26 / 64
峰山香織B01
しおりを挟む
私――峰山香織の高校生活も4月に始まって、読書部に入部した以外は、特にこれといったトピックスもなかった。私は無愛想な単語返事の割には男女に人気で、意外と人望があるらしい。だけどさすがに委員長などの役職には向いていないと、教師からもクラスメイトからも判断され、そうした雑事とは無縁だった。
その後訪れた夏の長期休暇も、姉の舞が友達と栃木旅行を楽しみ、値打ち物の陶芸コーヒーカップをおみやげにくれたことぐらいしか、特筆すべきことはない。私は1学期最後の日に読書部で借りた文庫本を、毎日熟読して過ごした。
そして9月、すなわち2学期になる。私は久々に半袖の制服に袖を通した。父の達郎、母のあずみ、姉の舞に「登校」とだけ告げて、くそ暑い中2階建て一軒家の自宅を後にする。読書部の5人の先輩に会えるかと思うと、足は軽やかなリズムを刻んだ。
「もうこの棚完全読破しちゃったの? 凄いじゃない、秀三ちゃん!」
3年の早野結部長は、唯一の2年・大蔵秀三をそう言ってほめそやした。秀三は照れに照れて上気し、しきりと頭をかいてまんざらでもなさそうだ。私はそれを横目で見ながら我関せずと、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』のページをめくった。面白い。ミステリ作家を目指すうえで必要なものは何か、私は今までの多彩な読書で、着実に理解を深めていた。もっともそのほとんどの書籍は、秀三から拝借したものばかりであったが。
そのとき、手の平を叩き合わせるような乾いた音が3回、部室内に鳴り響いた。私は何事かと顔を上げる。早野部長が「注目、注目!」と気合を入れて一同を見渡していた。めずらしく真面目な表情だ。
「重要な話よ。来年度の読書部の予算請求についてなんだけど……」
確かに重要だ。読書部部室の書棚に収まっている文庫本の数々は、毎年支給される部費でまかなわれているのだ。本を読むには金がいる。厳しい現実だ。
早野部長はしかし、明るく切り出す。
「もちろん目指すは部費の増額なんだけど、部員がぎりぎりの6名で、これという実績が作れない読書部だと、いろいろ難しいのよ。そこで、読書の成果を校内に示そうと、うちら読書部は『青少年読書感想文全国コンクール』の高等学校の部に毎年挑戦しているの。香織ちゃんには初めて話したわね。今年ももちろんやるわよ!」
拳を突き上げて気合を入れる彼女に負けじと、他の3年生3人と秀三が後に続く。
私はそのコンクールを知っていた。公益社団法人・全国学校図書館協議会と毎日新聞社が主催して毎年開かれており、200万編以上の作品が集まる、日本最大級の由緒あるコンクールだった。指定された本の感想文を書く課題読書と、自由に選んだ本の感想文を書く自由読書の両部門があり、それぞれに一編ずつ応募できる。締め切りはうちの県なら9月30日のはずだった。
高等学校の部は本文2000字以内と、それほど長々と書く必要はない。ただ、その分内容を的確にまとめなければならず、しかもコンクールの競争率は相当高いとあって、受賞へのハードルはかなりの高さだ。何しろまずは校内審査を突破しなければならず、続いて市区町村コンクール。さらに都道府県コンクールを経て、そこまでふるいにかけられて生き残った精鋭たちが、最後に全国コンクールに進めるのだ。
そこで選び抜かれた最優秀作品に、最高賞である内閣総理大臣賞が授与される。途方もない話だった。まあ、参加することに意義がある、と割り切って挑むのが正しいあり方だろう。
最終結果発表は年末である。しかしそこまで待つ必要はなく、ここで大切なのは、部員全員が読書感想文を仕上げて応募し、とりあえず市区町村コンクールを突破するぐらいまでの実績を積むことだろう。それが認められれば部費申請が有利になると、早野部長は言っているのだ。
「部長」
「何、香織ちゃん」
「実績」
「読書部の? 今まで校内審査を突破したのが2、3回あったぐらいかしらねえ」
何だそれ。読書部なのに?
「読書部は読書が専門で、文章を書くのはみんな苦手なのよね、毎年毎年。それにその方面じゃ文芸部や図書委員会の方が優秀で、都道府県コンクールに進んだ人も過去にはいたそうよ。うちは万年泣かず飛ばずよ。でも……」
私の肩に早野部長の手が載せられる。見上げれば、彼女のさわやかな笑顔に行き着いた。
「今年は違うわ。小説家を目指す期待の新人・峰山香織ちゃんがいるんだものね! もしかしたら校内審査突破どころか、内閣総理大臣賞受賞なんてところまでいっちゃうかも!」
3年生3人が喜んで、手を叩いた。秀三が早野部長に恨みがましい目を向ける。
「あの、僕も一応小説家志望なんですけど……」
「秀三ちゃんは去年校内審査通ったっけ?」
「……今年は頑張ります」
「じゃ、つーことで期待してるわね、香織ちゃん! もちろん、私たち3年も負けずに頑張るから! よろしくー!」
肩をばしばしと叩かれる。そうだなあ。尊敬する早野部長や秀三たちのためにも、ここはちょっと頑張ってみようか。
締め切りまで残りは1ヶ月弱。時間は十分にある。私はまず課題読書部門で、寺地はるなの『水を縫う』という本を手にした。早野部長が、今回ばかりは部費で新書の購入を敢行したのだ。図書室に行けば置いてあるのだが、他の生徒に悪いというのが理由その1。理由その2は、他の読書部部員たちも『水を縫う』を課題読書の本として回し読みするためだった。
秋の気配が訪れることもなく、今日も残暑が非常に厳しい。私はさっき自動販売機で買ってきた冷たいアイスティーを喫しながら、一人部室で本を熟読していた。部屋の中には他に誰もおらず、どうやら2年・3年は遅れてくるらしい。
私は『水を縫う』を読み終えた。うん、とても面白い。ミステリ以外もたまにはいいものだ。胸にじんと感動が残っている。
その後訪れた夏の長期休暇も、姉の舞が友達と栃木旅行を楽しみ、値打ち物の陶芸コーヒーカップをおみやげにくれたことぐらいしか、特筆すべきことはない。私は1学期最後の日に読書部で借りた文庫本を、毎日熟読して過ごした。
そして9月、すなわち2学期になる。私は久々に半袖の制服に袖を通した。父の達郎、母のあずみ、姉の舞に「登校」とだけ告げて、くそ暑い中2階建て一軒家の自宅を後にする。読書部の5人の先輩に会えるかと思うと、足は軽やかなリズムを刻んだ。
「もうこの棚完全読破しちゃったの? 凄いじゃない、秀三ちゃん!」
3年の早野結部長は、唯一の2年・大蔵秀三をそう言ってほめそやした。秀三は照れに照れて上気し、しきりと頭をかいてまんざらでもなさそうだ。私はそれを横目で見ながら我関せずと、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』のページをめくった。面白い。ミステリ作家を目指すうえで必要なものは何か、私は今までの多彩な読書で、着実に理解を深めていた。もっともそのほとんどの書籍は、秀三から拝借したものばかりであったが。
そのとき、手の平を叩き合わせるような乾いた音が3回、部室内に鳴り響いた。私は何事かと顔を上げる。早野部長が「注目、注目!」と気合を入れて一同を見渡していた。めずらしく真面目な表情だ。
「重要な話よ。来年度の読書部の予算請求についてなんだけど……」
確かに重要だ。読書部部室の書棚に収まっている文庫本の数々は、毎年支給される部費でまかなわれているのだ。本を読むには金がいる。厳しい現実だ。
早野部長はしかし、明るく切り出す。
「もちろん目指すは部費の増額なんだけど、部員がぎりぎりの6名で、これという実績が作れない読書部だと、いろいろ難しいのよ。そこで、読書の成果を校内に示そうと、うちら読書部は『青少年読書感想文全国コンクール』の高等学校の部に毎年挑戦しているの。香織ちゃんには初めて話したわね。今年ももちろんやるわよ!」
拳を突き上げて気合を入れる彼女に負けじと、他の3年生3人と秀三が後に続く。
私はそのコンクールを知っていた。公益社団法人・全国学校図書館協議会と毎日新聞社が主催して毎年開かれており、200万編以上の作品が集まる、日本最大級の由緒あるコンクールだった。指定された本の感想文を書く課題読書と、自由に選んだ本の感想文を書く自由読書の両部門があり、それぞれに一編ずつ応募できる。締め切りはうちの県なら9月30日のはずだった。
高等学校の部は本文2000字以内と、それほど長々と書く必要はない。ただ、その分内容を的確にまとめなければならず、しかもコンクールの競争率は相当高いとあって、受賞へのハードルはかなりの高さだ。何しろまずは校内審査を突破しなければならず、続いて市区町村コンクール。さらに都道府県コンクールを経て、そこまでふるいにかけられて生き残った精鋭たちが、最後に全国コンクールに進めるのだ。
そこで選び抜かれた最優秀作品に、最高賞である内閣総理大臣賞が授与される。途方もない話だった。まあ、参加することに意義がある、と割り切って挑むのが正しいあり方だろう。
最終結果発表は年末である。しかしそこまで待つ必要はなく、ここで大切なのは、部員全員が読書感想文を仕上げて応募し、とりあえず市区町村コンクールを突破するぐらいまでの実績を積むことだろう。それが認められれば部費申請が有利になると、早野部長は言っているのだ。
「部長」
「何、香織ちゃん」
「実績」
「読書部の? 今まで校内審査を突破したのが2、3回あったぐらいかしらねえ」
何だそれ。読書部なのに?
「読書部は読書が専門で、文章を書くのはみんな苦手なのよね、毎年毎年。それにその方面じゃ文芸部や図書委員会の方が優秀で、都道府県コンクールに進んだ人も過去にはいたそうよ。うちは万年泣かず飛ばずよ。でも……」
私の肩に早野部長の手が載せられる。見上げれば、彼女のさわやかな笑顔に行き着いた。
「今年は違うわ。小説家を目指す期待の新人・峰山香織ちゃんがいるんだものね! もしかしたら校内審査突破どころか、内閣総理大臣賞受賞なんてところまでいっちゃうかも!」
3年生3人が喜んで、手を叩いた。秀三が早野部長に恨みがましい目を向ける。
「あの、僕も一応小説家志望なんですけど……」
「秀三ちゃんは去年校内審査通ったっけ?」
「……今年は頑張ります」
「じゃ、つーことで期待してるわね、香織ちゃん! もちろん、私たち3年も負けずに頑張るから! よろしくー!」
肩をばしばしと叩かれる。そうだなあ。尊敬する早野部長や秀三たちのためにも、ここはちょっと頑張ってみようか。
締め切りまで残りは1ヶ月弱。時間は十分にある。私はまず課題読書部門で、寺地はるなの『水を縫う』という本を手にした。早野部長が、今回ばかりは部費で新書の購入を敢行したのだ。図書室に行けば置いてあるのだが、他の生徒に悪いというのが理由その1。理由その2は、他の読書部部員たちも『水を縫う』を課題読書の本として回し読みするためだった。
秋の気配が訪れることもなく、今日も残暑が非常に厳しい。私はさっき自動販売機で買ってきた冷たいアイスティーを喫しながら、一人部室で本を熟読していた。部屋の中には他に誰もおらず、どうやら2年・3年は遅れてくるらしい。
私は『水を縫う』を読み終えた。うん、とても面白い。ミステリ以外もたまにはいいものだ。胸にじんと感動が残っている。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
強引な初彼と10年ぶりの再会
矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
恋は、やさしく
美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。
性描写の入る章には*マークをつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる