彼女は小石

よなぷー

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多奈川美穂A02

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 浩のどす黒くなった顔が、あたしの証言の紛れもない証拠だった。浩は舌打ちしてあたしの顔を押しのけ、突き放す。

「さっきからくだらねえことをべらべらべらべらと……。俺さまがせっかくあちこち探し回ってようやく1年A組にいるって突き止めたのに、お前は朝も昼も放課後も、はかったようにいつもいやがらねえ。どこに隠れてやがるのかと学校中歩き回ったが、まさか読書部とは思わなかったぜ。頭のいいお前には釣り合わない、本を読むだけのちんけで根暗な部活だからな」

「浩のしつこさには呆れたよー」

「ま、あきらめの悪いところが俺さまの長所だ。さあ、話は終わりだ。読書部は退部しろ。これからは俺さまの仲間とつるんで、また中学のときみたくいろいろ楽しもうぜ。俺さまももう浮気したりしねえからよ」

「信じられるわけないよ、このクズー!」

「あきらめのいいところがお前の長所だったろう? それともまた読書部の連中をボコってやろうか?」

「そ、それはー……」

「俺さまに見つかったのが運の尽きだぜ。さあ戻って来い、美穂」

 浩はあたしのわきに腕を差し込み、強引に立たせようとする。あたしの両目がうるんだ。またたく間に涙が吹き上がり、頬をしたたってこぼれ落ちていく。

 読書部。最初あたしは、浩の捜索から逃がれる格好の場所を得るために、やる気もなく入部しただけだった。だけど朝、昼、放課後と部室に通ううち、せっかくだから本の一つでも読んでみようかと思い立った。

 部員の田辺くんに薦められた文庫本を手にとって、椅子に座った。ページをめくり始める。すると、思っていた以上に深く広い、巧緻こうちを極めた物語にのめり込んだ。気がつけばあとがきまで読みふけっていて、今まで感じたことのない満足感が胸いっぱいにあふれていた。

 せっかく落ち着ける場所を、楽しい気分でいられる秘密基地を、見つけられたと思っていたのにー……

 浩にうながされるまま歩き出す。そこで、あたしの涙にかすんだ視界に映ったものは――



「そこまでだ!」

 それまで中庭の物陰に潜んでじっと話を聞いていた僕は、ゆっくりと彼らの前に姿をさらした。浩の顔がたちまちあざけりに満ちる。優越感に浸り切った声音で挑発してきた。

「おっ? 何だ、さっきの弱々くんじゃねえか。どうした、一発じゃ足りなかったか? もう一発もらいたいってか? あははは、物好きな奴だ」

 多奈川さんの赤いツインテールが力なく垂れていた。彼女は力のない声で悲痛に訴える。

「田辺くん、帰ってー……。あたしなら大丈夫だからー……」

 僕は奥歯を噛み締めた。どこが大丈夫なんだよ。

「田辺くんー……?」

 僕は肺の空気を目いっぱい吐き出して叫ぶ。

「そんなに泣いていて、何が大丈夫なんだよ! 自分で『強い子』って言ってたのに、ボロ泣きしてるじゃないか、多奈川さん! 全然強くないじゃないか!」

 多奈川さんの顔がくしゃくしゃに歪んだ。涙が後から後から頬に透明な直線を描いていく。

「だって、だってー……!」

 浩がどすの利いた声で僕にわめいた。

「さっきからうるせえんだよ、ごちゃごちゃと! さあ、俺とやり合いたいんだろ? かかってこいよ。ほら、どうした! かかってこいよ!」

「今ならまだ間に合う。多奈川さんから手を引け、浩」

 僕の静かな通告に、浩は目を剥いて怒りをあらわにする。肩をそびやかした。

「何呼び捨てにしてイキってんだコラ。殺すぞ、ああ?」

「多奈川さんから手を引かないんだな?」

 僕は最後通牒を突きつけた。それに対するこの男の返事はこうだった。

「ああ、引くもんかよ! こんな便利な女はそうそういねえからなぁ。あははははっ!」

 僕は肩で大きく息を吐いた。ポケットの膨らみを撫でる。

「小石さん、じゃあ協力してもらっていいよ」

「はい! 多奈川さんをいじめる人は、私も許せませんので」

 浩が首を傾げた。

「はあ? 何を一人でぶつぶつ言ってんだコラ」

 そのときだった。突如黒い砲弾のようなものが多数飛来し、浩の頭に一斉に襲いかかったのだ。

「ぎゃあっ! な、何だこれはっ!」

 それはもちろん弾丸などではない。

 カラス――

 そう、野生のカラスが群れをなし、浩の髪の毛をむしり取りにかかったのだ。その数20数羽。浩はまるで、激しく躍動する黒い球体を頭に装着したように見えた。

「ひいいっ、やめろぉっ!」

 多奈川さんが彼の腕から逃れ、僕の背後に隠れるように回り込む。カラスたちの鳴き声を聞きつけたまばらな生徒たちが、教室や廊下の窓から浩の姿に驚愕の視線を向けていた。

「うわああっ! ぬ、抜けるぅっ! 俺の自慢の髪の毛があっ! いってええ!」

 カラスは散々浩をいたぶった。浩は出血し、灰色の髪が赤くまだらに染まる。それはさらなる攻撃でより一層引き抜かれた。浩は地面にうつ伏せて、両腕で頭を防御しようと必死だ。もちろんそんなものは抵抗にすらならない。

「うおおっ! やめてくれっ! お願いだっ! 頼むっ!」

 僕は脂汗をぬぐった。がらじゃないことをしていることは分かっている。それでも頑張って冷徹な声を出した。

「もう多奈川さんに近づかないと誓え」

「わ、分かった! ち、近づかない!」

「絶対にだな?」

「絶対に近づかないからっ! こいつらを引き下げてくれえっ! 早くっ! お願いだあっ!」

 僕はうなずく。小石さんに合図した。

「小石さん、もういいよ」

「そうですか。ではカラスのみなさん、ご協力ありがとうございました」

 黒い鳥たちは、急に興味を失ったように浩から離れ、大空目指して羽ばたいていく。後にはホラーゲームに出てくるゾンビのような、頭髪のほとんどを失って泣きじゃくる浩だけが残された。通報を受けた先生方が駆けつけてくる。

「だっ、大丈夫かお前?」

「ひどい出血だ……。ともかく保健室へ!」

「お前ら、見世物じゃないぞ! 散れ、散れ!」

 彼らは重傷の浩を両脇から抱え上げた。急いで保健室へと連れ去っていく。

 カラスの襲撃を目撃した生徒たちがざわつく中、僕はふっと息を吐いて肩の力を抜いた。ああ、暴力を振るわれるのは嫌だけど、振るうのはもっと嫌だなあ……

 僕は背中のクラスメイトに語りかける。

「見てのとおり、浩は撃退したよ。もう大丈夫。帰ろうよ、多奈川さん。読書部の部室へ」

 あまりの出来事に呆けていた多奈川さんが、ここでようやく我に返った。

「え、でもー……。あたしがいると、また浩がやってきて、みんなボコボコにされちゃうよー」

「そのときはまた小石さんにお願いするさ。大丈夫、僕ら読書部全員が多奈川さんを守るから」

 多奈川さんは、僕にさっきの浩との会話を全て聞かれたことに気付いている。重苦しくこちらの注意を喚起してきた。

「田辺くん、あたし、浩があたしを捜してると気付いて、隠れみのとして読書部に入部したんだよー。読書部を、利用していたんだよー」

 僕は振り向く。涙でぼろぼろの多奈川さんに微笑みかけた。

「それでもきみは立派に読書部部員じゃないか。きっかけはどうあれ、今ではもう、きみは僕らの大切な仲間だよ」

「田辺くんー……」

「さあ、帰ろう。中間テストの勉強だって、まだまだこれからってところだったんだからね。僕は多奈川さんがいないと駄目なんだ」

 多奈川さんはハンカチを取り出すと、それで涙を拭き取った。中庭のどの花よりも、可憐で美しい笑顔を咲かせる。

「……うんー。分かったー。あたしがみっちり教えてあげるね、スパルタでー」

「うん、スパルタで!」

「行こ、田辺くんー!」
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