彼女は小石

よなぷー

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入学式01

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 僕――田辺篤彦たなべ・あつひこは黄土色のブレザー、緑色のズボン、白いワイシャツ、赤いネクタイという格好を鏡で何度も確認した。よし、大丈夫。決まってる。

 そう、今日は私立常成高校入学式当日。両親と連れ立って、新1年生として初めて校門をくぐるのだ。苦労して合格した名門校なだけあって、僕は喜びと興奮を隠し切れずにいる次第。

 今でも信じられない。僕は常成高校の生徒になるんだ。思わず叫び出したくなる。

 時は4月、桜の季節だ。窓から顔を出すと、遠くの桜並木が満開となっているのが見て取れた。

「桜って綺麗ですよね」

 小石さんが戸棚からぽつりとつぶやく。僕は昨年の遭難した山々を想起した。

「あの山中に桜はあったの?」

「はい。私の『見る』力ぎりぎり遠くに、でしたが。花びらが散っていくのが物悲しいけれど、それがかえって美しさを際立たせているんですよね」

「今日は常成高校の入学式だし、小石さんも来る? あそこにも桜の木が列をなして植えてあるの、確認済みなんだ。きっと今なら満開の桜が花びらを舞わせているに違いないよ。すっごく綺麗だろうと思う」

「そうですか? なら、お邪魔でなければ……」

「お邪魔なわけないよ! じゃあ……」

 僕は戸棚の石ころ――小石さん――を掴み取ると、ズボンのポケットの中に滑り落とした。

「絶対に落としたりなんかしないから、安心してね、小石さん」

 彼女はくすりと笑った。

「別におびえてなんかいませんよ」

 母さんの声がする。浮き浮きとした、ピクニックにでも行くような気楽な調子だった。

「篤彦ー! そろそろ出発するわよー!」

「はーい! ……じゃ、行こうか、小石さん。学校は初めてだったね。僕も常成高校に高校生として入るのは初めてなんだ」



 心拍数の快い増加を友に、僕は今度は入学生として常成高校の校門に到着した。『私立常成高校○○年度入学式』の達筆な白看板の横で、両親と一緒に記念写真を撮る。こうして段階を経ていくと、合格した嬉しさがまたぶり返してきちゃった。

 両親は体育館へ、僕は校舎へ向かった。すでに僕のクラスが1年A組であることが、ネットで通知されている。女子の制服は黄土色のブレザーに緑のスカート、白いシャツで赤いリボンなんだ、へえ。

 僕は3階への階段を上りながら、押し寄せてくる不安感にさいなまれる。友達は作れるだろうか? 授業についていけるだろうか? 部活で頑張れるだろうか? まさかいじめられたりなんかしないよね?

「不安ですか、篤彦さん」

「う、うん。ちょっと、ね」

「それにしても、みんな同じ格好で、同じような年齢で……これが高等学校というものなんですね。篤彦さんが通っていた中学校に似ています。服装は違いますが」

「そうだよ。ここに今日から毎日通うんだ。勉強するためにね」

 僕が3階に辿り着き、角を曲がったときだった。どん、と正面から誰かにぶつかってよろめいてしまう。どうにか転倒をまぬがれた僕は、反射的に謝った。

「ご、ごめんなさい!」

「もうー! どこ見て歩いてんのよー!」

 僕が抗議の声に恐縮していると――赤いツインテール。僕は自分より背の小さい女の子の、まずその髪型に目がいった。彼女は頭を振って衝撃の残滓ざんしを追い払うと、片手に白い封筒を握ったまま僕をひとにらみする。

「気をつけてよねー!」

 結構可愛い顔立ちだった。高い位置にある線のような眉毛に、くりくりした愛くるしい茶色の瞳。幼い顔立ちで、人形さんのような美少女だ。胸が小さいのが寂しかったが。

 彼女は腕時計を見て歯を噛み締めた。

「急がないとー!」

 僕に構わず駆け出し、横をすり抜けていく。振り返ったときにはもう、階段に差しかかったのか姿が見えなかった。

 小石さんがため息をつく。

「ぶつかったのはあの方なのに、ずいぶん無礼ですね」

「まあまあ。……ん?」

 ふと足元を見やると、最新型のアイフォーンが落っこちていた。僕はそれを手に取る。

「あ、スマホ……あの子のだ」

 ぶつかった拍子に落とし、しかもそれに気がつかないまま、彼女は走り去ってしまったのだ。渡そうとするには遅すぎる。

「ど、どうしよう……」

 小石さんは冷静にアドバイスしてくれた。

「誰か責任ある大人の方に渡しておいたほうがいいですね。そうでないと泥棒扱いされますよ」

「うん、そうだね。……ん?」

 スマホの電源が弾みで入っている。待ち受け画面には、灰色のボサボサ髪で色白の優男が、さっきの女子と腕を組んで笑っていた。しかし、その顔には大きくバツ印が刻まれている。

「カップルかな。私服だね」

「この男の方はあの子の知り合いでしょうね。でも線で顔にぺけされているのは何故なんでしょう?」

 よく見れば、ご丁寧に相合傘とそれぞれの名前まで描きこまれている。

「『ひろし』、『みほ』……」

 こちらでも、『ひろし』の文字に縦線が引かれていた。

 そこで画面は消灯した。僕はアイフォーンを手にしたまま、近くの壁に寄りかかる。

「ちょっとここで待ってみるよ。案外あの子が戻ってきて、簡単に渡せるかもしれないし」

「そうですね。じゃあ待ちましょう!」

 だがしばらく待っても『みほ』は戻らない。時間切れのチャイムが、春の日差しが降り注ぐ廊下に響き渡った。僕は一つ息を吐いた。

「しょうがないね。教室に行こう」

 こうして僕は、これから1年間を過ごす1年A組に入った。アイフォーンは先生に落としものとして渡そうと、手に持ったままだ。

 黒板に貼られた順番どおりに席に着く。まだ机と椅子の高さがしっくりこない。まあ、暫定ざんてい的な席だろうからしょうがないのだけれども。

 クラスでは男女それぞれの生徒がおのおの席に座り、静かに教師の到着を待っている。僕は気まずさを感じながら、『みほ』のスマホを机の上に置いて、頬杖をついた。

「篤彦さん、みんな何を待ってるんですか?」

「先生だよ」

「先生とは?」

「指導役の大人の人」

「ああ、その先生が来ないから、あの人のスマホをまだ持っているんですね」

「そういうこと」

 柔らかい、ちょっと涼しすぎる風が、カーテンを膨らませている。桜の花びらがときおり窓から飛び込んで、きりもみして落ちていった。

 そのときだった。

「あーっ!」

 突然甲高い声が教室中に響き渡った。僕が驚いてその音源に視線を向けると、あの『みほ』が出入り口に手をかけ、僕を指差しているではないか。

「このスマホ泥棒ー! どこに行ったかと思ったらあたしと同じA組だったのねー!」

「スマホ泥棒って……」

「あたしのスマホ、返しなさいよーっ!」

 猛然とダッシュしてきた『みほ』は、急接近して僕の机の上からスマホを引ったくった。ぷりぷり激怒しながら、目の前でいたずらされていないか携帯を操作して確認し始める。

 頭にくるなあ。ここはきつく言わないと。

「ちょっと、泥棒はないでしょ、泥棒は! 僕は一応あの場所でしばらく待ってたし、今は先生が来たら落とし物扱いとして預けようと思って、『みほ』さんのスマホを保管してたんだ。だから泥棒扱いは……」
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