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第4章〜芸州編(其の伍)〜

第51話

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「さあ、言え」
「アンタは伝説を信じているのか?」 
「それを確かめている」
「これは俺の命を守る念仏だから教えられない」
「そうか。では、腕の1本でも斬り落とそうか」
 長門守は1歩2歩と前へ出て間合いをとる。どうやら本気のようだ。俺は心の中で念仏を唱えながら意識を集中させる。

 天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……。

「はあーーーーっ!!」
 長門守の渾身の一振りが俺を襲った。ザクんっ!
「うっ……」
 咄嗟とっさかわしたつもりが鋭い太刀筋を見切れず、微かに左肩を斬られた。
「わ、若ー!!」
「下がってろ、六郎!」
「し、しかし……」
「真田の忍びよ、1対1の勝負なのだ。主人の言うことを聞け」
「くっ……」
 六郎は渋々引き下がった。だが、その直後にまた長門守の鋭い振りが俺を襲った。ザクんっ!
「……!!」
 今度は左脚を斬られ、血を噴き出しながら片膝をついた。このままではマズい……と思ったその時である。
「キャーッ、大助さまーーっ!!」
 固唾を呑んで見守っていた領民の中からお久の悲痛な叫び声が響いた。お久は無謀にも草原の中へ入ろうとする。それを忠次郎らが必死に止めた。
「お久、危ないから下がってなさい!!」
「嫌です、離してください! 大助さま、もうおやめになってくださいっ!!」
 お久は必死で叫び続ける。その勇気に感化された領民が動いた。
「これ以上やるなら我ら富盛一門が助太刀致す!」
 富盛辰太郎、辰二郎、それに辰三郎が前へ出る。
「僕もやるぞ!」
「俺も!」
「私も!」
 忠吾郎や子供の門下生までもが、木刀を手に持ち構えを見せた。
 そんな暴走した村人を忠次郎が静止する。
「ええいっ、お前ら静かにせんかー!」
 そう怒鳴った忠次郎は1人で草原の中へ入っていき土下座をした。
「わ、私は庄屋代行の国宗忠次郎でございます。真田さまはこの村に欠かせないお人なのです。どうか刀を収めてください。お願い申し上げます!!」
「ち、忠次郎……」

 それを聞いた領民が一斉に声を張り上げた。
「そうじゃ、そうじゃ、帰れ、帰れー!」
 草原を取り囲む領民は100人を超えている。その声の大きさと迫力に長門守は驚き、配下に指示を出す。
「うるさい民衆を静かにさせよ。殺しても構わん」
「…………」
 だが、伊賀の者は誰1人として動こうとしない。
「何を躊躇ためらっておる? 行け!」

「フフフフフフ。……そこまでだ、長門守!!」
「な、なに!? 誰だっ!?」
 草原にそびえ立つ大木の太い幹から、その男は飛び降り姿を現した。
「……お、お、お前は……服部半蔵──!!」

 半蔵が合図すると、伊賀の者らが長門守を囲うように間合いを取り、身をかがめて戦闘態勢をとる。俺は六郎に引っ張られ、代わりに十蔵が鉄砲を構えた。

「ど、どう言うことだ、これは!?」
「お前の味方は1人も居ないってことだ」
「お前ら気は確かか!? 幕府へ弓引くのか!?」
「幕府ではない。お前には従えぬと言うことだ」
「半蔵っ、お主は一体誰に雇われてるんだ!?」
「私は誰にも雇われていない」
「では何故此処ここに居る!? 伊賀の者を寝返らせて何が目的だ!? 念仏か!? そうだな!? お主もやはり『宝刀』を狙っていたのか!!」
「最初はな。だが、伝説など存在しないことに気がついた。あれは流言だったんだ。秀吉の作り話よ」
「な、なに、流言だと……なるほど。フン、真田の腕前を見るとそうだろうな。無敵とは程遠いわ」
「分かったなら、それを持って安藤の元へ行け。『宝刀』は献上してやる。……それでも引かぬと申すなら私にも覚悟がある」
「……くそっ、半蔵よ、このままでは済まんぞ!」

 その頃、草原近くの街道へ幕府の上使である安藤重信と足軽隊が、道案内の村役人らに連れられ到着した。
 殺気立って群がっている100人を越す領民を見て、只事ではないと感じた一行は急いで草原の中へ足を踏み入れる。
「あー、こりゃ何事ですか!?」
 木嶋の目に、六郎に介抱された血だらけの俺が映った。
「ひ、ひゃーっ、さ、真田さまーー!?」

 安藤重信も足軽隊を引き連れ草原へ立ち、周りを一望した。

「長門守よ……何をしている?」
「あ、安藤さま……じ、実は……」


 


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