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第4章〜芸州編(其の伍)〜

第50話

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 山村にほど近い峠で安藤重信らが、村役人の木嶋や梶山、そして庄屋の忠左衛門と郎党による「おもてなし」を受けていると、忠次郎より知らせがあった。
 あと一山越えれば山村へ辿り着く。俺は「離れ」に居ても落ち着かなく、ふと街道沿いへ出た。すると多くの領民の姿が目に入る。まるで盆踊りのような人だかりだ。ただ、皆の表情は冴えない。俺を心配して見守ってるようだった。

「若、伊賀の者の気配が致しますぞ」
「そうか。やはり本隊より早く来たな」
「まあ、伊賀の者はお味方。敵はそれを指揮する男、ただ1人じゃ」
「六郎、十蔵、半蔵の合図があるまでは動くなよ」
「若、心得てます。爆弾を使わずに済ませたいわ」
「私の鉄砲もしかり……」

──と、その時である。
 ゴォー、ゴォー、ビュウー、ビュウー……。
 急に山の木々が左右へ揺れる。それから竜巻のような風が通り抜ける音が聞こえた。
「……若、お出ましになりましたぞ」

 砂煙が消えると同時にその男は姿を現した。伊賀忍者の頭領であり幕府へ仕える「藤林長門守」だ。周りは5人の伊賀の者で固められている。
 忍び装束の長門守は、薄笑いを浮かべながら俺の前へゆっくりと近づいて来た。

「やっと会えたな、真田大助……フフフ」
「……俺をどうするつもりか?」
「それは安藤さまがお決めになるだろう。私はその前に『宝刀』を貰いに来たのだ」
「宝刀は土の中へ埋めてある。近くの草原にだ」
「ほう、素直に応じるか。では案内してもらおう」

 半蔵の「策」通りに草原へ誘い出した。戦うつもりはないが、もし戦うならこの広い草原の方が動きやすい。それに十蔵の鉄砲も仕込んである。だが、誤算だったのは心配する領民が草原を囲うように集まってきたことだ。富盛の3兄弟にお雪、道場の門下生、神田や面前の主だった者、さらに廃城跡で共に復興してきた百姓たち、源と和、国宗の忠次郎、忠吾郎……そしてお久。

 皆の見守る中で、果たしてどんな展開が待っているのだろうか? 
 俺は不安に掻き立たれた。

 六郎らが土を掘り起こし木箱を取り出す。俺は木蓋を開け宝刀を握りしめた。それを長門守に突き出すように見せる。
「これが秀頼公から譲り受けた刀だ! 幕府へ献上致す!」
「……渡せ」
 俺は躊躇ためらいもなく側に居た伊賀の者へ渡す。よく見るとその伊賀の者は「お紺」である。無表情のお紺から宝刀を受け取った長門守は、豊臣家の家紋が入った鞘をじっくりと吟味した後、刀を抜いた。
「なるほど。……これが1国以上の価値があると言う宝刀か。美しく、まさに芸術品だな」
 長門守は感触を確かめるかの如く、刀を振り上げ振り下ろす。身体を回転させ円を描くよう空を斬る。
「軽い! 何て軽さなんだ。まるで手の感覚だ」
 長門守は俺の正面を向いて構え直した。口元が緩んでるように見える。
「お前はこの宝刀で徳川勢の足軽を次々と撫で斬りしたそうだな……フフフ」
「……だから何だ」
「私も宝刀の斬れ味を確かめてみたいのだ」
 その言葉をきっかけに伊賀の者らが間合いを取り、身をかがめて戦闘態勢をとる。やはり、ただでは済まないようだ。

 領民の悲鳴が聞こえた。突然現れた6人の忍者が俺と六郎、十蔵の3人に戦を仕掛けているのだ。
「六郎、十蔵、お前らは手を出すな!」
「心得ました、若……」
「ほう。1人で立ち向かう気か。良かろう、お前ごときに兵隊は使わぬ。私だけで十分……」

 半蔵の「策」通りの展開だ。出来れば伊賀の者の裏切りは露見したくないのだ。ただ、1対1の勝負となるが俺に勝算はない。恐らく長門守は安藤の沙汰なく勝手に俺を斬り殺しはしないだろう。そう考えての対決だが……。
 俺は福島さまより頂いた刀を抜いた。

「フン、遠慮は要らんぞ。真田大助」

 スーッと一瞬で視界から消えた長門守は、俺の後方へ姿を現し背中を斬りつける。間一髪でこれをかわすが、すかさず宝刀が襲う。
「カキーンッ、キンキンキンキンッ、ブゥン」と縦横斜めに振り抜く宝刀を受けるので精一杯だ。長門守の振りは異様に早く動きも読めない。流石は伊賀の頭領である。

 力の差を見せつけた長門守は急に動きを止めた。そして構えたまま、俺に尋問してくる。
「お前に聞きたいことがある」
「……何だ」
左衛門佐真田幸村の行方を知らないか?」
「知らん! 俺が聞きたいくらいだ!」
「そうか。まあ、お前が接触してないと報告は受けている。嘘ではないだろう。ではもう1つ。宝刀にまつわる伝説で『念仏』のことは知っておろう?」
「……ああ、知ってる」
「教えろ」
「……」

 念仏を言えば俺は殺されるだろうか? それとも流言だと言えば諦めてくれるだろうか? 

 俺は少し迷った。
 そもそも長門守は伝説を信じているのか……?


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