超人類無双~俺は進化し続ける

よなぷー

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「今カレーライスを温めますからね、お待ちなさい」

 はきはきと言ってコンロの前に立ったのは、お袋の鏡鶴利かがみ・つるり。親父より2つ下で、おしどり夫婦として世間に認知されている。黒いセミロングの髪で、少し皺の目立ってきた顔は縦に細長いキュウリのようだ。親父に対し、こちらはやや痩せ気味だった。

「サンキュー」

 俺は椅子に座り、テーブルに両肘をつく。エアコンであたたまった部屋に、学ラン姿は少し暑い。しかしそんなことはおくびにも出さず、鍋をかき回すお袋の背中と、俺に向かい合って座った親父の顔とを等分に眺めた。

 この食卓も、もう終わりなんだな。もちろん神界から生きて帰る気満々だけど、魔族相手に不覚を取らないとも限らない。そう考えると何となく寂しい気持ちにとらわれる。

 建設会社に精勤せいきんする親父と、足りない家計をパートで補うお袋。難関中学で成績トップクラスの弟。出来損ないは俺一人。

「親父、ちょっと話しておきたいんだけど、いいか?」

「何だ、研磨」

 俺は親父の素朴そぼくな瞳に触れて、こらえ切れずよそを向いた。喧嘩に勝ったときも負けたときも、それはいつも心配の輝きを放っていた。

「俺、ちょっと旅に出るわ」

 キッチンはしばし静寂に包まれた――沸騰するカレーの音を除いて。親父がタバコをくわえて火を点けるのが視界の片隅に映った。昔からの愛煙家である。吐き出された紫煙が宙を漂った。

「研磨、それは長くなるのか?」

 ああ、この感じ。俺の言うことを正直に受け止め、理解に努めようとする姿。年を取って頭頂部が薄くなっても、この父親の感じは全く変わることがなかった。これには俺も頭が上がらない。

「親父は俺がどこへ、何しに行くか、聞いてみたくないのか?」

 分かり切った質問だったが、とりあえずしてみた。案の定親父は首を振る。

「お前は間違ったことはやらない人間だ。喧嘩も弱い相手には吹っかけないし、女・子供・老人には手を出さない。脳味噌のうみその方はちょっと弱いが、その姿勢は信頼している。僕はお前の仕出かすことには、何かそうさせるものがあるのだと考えていてね。旅に出るならそれもまたいいだろう。僕らは信じて待つだけだ。その目的より、当面何か入り用ならそっちを教えてほしいね」

 全く、この男は……。俺は親父と視線を合わせた。こちらを気遣うような眼差まなざしに敬服する。何でこんな立派な男から、俺みたいなだらしない人間が生まれたのだろう。

「とりあえず金も飯もいらねえよ。絶対戻ってくるとも言えないけど……」

「それは駄目だ研磨」

 親父が俺を睨み、お袋もこちらに振り向く。

「お前は僕らの子供だ。どこへ行こうとも、必ず戻ってくるんだ。それが約束出来なければ旅には出させられない」

「そうですよ研磨。私たちを置いていくことは許しません。どんなに素行そこうが悪くとも、貴方は私たちの立派な長男なんですから」

 やれやれ。まあそうなるか、この二人なら。俺は言葉を変えた。

「分かった、分かったよ。絶対に戻ってくる。それは約束するよ。それならいいだろ?」

 親父は灰皿にタバコの灰を落とした。その双眸そうぼうに承知の色彩が宿っていた。

「よし。約束だぞ、研磨。僕たちはいつまででも待っているからね」

 お袋がまた鍋に向き直り、いくぶんしょげた声を発した。

「それで、いつ出発するんですか?」

「明日」

 親父は肩をすくめ、タバコを灰皿で揉み消した。

「ずいぶん早いな。じゃ、今日は少し話そうか。しばらく会えなくなるものな」

 俺はうなずいた。さっきからカレーのいい匂いがしていて、空きっ腹が耐え難くなっていた。

「お袋、もう温めなくていいよ。早く飯をくれ」

「もう少し……」

 そのときだった。

 キッチンの斜め上付近に、あの黒地に赤い紋様の――ちょうどさっきのデク人形が現れたのと同じような――光り輝く魔方陣が、突如描かれたのだ。

「えっ?」

 俺も親父もお袋も、揃ってこの異様な物体を見上げた。規則正しく多重に回転する円盤は、中央がやはり出入り口になっているようで、そこから輝く何かが降りてきた。

 あちっ! 何だよこれ、炎じゃねえか!

 だがただの炎ではなかった。それは身長2メートル前後の、人型の怪物だったのだ。頭にあたる部位に目玉が二個、まるで人間のように浮かんでいる。そいつは大儀たいぎそうに俺たちを見回した。

 魔族か? 魔方陣の色からして多分神族ではなさそうだが……。俺は椅子から立ち上がり、燃え盛る怪人にメンチを切る。

「何だてめえ! 俺たちに何か用かっ!」

「うるさいぞ、小僧」

 熱い。近づくことさえ出来ないほど、その熱気は容赦なかった。くそ、こいつは違う。人形の魔族とは雰囲気も格も桁違いだ。それが喧嘩慣れしている俺には手に取るように分かった。奴はニタリと笑った。

「俺様は野暮用を済ませに来たんだ。早速実行するとしよう」

 その手に炎の鞭が出現した。風切り音と共にテーブルが叩かれ、灰皿や食器が割れ砕かれた。

 と、そのときだ。

「下がれ、研磨!」

「逃げなさい、研磨!」

 親父とお袋が、俺をかばうように間に入り、俺を後退させた。馬鹿、何やってんだ。

「おめえらこそ下がって逃げろ! こいつの目当ては多分俺だ!」

 小太りの親父がげんとして叫ぶ。

「だったらなおさらだ! 何が何だか分からないが、お前に指一本触れさせるものか!」

「そうですよ!」

 お袋も震え声で同調した。親父、お袋……。俺は捨て身の二人に感激して、胸が一杯になった。ここまで二人に感動させられたのは、多分生まれて初めてだ。

 その俺たちを炎の魔族は嘲笑あざわらった。余裕たっぷりに馬鹿にしてやがる。

「見事な親子愛だ。俺様が嫌いなものの中でも五本の指に入るな。そんなものは、こうしてやるのさ……!」

 火の怪物が鞭を振るう。それは立て続けに親父とお袋を痛打し、その全身をまたたく間に炎上させた。

「ぎゃああっ!」

「熱い……熱いっ!」

 紅蓮の炎に包まれてもがき苦しむ二人に、俺は絶叫する。

「親父! お袋!」

 着ていた学ランを脱いで、それで二人を叩き回った。だが火は消えるどころかますます燃え上がり、重なるように倒れた親父とお袋を黒焦げにしていく。俺は必死に火炎をしずめようと、馬鹿みたいに同じ動作を繰り返した。

 そんな。俺の両親が何でこんな目に遭わなきゃならない? あんまり残酷じゃないか。俺は涙さえ浮かべてめったやたらに二人をはたいた。だが引火して燃え出した学ランを放り出した頃には、俺の大切な、かけがえのない親父とお袋は、完全に炭化して人相すら分からなくなっていた。

「は、はは……。嘘だろ、おい……」

 俺を育ててくれた、いつも俺の側に立って守ってくれた、俺の両親。喧嘩に明け暮れる俺をどっしり構えて見守ってくれた親父。美味い飯と穏やかな人柄で俺を支えてくれたお袋。

 まだ何もしてやれてない。まだ何も返せてない。それなのに、それなのに……!

 炎の怪人は冷笑をやめない。その陽気な、罪悪感一つ感じられない言葉が軽々しく空中に撃ち出された。
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