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第五章 芸州編 宝刀と共に消えた落武者
第49話 伊賀の内輪揉め
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大夫一行が広島城へ向かうべく、春日神社を出立したのは翌朝のことである。それに伴い、道順とその配下の下忍も移動を開始した。先導しているのは、芸州の隠密であるお紺たちだ。
服部半蔵は、既に江戸へ向かった道順の下忍を林道で始末したとの報告を受けていた。
「残るは道順と下忍一人か。広島城へ到着する前に決着をつける!」
半蔵率いる隠密たちは、鳥のごとき俊足でお紺たちの後を追った。
多くの家臣と荷車を引き連れた大夫一行は、さながら大名行列のような様相を呈し、その足取りは遅かった。そのゆるやかな進軍を確認しつつ、獣道を進む隠密たち。不意に、道順がお紺に直近の動向について報告を求めた。芸州組は、三月ごとに江戸へ連絡を入れていたのだ。
「おい、女。真田の親父が死んでたこと、承知してたのか?」
「……知りませんよお」
「ほう。では、宮本武蔵との闘いはどうだ? 助太刀したのか?」
「あのねえ、アタイらの任務は、真田親子の合流を見届けた上で芸州の動向を見極めること。それまでは子息の命と宝刀を守るのではなかったかしら? そもそも宮本が刺客かどうかも知らされてないのにぃ」
「……ふーん。お前たち、真田の倅に同情してるのではあるまいな?」
「ほほほ、まさかあ。芸州組は藤林さまの御指図通りに動いているわ。何も間違ってはいない」
「どうかな……その答えをそろそろ出そうか──」
道順の足がピタリと止まる。次の瞬間、お紺の背後に回り込み、素早く小刀を突きつけた。
「……何の真似? 死にたいの?」
「我らを抹殺する企てを、この道順が見抜けぬとでも思うたのか?」
お紺は目を細め、静かに微笑んだ。その刹那、しなやかな身体をひねり、道順の顔面へ後ろ回し蹴りを放つ。道順はとっさに身をかわし、クナイを投げつけた。
カキーンッ!
お紺は鋭い反応で小刀を振るい、クナイを弾き返す。その鮮やかな動きに、道順は驚きと親しみが入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「ほほう、やるのう。ああ……いやな、お前たちは頭領から疑われておっての」
道順の反乱に、お紺を含む芸州組の隠密三人が即座に反応し、彼と配下の下忍を囲んで戦闘態勢を取った。
「それは、あたいらが服部の流れを汲む忍びだから?」
「まあ、そういうことだ。芸州への派遣組は、頭領にとって厄介払いの人選だしな」
「伊賀同心、上層部のいざこざなんて、アタイらには関係ないわ。でも──売られた喧嘩は、買わないとねえ」
藤林長門守は、伊賀上忍三家の一つである藤林氏の当主であり、服部氏の服部半蔵、百地氏の百地丹波(三太夫)と並んで「伊賀三大上忍」と称されていた。その中で、伊賀同心が頭角を現したのは、徳川家康に仕えた二代目服部半蔵の時代である。
そして、三代目の服部正就は、父・正成の死後、伊賀同心二百人を率いて鉄砲奉行を務め、関ヶ原の戦いでは家康の護衛や城の防衛・偵察に従事した。しかし、藤林配下の伊賀同心との間で確執が生じ、不満を訴える目安が提出された。処分は免れたものの、将軍御目見え前に無断で夜間外出したことを理由に改易され、掛川で蟄居。後に許され松平家に仕えたが、大坂夏の陣で行方不明となり、遺体不明のまま高野山で葬儀が行われた──とされている。
「ふん。元よりまとまらぬ伊賀三家は、常に裏で権力闘争に明け暮れておった。服部半蔵を嵌めたのも、我らの頭領・藤林さまだ」
「……だから何なのよ?」
「頭領はな、服部の流れを汲む者を排除したいのだ……ん?」
──その時だった。
静寂に包まれた山道に、突如として冷たい空気が張り詰める。霧は濃さを増し、木々のざわめきさえ息をひそめたかのようだ。獣道で対峙する忍びたちの呼吸が止まり、その場に鋭い緊張が走る。
次の瞬間──風が弾けるような音が響き、漆黒の影が木立の間から飛び出した。
「……っ!」
鋭い刃がひゅう、と風を裂き、陽光を反射して閃光を放つ。それは道順の目の前をかすめ、反射的に後退した彼の鼻先を切り裂く寸前で止まった。
影は音もなく地に着地。同時に、後ろで下忍の死体が転がる。
そこに立つのは──黒装束の男。額当てには「服」の一文字。鋭い眼光は氷のように冷たく、視線を浴びた瞬間、息が詰まる。圧倒的な存在感が空気を支配し、場の緊張は極限に達していた。
「……服部半蔵。やはり貴様が裏で糸を引いていたか」
配下の死を目の当たりにした道順が歯を食いしばり、鋭く睨みつける。
「久しいな、道順。まだ生き恥をさらしていたか」
低く響く声が森に広がる。その威圧感は言葉以上に重く、空気を圧迫する。
道順は舌打ちし、素早くクナイを抜いた。
「我らを抹殺する気か!」
「それはお互い様だろう」
その言葉が終わるより早く──半蔵の姿が掻き消えた。
刹那、背後から鋭い殺気が走る。
「くっ……!」
道順が反射的に振り返るが、間に合わない。
「遅い」
耳元で低いささやきが響いた瞬間、背中に冷たい刃が突きつけられる。完璧な間合い。完璧な動き。逃れようのない死の気配。
「ぐっ……これが……服部半蔵……!」
道順は悔しさに歯を噛みしめるも、圧倒的な実力差を痛感していた。
そして、その場に崩れ落ちる──。
しかし、倒れた道順の口元はかすかに笑みを浮かべていた。
服部半蔵は、既に江戸へ向かった道順の下忍を林道で始末したとの報告を受けていた。
「残るは道順と下忍一人か。広島城へ到着する前に決着をつける!」
半蔵率いる隠密たちは、鳥のごとき俊足でお紺たちの後を追った。
多くの家臣と荷車を引き連れた大夫一行は、さながら大名行列のような様相を呈し、その足取りは遅かった。そのゆるやかな進軍を確認しつつ、獣道を進む隠密たち。不意に、道順がお紺に直近の動向について報告を求めた。芸州組は、三月ごとに江戸へ連絡を入れていたのだ。
「おい、女。真田の親父が死んでたこと、承知してたのか?」
「……知りませんよお」
「ほう。では、宮本武蔵との闘いはどうだ? 助太刀したのか?」
「あのねえ、アタイらの任務は、真田親子の合流を見届けた上で芸州の動向を見極めること。それまでは子息の命と宝刀を守るのではなかったかしら? そもそも宮本が刺客かどうかも知らされてないのにぃ」
「……ふーん。お前たち、真田の倅に同情してるのではあるまいな?」
「ほほほ、まさかあ。芸州組は藤林さまの御指図通りに動いているわ。何も間違ってはいない」
「どうかな……その答えをそろそろ出そうか──」
道順の足がピタリと止まる。次の瞬間、お紺の背後に回り込み、素早く小刀を突きつけた。
「……何の真似? 死にたいの?」
「我らを抹殺する企てを、この道順が見抜けぬとでも思うたのか?」
お紺は目を細め、静かに微笑んだ。その刹那、しなやかな身体をひねり、道順の顔面へ後ろ回し蹴りを放つ。道順はとっさに身をかわし、クナイを投げつけた。
カキーンッ!
お紺は鋭い反応で小刀を振るい、クナイを弾き返す。その鮮やかな動きに、道順は驚きと親しみが入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「ほほう、やるのう。ああ……いやな、お前たちは頭領から疑われておっての」
道順の反乱に、お紺を含む芸州組の隠密三人が即座に反応し、彼と配下の下忍を囲んで戦闘態勢を取った。
「それは、あたいらが服部の流れを汲む忍びだから?」
「まあ、そういうことだ。芸州への派遣組は、頭領にとって厄介払いの人選だしな」
「伊賀同心、上層部のいざこざなんて、アタイらには関係ないわ。でも──売られた喧嘩は、買わないとねえ」
藤林長門守は、伊賀上忍三家の一つである藤林氏の当主であり、服部氏の服部半蔵、百地氏の百地丹波(三太夫)と並んで「伊賀三大上忍」と称されていた。その中で、伊賀同心が頭角を現したのは、徳川家康に仕えた二代目服部半蔵の時代である。
そして、三代目の服部正就は、父・正成の死後、伊賀同心二百人を率いて鉄砲奉行を務め、関ヶ原の戦いでは家康の護衛や城の防衛・偵察に従事した。しかし、藤林配下の伊賀同心との間で確執が生じ、不満を訴える目安が提出された。処分は免れたものの、将軍御目見え前に無断で夜間外出したことを理由に改易され、掛川で蟄居。後に許され松平家に仕えたが、大坂夏の陣で行方不明となり、遺体不明のまま高野山で葬儀が行われた──とされている。
「ふん。元よりまとまらぬ伊賀三家は、常に裏で権力闘争に明け暮れておった。服部半蔵を嵌めたのも、我らの頭領・藤林さまだ」
「……だから何なのよ?」
「頭領はな、服部の流れを汲む者を排除したいのだ……ん?」
──その時だった。
静寂に包まれた山道に、突如として冷たい空気が張り詰める。霧は濃さを増し、木々のざわめきさえ息をひそめたかのようだ。獣道で対峙する忍びたちの呼吸が止まり、その場に鋭い緊張が走る。
次の瞬間──風が弾けるような音が響き、漆黒の影が木立の間から飛び出した。
「……っ!」
鋭い刃がひゅう、と風を裂き、陽光を反射して閃光を放つ。それは道順の目の前をかすめ、反射的に後退した彼の鼻先を切り裂く寸前で止まった。
影は音もなく地に着地。同時に、後ろで下忍の死体が転がる。
そこに立つのは──黒装束の男。額当てには「服」の一文字。鋭い眼光は氷のように冷たく、視線を浴びた瞬間、息が詰まる。圧倒的な存在感が空気を支配し、場の緊張は極限に達していた。
「……服部半蔵。やはり貴様が裏で糸を引いていたか」
配下の死を目の当たりにした道順が歯を食いしばり、鋭く睨みつける。
「久しいな、道順。まだ生き恥をさらしていたか」
低く響く声が森に広がる。その威圧感は言葉以上に重く、空気を圧迫する。
道順は舌打ちし、素早くクナイを抜いた。
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「遅い」
耳元で低いささやきが響いた瞬間、背中に冷たい刃が突きつけられる。完璧な間合い。完璧な動き。逃れようのない死の気配。
「ぐっ……これが……服部半蔵……!」
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