3 / 57
第一章 逃走編 無敵の伝説
第3話 宝刀を授かる
しおりを挟む
俺たちは枯葉をかぶり、横になった。しかし眠れない。秀頼公の最後の姿が脳裏をよぎるからだ。
慶長20年(1615年)5月7日
徳川勢が大阪城に雪崩れ込むように攻め入ると、城内は戦場と化した。その日、父である真田幸村が命を落としたとされる深夜、内通者によって台所から火の手が上がった。
一方、秀頼公の御正室・千姫は祖父・家康、父・秀忠に必死で助命を懇願したものの、その願いは叶わなかった。
翌日の明け方、秀頼公と淀君をはじめとする三十人余りは山里曲輪に追い詰められた。覚悟を決めた彼らは、最後の時を迎えようとしていた。もちろん、俺もその場にいた。
5月8日
徳川の将、井伊直孝と安藤直次は千姫の懇願が難航しているのを聞きつけ、独断で山里曲輪へ鉄砲を撃ちかけた。
「キャー!」
「うろたえるでない!」
悲鳴を上げる女中衆を、淀君が叱りつけて沈める。そんな中、秀頼公が俺を呼んだ。
「大助、こちらへ」
「ははっ!」
秀頼公は自身の帯から家紋入りの刀を抜き、俺に手渡した。
「この宝刀は父より賜ったものだ。軽くて丈夫だ。きっとお前を助けるだろう。それから、豊臣家に伝わる念仏を教えよう。もし討ち死にしても、あの世で再び会えるらしいぞ」
「……殿下?」
「だが、お前は生きろ。その若さで道連れにするのは忍びない」
「ならば、殿下も生き延びてください!」
「余が死なねば、この戦国の世は終わらない。それが定めだ」
大野治長や毛利勝永が切腹の準備を進め、一同の介錯を始めた。曲輪の中は断末魔の叫びと覚悟の混じり合った、異様な空気に包まれる。
「我ら、豊臣ぞっ!」
次々と自刃していく中、何故か俺だけが相手にされなかった。
「……俺だけ、死なんでも良いのか? なんで?」
その時、秀頼公が最後に言った。
「大助、生きよっ! それが左衛門佐──真田幸村との約束だ!」
秀頼公が果て、豊臣家はここに滅亡した。
実は、父から「豊臣家の最後を見届けたら逃げよ」と厳命されていた。父が事前に手を回していたのだろうか。詳細は分からない。ただ、このままでは井伊隊に捕まり犬死にしてしまう。
俺は咄嗟に曲輪から飛び降り、井伊隊の追撃を振り切りながら走り去った。
「生きてやる!」
*
何度も寝返りを打ち、いつの間にか朝を迎えていた。
「若、川の水を飲んで出発しましょう」
「ああ……いや、待て」
人の気配がする。敵か? 身構える俺の前に、風に紛れて突如現れた男がいた。
「大助さま、ご無事でなにより」
「あ、佐助!」
髭面で小柄な男は、父に仕える猿飛佐助(50歳)だった。彼は真田十勇士の筆頭格とされる忍者だ。どうやら六郎が忍びの術で俺たちの居場所を知らせていたらしい。
「大殿より伝言です。『これより木津川を目指し、船で山陽方面へ逃げよ』との仰せです」
「父上が生きているのか!」
「はっ。重傷ではありますが、私どもがついております」
「そうか……それで、皆は無事なのか?」
「甚八も重傷ですが、三好兄弟らが匿い、介抱しております」
根津甚八(48歳)は父の影武者として敵を引き付けたのだろう。彼を思うと心が痛むが、父や従者たちが生きていることは何よりの朗報だった。
「よし、六郎、行くぞ!」
「ははっ!」
「大助さま、木津川には才蔵が先回りしています。才蔵と合流してください。それと、畿内は残党狩りで騒然としています。くれぐれもご用心を!」
「分かった、ありがとう佐助!」
俺たちは山を越え、木津川を目指して進んだ。父や仲間たちのためにも、生き延びなければならない。
慶長20年(1615年)5月7日
徳川勢が大阪城に雪崩れ込むように攻め入ると、城内は戦場と化した。その日、父である真田幸村が命を落としたとされる深夜、内通者によって台所から火の手が上がった。
一方、秀頼公の御正室・千姫は祖父・家康、父・秀忠に必死で助命を懇願したものの、その願いは叶わなかった。
翌日の明け方、秀頼公と淀君をはじめとする三十人余りは山里曲輪に追い詰められた。覚悟を決めた彼らは、最後の時を迎えようとしていた。もちろん、俺もその場にいた。
5月8日
徳川の将、井伊直孝と安藤直次は千姫の懇願が難航しているのを聞きつけ、独断で山里曲輪へ鉄砲を撃ちかけた。
「キャー!」
「うろたえるでない!」
悲鳴を上げる女中衆を、淀君が叱りつけて沈める。そんな中、秀頼公が俺を呼んだ。
「大助、こちらへ」
「ははっ!」
秀頼公は自身の帯から家紋入りの刀を抜き、俺に手渡した。
「この宝刀は父より賜ったものだ。軽くて丈夫だ。きっとお前を助けるだろう。それから、豊臣家に伝わる念仏を教えよう。もし討ち死にしても、あの世で再び会えるらしいぞ」
「……殿下?」
「だが、お前は生きろ。その若さで道連れにするのは忍びない」
「ならば、殿下も生き延びてください!」
「余が死なねば、この戦国の世は終わらない。それが定めだ」
大野治長や毛利勝永が切腹の準備を進め、一同の介錯を始めた。曲輪の中は断末魔の叫びと覚悟の混じり合った、異様な空気に包まれる。
「我ら、豊臣ぞっ!」
次々と自刃していく中、何故か俺だけが相手にされなかった。
「……俺だけ、死なんでも良いのか? なんで?」
その時、秀頼公が最後に言った。
「大助、生きよっ! それが左衛門佐──真田幸村との約束だ!」
秀頼公が果て、豊臣家はここに滅亡した。
実は、父から「豊臣家の最後を見届けたら逃げよ」と厳命されていた。父が事前に手を回していたのだろうか。詳細は分からない。ただ、このままでは井伊隊に捕まり犬死にしてしまう。
俺は咄嗟に曲輪から飛び降り、井伊隊の追撃を振り切りながら走り去った。
「生きてやる!」
*
何度も寝返りを打ち、いつの間にか朝を迎えていた。
「若、川の水を飲んで出発しましょう」
「ああ……いや、待て」
人の気配がする。敵か? 身構える俺の前に、風に紛れて突如現れた男がいた。
「大助さま、ご無事でなにより」
「あ、佐助!」
髭面で小柄な男は、父に仕える猿飛佐助(50歳)だった。彼は真田十勇士の筆頭格とされる忍者だ。どうやら六郎が忍びの術で俺たちの居場所を知らせていたらしい。
「大殿より伝言です。『これより木津川を目指し、船で山陽方面へ逃げよ』との仰せです」
「父上が生きているのか!」
「はっ。重傷ではありますが、私どもがついております」
「そうか……それで、皆は無事なのか?」
「甚八も重傷ですが、三好兄弟らが匿い、介抱しております」
根津甚八(48歳)は父の影武者として敵を引き付けたのだろう。彼を思うと心が痛むが、父や従者たちが生きていることは何よりの朗報だった。
「よし、六郎、行くぞ!」
「ははっ!」
「大助さま、木津川には才蔵が先回りしています。才蔵と合流してください。それと、畿内は残党狩りで騒然としています。くれぐれもご用心を!」
「分かった、ありがとう佐助!」
俺たちは山を越え、木津川を目指して進んだ。父や仲間たちのためにも、生き延びなければならない。
1
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる