来て嬉しそうにはしてたけどな」
三木がライスを頬張ると傍らに置いたスマホがブン、と震えた。チラリとそれに目をやり、鞄の中からタブレットを取り出す。
「ドラマの台本届いたってよ」
そう言われ、正一郎は同じように鞄からタブレットを取り出し、届いたデータを開く。
先日一条と三木と会った際のオーディションは空振りに終わったかと思ったが正一郎は端役を掴んでいた。
「台詞少ね……」
オーディションを受けた役はTVで時折見かける役者に決まっていたが、2話で患者役として数カット出演が決まっている。
役が決まった時両親に電話で伝えると正一郎以上に喜んでくれ、家族から口々に祝いの言葉を貰ったのにたったこれだけか~と小さく溜息を零すと「ナマイキ」と三木が苦笑する。
「台詞有るだけマシだろ。ドラマ初出演が通行人だったとか死体だったとかよく聞く話だし」
「けど……三木君は結構いい役じゃないですか」
「だって俺人気あるもん」
院内政治を主題にした医療ドラマの主人公のライバルの右腕として悪辣な事も平気で行う医師役だ。
ちなみに一条は看護師としてキャスト欄に名前が記載されている。
「あーまたみちるに台本持ってってやんねぇと……」
「え、一条君にもデータ届いてるんじゃないですか?」
「いやアイツ紙じゃないと頭に入らねぇらしくって、俺が持ってってやんないとなんだよ」
次アイツのオフいつだ、と眼鏡を押し上げ三木はスケジュールアプリを立ち上げる。
けれどその面倒くさそうな口振りの割りに、不思議とどこか嬉しそうで正一郎は小さく首を傾げながら残ったチキンライスを頬張った。
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