学園ミステリ~桐木純架

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04学校行事と探偵部

激辛バレンタイン事件04

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 そして放課後。純架は日向との約束は後回しに、まず犯人捜しに全員を使役した。1年は2組。2年は1組、2組、3組。合計4組が今回の対象となる。1年1組は日向の、1年3組は俺たちのクラスだ。似顔絵のような人物がいないことは既に瞭然としていた。一方『探偵部』は6名。2名余る。

 俺は純架についていくことにした。

「今の怒り心頭に発してるお前さんじゃ暴走しかねないからな。お目付け役として監視させてもらうぞ」

……というのは建前たてまえで、本当はその方が面白そうだったからだ。

 純架は特に不満を漏らさなかった。こっちの意図など見抜いているぞ、とばかりに両目を光らせる。

「勝手にしたまえ。では飯田さんには、念のため3年の教室がある廊下に立って、通り過ぎる人たちの中に画像に似た者がいないか捜してもらおう。ひょっとしたら、という可能性もあるからね」

 校則を無視し、『探偵部』会員にLINEでメッセージを送る。

『早くしないと皆帰ったり部活に行ったりしてしまう。全員大至急与えられた持ち場に向かい、教室内の女子全員の顔を確かめるんだ。スピードが何より大事だ。じゃ、かかってくれ』

 俺たちは2年1組を担当した。まだホームルームの最中だったらしく、室内がわっとざわめいたタイミングで担任の湯川晴人ゆがわ・はると先生が出てくる。純架は素早く中に入り、戸口で大声を出した。

「皆さん、皆さん! 我々に少し協力をしていただけないでしょうか」

 ざわめきが落ち着き、痛みを感じるぐらい視線で串刺しにされる。そんな中、一人の先輩女子がこちらへ寄って来た。

「あら、桐木君じゃない。私の義理チョコ食べてくれた?」

「純架、この人は?」

 純架は顔をほころばせた。

「ああ、今日義理チョコをくれた大原つかさ先輩だよ。いえ、まだ食べてません。その節はありがとうございました」

「どういたしまして。それで、2年1組に何か御用?」

「ありがたい、ぜひお尋ねしたいことがあります。この人を捜してるんですが……」

 似顔絵を見せる。大原先輩はじっくりと観賞したが、やがて首をひねった。

「さあ、いないんじゃない、こんな人」

「これは変装している可能性があるんです。顎のラインとか、茶色を帯びた髪とか、全体的に見てこう……ピンとくる女性はいないですかね」

 大原先輩は熟考した。だがやはり頭を振る。

「うーん……やっぱり見覚えないわ」

 俺は室内を素早く見渡し、符合する女性を走査した。だがそのものズバリな人も、変装前らしき人も、どちらも見当たらない。そうこうしているうちに先輩たちはどんどん教室を出て行った。

「おい純架、どうやら空振りみたいだぞ」

「LINEで連絡が来てる」

 英二からだ。彼が担当したのは隣のクラスだ。

『2年2組を捜査中。どうやらいないようだ』

 純架の顔が険しく曇る。この英二のメッセージを皮切りに、成果なしの報告が続々届いてきた。2年3組を見に行った結城もヒットせず、3年を観察しに行った奈緒からも有力な手がかりはもたらされない。

 結局15分も経過した頃には、各教室とも生徒は激減し、もはや捜すどころではなくなった。

 俺はしょげ返る純架の肩を叩く。ここまで落ち込む彼を見るのは久しぶりだった。

「どうやら失敗に終わったようだな。まあこんな事件もあるさ」

 純架は無念でかすれた声を出す。50も老けたように感じられた。

「似顔絵そのものの人物も、それが変装だと仮定して他の部分が似ている人物も、どちらもいなかった。『探偵部』部員の肥えた目をかいくぐったとは思えないし、本当に煙のように蒸発してしまったようだね。これはもう、失敗と認めざるを得ないよ」

 力が抜けたように、2年1組の適当な椅子に座り込む。

「でもおかしいな。じゃあ後藤さん、玉里さん、花島さんの三人が今朝目撃した、激辛チョコを持ってきた3年の先輩ってのは――いったい何だったんだろう? 幻でも見てたというのか?」

 俺は苦笑した。

「さあな。元からいなかったのかもな、そんな女。なんてな」

 純架が突然背筋を伸ばした。その血相が変わっている。俺を見上げて叫んだ。

「お手柄だよ、楼路君!」



 純架は後藤さんたち三人の行方を追った。通りすがりのクラスメイトに問いただすと、彼女らは飲料の自販機前でだべっているとのことだった。純架はわざわざ遠回りし、死角となる場所から忍び足で現場に近づく。俺はただ寡黙かもくに彼の後に従った。

 下種な笑い声が聞こえてくる。後藤茉莉のものだった。

「あー、面白過ぎ。何が『探偵部』よ、馬鹿みたいに引っ掛かっちゃって」

 純架が無音でICレコーダーを取り出し、録音ボタンを押した。芽衣の声が癇に障る波長で流れる。

「あいつら今頃居もしない犯人を本気で捜してるんでしょ? しかも総出で。ウケる!」

 薫の台詞が続いた。

「たまにはいい薬よ、あいつら最近調子に乗ってるから。激辛チョコを食べたときや、私たちに必死に犯人像を聞いてくる桐木の顔といったら! ああ、笑い過ぎて腹が痛い。……でもまさか、あの子に持ちかけられるとは思いも寄らなかったけどね」

 純架は仏頂面ぶっちょうづらで唇を噛み締めている。俺は三人組が俺たちをはめたと知って、はらわたが煮えくり返っていた。

 と、そこで俺たちの気配に気付いた茉莉が、顔色を変えてこちらを覗いた。

「ちょ、ちょっとあんたらそこで何してるのよ!」

 純架はICレコーダーを握る手を怒りで震わせている。

「話は聞かせてもらったよ」

 青ざめた三人が続々こちらに正対する。純架は強い怒気をはらんだ声音で指摘した。

「激辛チョコを僕の机に忍ばせたのは、君たち三人だったんだね。僕がそれを食べて七転八倒して苦しむのを、クラスの皆で笑いものにするために。そして僕を引っ掛けるだけに飽き足らず、架空の第三者をでっち上げ、偽の噂を流布させたのも君たちだ。動機は『探偵部』の最近の活躍に対する嫉妬とむかつきだ。僕は、そして僕たちは、ころりと騙されたってわけだ」

 三人はしばらくぐうの音も出なかった。だがやがて、茉莉が虚勢を張って挑発的に微笑む。

「……そう。その通りよ。で、犯人を見つけて気は済んだ?」

 純架は怒鳴らないのが不思議なぐらいの憤りようだった。

「反省して謝罪したまえ。人をこんな酷い目に遭わせて、『探偵部』メンバーを愚弄して、最低限それぐらいはしてもらわないとね」

 茉莉たち三人は暫時ざんじ押し黙っていたが、やがて渋々頭を下げる。

「悪かったわよ。ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめん」

 純架は長く息を吐いた。俺も意外な決着に驚いていたが、これで事件は解決というわけだ。やれやれ、全く人騒がせな話である。

 茉莉がふて腐れている。

「じゃ、そろそろいい? 私、新聞部の部員で部室に行かなきゃいけないからさ。まあ今日はバレンタインデーということを部長が配慮して、遅刻してもいいことになってるんだけど……。何かだべってる気分じゃなくなったし。いいでしょ?」

 純架がぽつりと呟いた。

「へえ、君は新聞部だったのか……」

 その瞬間だった。純架の双眸に電撃が走り、何かを閃いたように立ち尽くす。俺は気になってささやいた。

「どうした、純架?」

 純架は無視し、険しい顔で茉莉に話しかける。

「後藤さん、ちょっと耳を貸してくれるかい?」

「何よ。変なことしたらただじゃおかないわよ」

 純架は戸惑う俺や芽衣、薫をよそに、茉莉とひそひそ話をした。十秒と経つ間もなく、茉莉が「知らない、知らないわよ、そんなこと!」と突如大声を上げた。

「行こう、二人とも」

 茉莉は仲間をうながして、足早に立ち去っていく。俺は状況や意味が分からず、ただ置いてけぼりを食った。2月半ば、まだまだ気温は低い。

「どういうこった? なあ純架、あの子と何を話したんだ?」

 純架はその眼光を飢えた狼のようにぎらつかせていた。しかし彼が答えた台詞の熱量は、それとはつり合わない。

「何でもないさ。でもあの態度、どうやら間違いないよ」

「何が?」

「いや、話すようなことでもない。じゃ、楼路君、他の『探偵部』部員に解散を告げてくれたまえ。僕は野暮用をこなしてくる」

「えっ、おい、純架……」

 彼はもう振り返りもせず、三人とは別方向へ立ち去っていった。



 俺は一人取り残され、とりあえず会長指示に従ってLINEにメッセージを打ち込んだ。

「何だかわけが分からんが、まあいいか。もう帰ろうかな……」

 そう独りごち、1階へ下りていく。その階段踊り場で、英二と結城に出くわした。

「よう楼路。解散とあったが、犯人は捕らえられたのか?」

「まあな。1年3組の女子三人組だった」

 その後、ここまでの流れを整理する。

「……というわけさ。でも純架の奴、その後野暮用をこなすとか言ってどっか行っちまった……」

 英二は不審そうに顎をつまんだ。発した声には遅れを取った屈辱も何割か含まれる。

「その様子じゃ純架の奴、何か真相を掴んだようだな」

 俺は理解できずに首をかしげた。

「は? 真相も何も、あの三人組が激辛チョコを純架の机に入れた。で、架空の犯人をでっち上げて嘘の似顔絵を描かせた。それ以上何があるってんだ? 事件はもう解決しただろう?」

 結城が思いついたように言葉を漏らす。

「野暮用って、辰野さんと一対一の場を設けることじゃないのですか?」

「ああ、そんなことも言ってたな……」

 英二は俄然やる気が出たようだ。頭頂部から湯気が出そうなほど気持ちを高ぶらせていた。

「ちょっと手分けして純架を捜そう。見つけたらLINEしろ。急げ!」
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