彼女は小石

よなぷー

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しず03

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「長老様……私、戻っちゃいました」

「むむ……。これは大変じゃ」

 老人はともかくいったん落ち着こうと、胸に手を当てて深呼吸した。その上で、村の有力者に呼びかける。

「おい田吾作! 村のものを集めろ! 大至急だ!」

 そうしてしばらく経ったころには、月光の下、村人たちがしずと長老を取り囲んでいた。鎮守石の呪術が失敗し、しずが人間の姿に戻ってしまった。人々はそう解釈し、せっかくの苦労が水の泡となって悲しいような、そんな表情を浮かべてざわついていた。

「静かに!」

 長老が大声で騒ぎを鎮めようとした。彼としずを取り巻く村人たちが、狙いどおりに押し黙る。長老は咳払いして話した。

「しずは多分、この月光――月の輝きを浴びることで、一時的に人間の姿に戻ったのだと思う。大丈夫、木陰に戻ればまた鎮守石に還るだろう。ただ、せっかくの人間の姿だ。しばらくしずを自由に歩き回らせてやりたいと思うが、どうだ?」

 これに対して、村人の反応は驚くほど冷淡だった。普段しずに助けてもらっているにもかかわらず、人々は明瞭な恐れと畏怖いふの色を浮かべ、中には脂汗をしきりと拭くものもいる。

 しずは心に冷たいものがしたたるのを感じた。自分は恐れられている。もはや人間として見られていない。改めてそう察したのだ。しずはそのことに引け目を感じて、どうにか取りつくろおうとした。

「そ、それはそうですよね。私は石ころになったんですから」

 寅吉がおびえを隠しきれないまま、何とかそれを誤魔化そうとした。しずからすれば痛々しい限りである。

「し、しず、気にすんなよ。俺たちはしずの味方だよ。な、なあ、みんな」

 だが、みんなうつむくばかりで、返事をするものはいない。田吾作が言った。

「なあしず。今は『見える』か? この鉢田村と、周辺の山々の全てが」

 しずは人間の姿で何とか『見る』よう努力した。駄目だ、何も頭に入ってこない。

「い、いえ……。目で見たものしか見えません」

 田吾作は冷徹に口を開いた。

「なら、話は早い。しず。鎮守石に戻れ。今すぐにだ」

「え……」

 絶句するしずに対し、村人たちが口々に「そうだ」「そうしろ」とがなり立てる。一同は騒然となった。

「しず、お前は鎮守石だ! 見張りの役目を休むことは許さん!」

「そうよそうよ! しず、お願いだから今すぐ戻って」

「人間の姿はあきらめろ!」

 しずは気圧けおされて後ずさりする。

「え……その、あの……」

 せっかくの人間の姿を、こんなに拒絶されるなんて。しずはショックを隠し切れず、長老に言葉ですがった。

「長老様。私は……」

 しかし彼はしずの思いを受け付けず、残念そうに首を振った。

「しず。どうやら選択の余地はないようだ」

 そのとき、雲が月光をさえぎった。村人の持つたいまつの明かりだけが一場を照らし出している。

「きゃっ!」

 しずの体が光の泡とともに収縮し、また前の石ころの状態へと還る。長老は素早くつまみあげると、小箱に入れてフタを閉じてしまった。

 村人たちは安堵のため息を漏らした。妨げられた眠りを再開するべく、それぞれの家に帰っていく。残された長老は小箱をほこらに入れると、「すまん、しず」とだけ呟いて、罪悪感に急きたてられるように立ち去ってしまった。

 しずはそんな彼らに対し、孤独と悲しみを覚えて、心の内だけでつぶやいた。

「みんな……自分ばっかり……」



 それから5年の月日が流れた。新たに生まれたもの、流れ着いたもの、死んでしまったものを合わせて、村人は28人になっていた。しずを鎮守石に変えた張本人である長老は、3年前に寿命で息を引き取っている。古文書の内容は口伝されたが、別に儀式をやるわけでもない。

 しずの入った小箱は春も、夏も、秋も、冬も、ほこらの中に鎮座しているし、彼女の声は鳥や動物の狩り、外敵の索敵などの情報を年中村人に届けていたので、いつしか長老の知識は人々の間で必要ないものとして風化していった。



 そんなある日のことだった。鉢田山に侵入する兵士たちの軍勢が、しずの広い探索領域に見い出されたのだ。しずは久しぶりの緊急事態に、村長となった田吾作へ急いで声を届けた。

「田吾作さん! 西から敵が侵入してきました! 全部で100名以上はいます。急いで逃げてください!」

 受信したものは凶報に気を動転させながらも、急いで村人たちを誘導する。

「向こうの谷だ! あそこなら隠れられる! 4年前もあそこで盗賊をやり過ごしたからな、大丈夫だ!」

 村人たちは手に手に武器を持って避難した。無人となった村に、四半刻を経て大勢の兵士たちが現れる。体格のいい大将格の鎧武者が黒いあごひげを撫でた。

「まだ温かい鍋……。逃げたな。しかし、俺たちの姿を見られたような気配はなかったがな」

「大将!」

「どうした」

 手下の報告は嘲笑気味だった。

「向こうの谷に大勢の足跡が続いています。隠れたつもりのようですぜ」

 しずはその会話に恐怖した。何とか手を打とうと思案したあげく、思い切って大将格の頭に大声で呼びかける。

「いけません!」

 大将格が目を見開き、両耳を塞ぐ。

「おっ? なんだぁ? この声は……」

「あなた方がどなたか知りませんが、ここは平和な村なんです! どうか見逃してください! 何もせず、引き返してください!」

 大将格は面食らっていたが、やがて豪快に笑った。

「こいつはいい。鉢田山には神獣が宿るといわれ、信心深い連中は昔から手を出してこなかったが……。まさかその神獣が、こんな年端も行かない娘っ子とはな。笑わせてくれるわ」

「ち、違います……!」

「俺は迷信など信じん。この世は所詮しょせん力よ。いくぞ、者ども。隠れた連中を生け捕りにしろ! 抵抗する奴は女子供だろうが殺して構わん!」

 一斉に返事する部下たちを頼もしそうに見渡す。周囲の無人の家屋を眺めた。

「いい村だ。しばらくここで休憩して、新鮮な奴隷どもをこき使って優雅に暮らすとしようか!」

「おーっ!」

「い、いけません! やめてくださいっ!」

 だが、もはや大将格はしずの声を聞く耳持たなかった。軍勢は谷へと向かう。やがてしずは、その『見える』力で、村人とならず者たちの交戦を目の当たりにした。それは声の届く範囲外だった。

 一方的で残酷な虐殺が開始された。仲のよかった子供たち、村のリーダーの田吾作、狩人の寅吉、そしてしずの育ての親である喜助。みんな、みんな殺されていった。村人たちの抵抗は散発的であり、血の海に沈められるとむくろとなって動かなくなる。

「いやああっ! やめてっ! やめてっ! 殺さないでえっ!」

 しずは泣き叫んだ。どうにもできない。どうにもならない。自分は見るしかできない。自分は無力だ。しずは号泣しながら、殺戮さつりくの宴を凝視した。

「誰か、助けて……」

 ぽつりとつぶやく。こみ上がる感情が、せきを切って溢れ出した。

「助けて、旦那様……彦五郎様……! 彦五郎様……っ!」

 そのときだった。『見える』範囲内の上空に、一匹の神獣が現れたのは。しずは泣き止むぐらいびっくりして、そのたくましい巨体を見た。

「旦那……様……?」

 彦五郎は谷に向かうと、ジェノサイドの現場に雄々しいその姿を着陸させた。残り数少ない村人たちも、殺しまわっていた兵士たちも、その中の大将格も、光をまとってうなりを上げる異形に声もない。ただひたすら恐怖で震え上がり、その牙が襲いかかってくるのを見守った。
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