宝刀と共に消えた落武者──真田大助の秘史

鼻血の親分

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第六章 芸州編 この命が尽きるその日まで

第52話 伊賀の頭領

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 山村に近い峠では、安藤重信率いる幕府の小部隊が、村役人の木嶋や梶山、そして庄屋の忠左衛門と郎党による「おもてなし」を受けていた。これは、準備不足の俺のために少しでも時間を稼ぐ作戦のようだった。
 しかし、彼らがあと一山越えれば山村に到着する。俺は半蔵の作戦を何度も思い返していたが、出たとこ勝負の要素が強く、果たして思い通りに進むのか不安を拭えなかった。「離れ」にいても落ち着かず、ふと街道沿いへ出ると、多くの領民が集まっているのが目に入った。まるで盆踊りのような人だかりだが、皆の表情は冴えず、俺を案じながら見守っているのが伝わってきた。

「若、何やら気配がしますぞ」
「やはり本隊より先に来たか」
「まあ、芸州の伊賀衆は密かに味方についておる。敵は藤林とその配下忍びだけじゃ」
「六郎、十蔵、半蔵の合図があるまでは動くなよ」
「心得てます。できれば爆弾は使わずに済ませたいものですな」
「私の鉄砲も同じく……」

 ──その瞬間だった。

 ゴォォォ──ッ!

 山の木々が激しくしなり、風が唸りを上げる。まるで大気そのものが震えるかのように、竜巻のような突風が駆け抜けた。

「……お出ましになりましたぞ」

 砂煙が収まると、そこに佇んでいたのは──伊賀忍者の頭領にして幕府の忠臣、藤林長門守。漆黒の忍び装束を纏い、不敵な笑みを浮かべながら、鋭い眼光で俺を貫くように見据えている。
 その周囲を固めるのは三人の忍び。まるで獲物を逃さぬ獣のように低く構え、今にも飛びかからんとしている。
 しかし、それだけではない。
 いつの間にか、俺たちの周囲にはさらに五人の忍びが散開していた。だが、その顔ぶれには見覚えがあるもの。藤林に従うふりをしていた芸州組の忍びたちが、密かに俺たちを守るように布陣していたのだ。
 しかし、藤林はその異変にも微塵も動じる気配を見せない。むしろ楽しげに口角を吊り上げると、ねじれ切った背をゆらりと揺らし、俺の前へとにじり寄ってくる。その歩みは地面を滑るようで、まるで足が地に着いていないかのような不気味さを漂わせていた。

 藤林長門守──齢九十。 その背は長年の風雪に耐えた古木のように深く曲がりながらも、ただならぬ気迫を放っていた。細めた眼はなおも獲物を狙う老獪な獣のごとく鋭く、一歩踏み出すごとに周囲の空気が張り詰めていく。圧倒的な存在感に、まるで時間すら飲み込まれそうな錯覚を覚えた。

 何だ、この老人は……!? こ、これが伊賀の頭領だというのかっ!

 俺たちは言葉を失った。異様な存在感に圧倒され、動くことすらままならない。そんな俺たちの様子を愉しむかのように、藤林は不気味な笑みを浮かべながら歩み寄る。一歩、また一歩……。その足取りは遅いはずなのに、逃げ場が狭まっていく錯覚に陥る。まるで死神が静かに鎌を振り上げるかのように。

「やっと会えたなぁ……真田大助ぇ……」
 喉の奥から這い出るような、湿った声。
「この時を、どれほど待ちわびたことか。『宝刀と共に消えた』などと、ふふふ……この儂が騙されるとでも思ったかぁ……?」
 口元に貼りつくような笑みは、まるで死人の笑い顔だ。どこからそんな底知れぬ圧が生まれるのか。
「……俺をどうするつもりだ?」
「さぁてなぁ……それは安藤さまがお決めになること。儂はな……『宝刀』をいただきに参ったのじゃ……」
「宝刀なら、近くの草原に埋めてある」
「ほう……殊勝なことよ。ふふふ……さぁ、案内してもらおうか、大助ぇ……」

 藤林は背を曲げたまま、ギシギシと身体を軋ませながら近づいてくる。そのたび、冷たい霧が足元から立ち昇るように感じられた。

 半蔵の「策」通り、彼を草原へ誘い出した。戦うつもりはないが、いざとなれば広い草原の方が立ち回りやすい。それに、十蔵の鉄砲も既に仕込んである。
 だが誤算だったのは、噂を聞きつけた領民たちが次々と集まり、草原を囲むように取り巻いていることだった。
 富盛の三兄弟にお雪、道場の門下生、神田や面前の顔役たち、廃城跡で共に汗を流した百姓たち、源と和、そして国宗の忠次郎、忠吾郎……その中には、お久の姿もあった。

 大勢の視線が俺に注がれる。これから何が起きるのか──その不安と重圧が胸にのしかかった。



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