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第5部 赤壁大戦編
第95話 秘策!“ヒ”攻めの計!
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「誰ですか!」
本陣に到着した俺たちを出迎えたのは、美しく突き刺すような声であった。
「シュウユ司令官、ロシュクです。
リュービさんたちを連れて参りました」
「そうですか、ご苦労様です」
暗がりの奥より俺たちの前に現れたのは、まるで西洋人形のように美しい容姿の、金髪色白に、ゴスロリ風の衣裳を身に纏った女生徒。
彼女こそこの軍隊の総司令官を任されている美姫・シュウユである。
「リュービさん、よくお越しくださいました」
深々と一礼するシュウユに俺も頭を下げる。
俺は頭を上げ、間近でシュウユの顔を改めて見た。
その美しく整った顔は相変わらずだが、かつて会った時の朗らかさは消え失せ、その長い柳眉は逆立ち、眉間には皺が入り、眼光は炯々と輝き、その刺すような視線だけで相手の動きを止めるほどの威力であった。
その特徴的な服装が違っていれば別人と見紛うばかりの変わり様に、俺は一瞬言葉を失ってしまった。
「……。
シュウユさん自らの出陣に感謝します。
共にソウソウを討ちましょう」
その俺の提案に、シュウユはいなす様に返した。
「あのソウソウ本隊は我らで倒します。
リュービさんは他の部隊が出てきた時に備えておいてください」
「それではシュウユさんの軍隊の負担が大きくありませんか」
「構いません。
リュービさんの部隊は前の戦いの疲弊がまだ抜けていないのでしょう。
今は休息を優先し、その後に起きるであろう南校舎占領戦にご助力ください」
シュウユは直接口にこそ出さないものの、俺たちリュービ軍なんて当てにしていないといった態度だ。
だが、このぐらいの反応なら俺も想定の内だ。
「わかりました。
では、我が軍師・コウメイを引き続きここに置いておきます。
ご活用ください」
「では、お借りします。
それでは私たちは今後の作戦会議があるのでこれにて失礼いたします」
シュウユはコウメイも必要ないといった表情だが、提案を全て断るのも悪いと思ったのか、これを受け入れた。
こうして俺たちはまた一礼し、シュウユの元を去っていった。
「コウメイ、君のメモに従いここに残ってもらうけれど、これでよかったのか?」
コウメイをシュウユの陣営に残すのは、前に彼女から手渡されたメモにあったことだ。
俺はシュウユの陣営からの去り際に、ここに残ることになったコウメイに問うた。
「はい、シュウユさんは単独でソウソウを倒そうとするでしょう。
我らの加勢がゼロでは、この後の領地占領戦で不利になります。
一人でもいいからここに残り、実績を残しておくべきです」
「まあ、私も残るけどね」
そう言うゲツエイと共に、コウメイを残し、俺はカンウ・チョーヒと共に自陣営へと帰っていった。
しかし、シュウユがあれほど変貌しているとは思わなかった。
俺が前回会ったのはこの選挙戦が始まるより前であったが、その後、幼馴染みのソンサクが凶刃に倒れ、おそらくその穴を埋めるためであろうが、あそこまで自身を追い込んでいるとは。
シュウユ、あまり無理しなければいいが…
リュービが帰った後のシュウユ本陣。
その総司令官・シュウユはその美しい顔を歪ませ、一人悩んでいた。
「お悩みですか、シュウユさん」
そこへ一人、入ってきたのは、目にかかるぐらいの長さの薄水色の髪に、幼い顔つきの華奢な女生徒、先程リュービを送り出したリュービ陣営軍師・コウメイであった。
「コウメイさんですか。
これからのソウソウとの作戦を練っていただけです。
気にしないでください」
追い返そうとするシュウユに構わず、コウメイは話を続ける。
「もしや、悩まれているのはシュウユさん御自身の陣営のことではありませんか?」
「何を言われるのですか。
我が軍はソウソウ軍に数で劣るといえども精鋭強豪、決して遅れはとりませんよ」
「ですが、如何に精鋭であろうともわずかな亀裂で崩壊することもあります。
例えば裏切り者がいるとか…」
コウメイの言葉に、シュウユはピクリと反応し、聞き直した。
「…気づいていましたか」
「ソウソウはあまりにも東校舎の情勢に詳しい。
もちろん、各陣営ともに他陣営の情報収集に努めているものですが、ソウソウの東校舎に対する情報はそれ以上のものです」
そのコウメイの言葉に、シュウユは先のソウソウとの戦いの内容を語りだした。
「初戦、南校舎でリュービさんに攻め込もうとしたソウソウは、我が軍が見えるより先に渡り廊下に進路を変更しました。
おかげで奇襲するはずでした我が軍を、ソウソウは待ち構える形となりました。
結果、ソウソウを一時的に退けることこそ出来たものの、奇襲そのものは失敗し、致命傷を与えるまでにはいきませんでした。
それだけでしたら、敵の偵察兵の働きとも言えますが、ソウソウは去り際、私にこう言いました。
『“ソンケン”によろしく』と」
そのシュウユの言葉に、コウメイはあらかじめ予想していたかのように頷いた。
「なるほど、チュー坊様が通り名を“ソンケン”に改めたのは、開戦を決断したあの会議での場においてですね。
確かに秘密にしていることではありませんが、同盟者のリュービさんでさえ改名を知ったのはあの戦い後のロシュクさんの口からでした。
強行軍でリュービ陣営に攻め込んだソウソウが、あの時点でソンケンの名乗りを知っているのはあまりにも早い」
「コウメイさんもそう思われますか。
やはり内通者がいると考えるべきでしょうね…」
「はい、それもソウソウの情報力から見て、末端の兵士ではなく、重臣の中におられると考えて良いかと思います」
このソンケン陣営にソウソウのスパイが紛れている。
それはこれから始まるであろうソウソウとの決戦において、最大の障壁となり得る問題であった。
「それで、シュウユさん。
内通者に誰か心当たりはありますか?」
「やはり…
最も怪しいのはソンケン様のイトコ・ソンフンでしょうか。
ソンフンはサクちゃ…姉・ソンサクの代より折り合いが悪く、ソンケン様が後を継ぐ時も自分こそ後継者に相応しいと、ソンケン様の後継に不満を申しておりました」
「確かにお話を聞く限り、そのソンフンはソンケン陣営の不満分子と言えるでしょう。
しかし、ソンフンはこの戦いの直前、ソウソウと独自に交渉したことが発覚し、今は監視下に置かれていると聞きました」
ソンフンの問題は、開戦前の会議で議論され、その場にいたコウメイも知っていることであった。
「いえ、聞けば監視下といっても、かなり弛い管理だという話です。
ソウソウに連絡を行う隙はいくらもあることでしょう」
身内ということで対応が甘いらしく、シュウユもそれを歯がゆく思っていた。
だが、コウメイの意見は違った。
「いえ、監視下に置かれているのが問題なのではありません。
既にソウソウと接触を持ったことが公になっていることが問題なのです。
このような事が公になれば、当然その人物が得られる情報は制限されます。
ソウソウもこのような状況は把握しているでしょう。
あのソウソウが選んだ内通者にしては行動があまりにも迂闊すぎます。
仮に彼が内通者だったとしても、それはあくまで囮で、他に本命の内通者がいると考えるべきでしょう」
「コウメイ、確かにあなたの言われることはもっともです。
ソンフンが内通者ではあまりにもあからさますぎます。
むしろ、囮としてわざと目立たせているのかもしれません」
「はい、ですが、真の犯人探しは慎重に動くべきです。
上手くそれを利用できれば、反対にソウソウ軍に対して勝機となり得ます。
それと私に少し思い当たる人物がおります。
ソンケン様にお伝え願えないでしょうか」
そういうとコウメイは一人の名を挙げた。
その名とその対処にシュウユも頷き、ソンケンへ連絡を送ることとなった。
「なるほど、確かにその可能性はありますね。
早速、ソンケン様にお伝えし、この裏切り者を反対に利用することとしましょう」
「シュウユさんのお悩みが一つ解決できたようで良かったです。
では、私はこれにて…」
コウメイが一礼して立ち去ろうとしたが、シュウユは彼女を引き留めた。
「待ってください、コウメイ。
私はどうやらあなたの事を低く評価していたようです。
できればもう一つの悩みにも乗っていただけないでしょうか」
先ほどまでの仏頂面な態度とはうって変わり、シュウユは自ら頭を下げ、コウメイに請願した。
(どうやらシュウユさんに信用されるという第一の関門は突破できたようですね)
そう思いながらもコウメイは顔には出さず、神妙な面持ちのままシュウユに再び向き直った。
「それでもう一つのお悩みというのは、ソウソウの倒し方でございますか?」
「隠しても仕方のないことですね。
その通りです。
先程、我が軍は精鋭強豪とは申しましたが、それでもなお対するソウソウは強大です。
その上、戦ってみたところ、今対陣しているのはソウソウ本隊のみで他の武将はロクに姿を見せませんでした。
おそらく先行してソウソウ本隊のみが今来ている状況なのでしょう。
もし、今ここでの戦いが長引けばソウソウの武将がここに駆け付け、より勝利は困難になるでしょう。
我々は短期決戦にてソウソウを破らねばなりません。
そのためにあなたのお知恵をお借りしたい」
なるほど、シュウユの実力があれば、例えソウソウ相手であろうと善戦し、そのうちに勝機を見出だすこともできるかもしれない。
しかし、戦いが長引けばソウソウの武将たちがこの地に集まってくる。
現時点でさえ戦力差が大きいのに、さらに拡がればますます勝機が遠退いてしまう。
それを防ぐためには、すぐにでもソウソウを倒さねばならない。
あの学園随一の指揮官であるソウソウを…
さすがのシュウユも、あのソウソウ相手に短期決戦で破る術が思い付かない。
しかし、こうしている間にも時間は刻一刻と残酷にも過ぎ去っていた。
シュウユはコウメイの先ほど見せた頭の冴えに期待し、恥を偲んでよそ者であるこの華奢な少女に相談した。
「私は非才の身なればどれほど力をお貸しできるかわかりませんが、私にも策がないわけではありません」
そのコウメイの言葉にシュウユの顔に少し明るさが戻る。
「あるのですね!
では、その計をお聞かせ願えませんか」
「はい、“ヒ”を用いるのです」
しかし、続いて述べられたコウメイの策に、シュウユも狼狽を見せた。
「“火”ですか!
ソウソウ軍を焼き払うおつもりなのですか!
確かに火計ならばこの戦力差をひっくり返し、逆転できることでしょう。
しかし、学園内にて火を放てば、懲罰は免れないですし、死人が出ることもあり得ます。
…なるほど、サクちゃんの帰る場所を守るためなら退学や前科を受ける覚悟を持てということですか…
私一人の罪で収まるのであれば…」
なにやら物騒な事を一気呵成に話すシュウユを、慌ててコウメイは止めた。
「お、落ち着いてください、シュウユさん」
「しかし、コウメイ。
先ほど、あなたは“火”と言ったではありませんか」
そのシュウユの言葉を、コウメイは否定する。
「“火”ではありません。
“日”です。
太陽の力を利用するのです」
「“日”ですか?
それをどうしようと言うのですか?」
「おうおう、嬢ちゃんたち。
なかなか面白い話をしとるのう」
その時、シュウユとコウメイ、二人の話に割って入るように、野太い男性の声が届いた。
「あなたはコウガイさん!」
その訛りの混じった声の主、大柄で無精髭を生やし、太ももに赤いバンダナを巻いたその男子生徒はコウガイ。
兄・ソンケンの頃よりこの陣営に仕える宿将である。
「悪いのう、面白そうな話が聞こえてきたもんじゃけんの。
ワシも混ぜてもらえんかの
ついでにワシの面白い話も聞かせてやろう」
部屋の暗い雰囲気を吹き飛ばすような明るさでコウガイは話出した。
「面白い話ですか?」
シュウユの問いにコウガイはニッと笑い、懐から小箱を取り出した。
「この箱が先程ソウソウからワシに届けられたんじゃ。
中には草が入っとったわ」
「草ですか?」
そのシュウユの言葉にコウガイは笑いながら答える。
「“当帰”という薬草じゃそうじゃ。
昔、タイシジが同じ物を貰ったそうでな。
何でも、『当に帰るべし』という謎かけじゃそうじゃ。
奴め、バカなくせにこういう学はありよる」
「『当に帰るべし』…?
なるほど、タイシジは元北校舎の、コウガイさんは元南校舎の生徒でしたね。
元いた校舎に帰って来いという意味ですか」
「ああ、南校舎にいた頃、ワシはどこにでもいるガリ勉もやしっこじゃった。
それがソンケン(兄)の大将に出会ってから一変したんじゃ。
見よ、この肉体美を」
コウガイは、シュウユ・コウメイが若干引いているのもお構い無しに自慢の筋肉を見せつけてポーズを取る。
「コウガイさん、筋肉はいいので話を進めてください」
「おお、そうじゃった、そうじゃった。
もちろん、ワシはソウソウに降る気はないんじゃが、これを利用できんかと思ってのう」
「なるほど、確かにそれは使えるかもしれませんね。
しかし、私に協力していいのですか。
テイフさんは私の事を…」
シュウユはこの軍の副司令・テイフと未だギクシャクしていることを思い出していた。
そしてコウガイはテイフとの付き合いの方が深い。
そのコウガイが密かに自分と策を練れば、テイフとの関係がより悪化するのではないかと懸念していた。
しかし、その心配をコウガイはハッと笑い飛ばした。
「テイフは今、使命感に囚われとるだけで、本来は器の大きな男じゃ。
そんなちっぽけな蟠り、勝ってしまえばどこかに吹っ飛ぶわ。
この戦い、勝とうな、シュウユ!」
「はい、勝ちましょう!」
その言葉に勇気付けられたシュウユは強く答えた。
こうして、シュウユ・コウメイ・コウガイによる打倒ソウソウの秘策が動き出した。
本陣に到着した俺たちを出迎えたのは、美しく突き刺すような声であった。
「シュウユ司令官、ロシュクです。
リュービさんたちを連れて参りました」
「そうですか、ご苦労様です」
暗がりの奥より俺たちの前に現れたのは、まるで西洋人形のように美しい容姿の、金髪色白に、ゴスロリ風の衣裳を身に纏った女生徒。
彼女こそこの軍隊の総司令官を任されている美姫・シュウユである。
「リュービさん、よくお越しくださいました」
深々と一礼するシュウユに俺も頭を下げる。
俺は頭を上げ、間近でシュウユの顔を改めて見た。
その美しく整った顔は相変わらずだが、かつて会った時の朗らかさは消え失せ、その長い柳眉は逆立ち、眉間には皺が入り、眼光は炯々と輝き、その刺すような視線だけで相手の動きを止めるほどの威力であった。
その特徴的な服装が違っていれば別人と見紛うばかりの変わり様に、俺は一瞬言葉を失ってしまった。
「……。
シュウユさん自らの出陣に感謝します。
共にソウソウを討ちましょう」
その俺の提案に、シュウユはいなす様に返した。
「あのソウソウ本隊は我らで倒します。
リュービさんは他の部隊が出てきた時に備えておいてください」
「それではシュウユさんの軍隊の負担が大きくありませんか」
「構いません。
リュービさんの部隊は前の戦いの疲弊がまだ抜けていないのでしょう。
今は休息を優先し、その後に起きるであろう南校舎占領戦にご助力ください」
シュウユは直接口にこそ出さないものの、俺たちリュービ軍なんて当てにしていないといった態度だ。
だが、このぐらいの反応なら俺も想定の内だ。
「わかりました。
では、我が軍師・コウメイを引き続きここに置いておきます。
ご活用ください」
「では、お借りします。
それでは私たちは今後の作戦会議があるのでこれにて失礼いたします」
シュウユはコウメイも必要ないといった表情だが、提案を全て断るのも悪いと思ったのか、これを受け入れた。
こうして俺たちはまた一礼し、シュウユの元を去っていった。
「コウメイ、君のメモに従いここに残ってもらうけれど、これでよかったのか?」
コウメイをシュウユの陣営に残すのは、前に彼女から手渡されたメモにあったことだ。
俺はシュウユの陣営からの去り際に、ここに残ることになったコウメイに問うた。
「はい、シュウユさんは単独でソウソウを倒そうとするでしょう。
我らの加勢がゼロでは、この後の領地占領戦で不利になります。
一人でもいいからここに残り、実績を残しておくべきです」
「まあ、私も残るけどね」
そう言うゲツエイと共に、コウメイを残し、俺はカンウ・チョーヒと共に自陣営へと帰っていった。
しかし、シュウユがあれほど変貌しているとは思わなかった。
俺が前回会ったのはこの選挙戦が始まるより前であったが、その後、幼馴染みのソンサクが凶刃に倒れ、おそらくその穴を埋めるためであろうが、あそこまで自身を追い込んでいるとは。
シュウユ、あまり無理しなければいいが…
リュービが帰った後のシュウユ本陣。
その総司令官・シュウユはその美しい顔を歪ませ、一人悩んでいた。
「お悩みですか、シュウユさん」
そこへ一人、入ってきたのは、目にかかるぐらいの長さの薄水色の髪に、幼い顔つきの華奢な女生徒、先程リュービを送り出したリュービ陣営軍師・コウメイであった。
「コウメイさんですか。
これからのソウソウとの作戦を練っていただけです。
気にしないでください」
追い返そうとするシュウユに構わず、コウメイは話を続ける。
「もしや、悩まれているのはシュウユさん御自身の陣営のことではありませんか?」
「何を言われるのですか。
我が軍はソウソウ軍に数で劣るといえども精鋭強豪、決して遅れはとりませんよ」
「ですが、如何に精鋭であろうともわずかな亀裂で崩壊することもあります。
例えば裏切り者がいるとか…」
コウメイの言葉に、シュウユはピクリと反応し、聞き直した。
「…気づいていましたか」
「ソウソウはあまりにも東校舎の情勢に詳しい。
もちろん、各陣営ともに他陣営の情報収集に努めているものですが、ソウソウの東校舎に対する情報はそれ以上のものです」
そのコウメイの言葉に、シュウユは先のソウソウとの戦いの内容を語りだした。
「初戦、南校舎でリュービさんに攻め込もうとしたソウソウは、我が軍が見えるより先に渡り廊下に進路を変更しました。
おかげで奇襲するはずでした我が軍を、ソウソウは待ち構える形となりました。
結果、ソウソウを一時的に退けることこそ出来たものの、奇襲そのものは失敗し、致命傷を与えるまでにはいきませんでした。
それだけでしたら、敵の偵察兵の働きとも言えますが、ソウソウは去り際、私にこう言いました。
『“ソンケン”によろしく』と」
そのシュウユの言葉に、コウメイはあらかじめ予想していたかのように頷いた。
「なるほど、チュー坊様が通り名を“ソンケン”に改めたのは、開戦を決断したあの会議での場においてですね。
確かに秘密にしていることではありませんが、同盟者のリュービさんでさえ改名を知ったのはあの戦い後のロシュクさんの口からでした。
強行軍でリュービ陣営に攻め込んだソウソウが、あの時点でソンケンの名乗りを知っているのはあまりにも早い」
「コウメイさんもそう思われますか。
やはり内通者がいると考えるべきでしょうね…」
「はい、それもソウソウの情報力から見て、末端の兵士ではなく、重臣の中におられると考えて良いかと思います」
このソンケン陣営にソウソウのスパイが紛れている。
それはこれから始まるであろうソウソウとの決戦において、最大の障壁となり得る問題であった。
「それで、シュウユさん。
内通者に誰か心当たりはありますか?」
「やはり…
最も怪しいのはソンケン様のイトコ・ソンフンでしょうか。
ソンフンはサクちゃ…姉・ソンサクの代より折り合いが悪く、ソンケン様が後を継ぐ時も自分こそ後継者に相応しいと、ソンケン様の後継に不満を申しておりました」
「確かにお話を聞く限り、そのソンフンはソンケン陣営の不満分子と言えるでしょう。
しかし、ソンフンはこの戦いの直前、ソウソウと独自に交渉したことが発覚し、今は監視下に置かれていると聞きました」
ソンフンの問題は、開戦前の会議で議論され、その場にいたコウメイも知っていることであった。
「いえ、聞けば監視下といっても、かなり弛い管理だという話です。
ソウソウに連絡を行う隙はいくらもあることでしょう」
身内ということで対応が甘いらしく、シュウユもそれを歯がゆく思っていた。
だが、コウメイの意見は違った。
「いえ、監視下に置かれているのが問題なのではありません。
既にソウソウと接触を持ったことが公になっていることが問題なのです。
このような事が公になれば、当然その人物が得られる情報は制限されます。
ソウソウもこのような状況は把握しているでしょう。
あのソウソウが選んだ内通者にしては行動があまりにも迂闊すぎます。
仮に彼が内通者だったとしても、それはあくまで囮で、他に本命の内通者がいると考えるべきでしょう」
「コウメイ、確かにあなたの言われることはもっともです。
ソンフンが内通者ではあまりにもあからさますぎます。
むしろ、囮としてわざと目立たせているのかもしれません」
「はい、ですが、真の犯人探しは慎重に動くべきです。
上手くそれを利用できれば、反対にソウソウ軍に対して勝機となり得ます。
それと私に少し思い当たる人物がおります。
ソンケン様にお伝え願えないでしょうか」
そういうとコウメイは一人の名を挙げた。
その名とその対処にシュウユも頷き、ソンケンへ連絡を送ることとなった。
「なるほど、確かにその可能性はありますね。
早速、ソンケン様にお伝えし、この裏切り者を反対に利用することとしましょう」
「シュウユさんのお悩みが一つ解決できたようで良かったです。
では、私はこれにて…」
コウメイが一礼して立ち去ろうとしたが、シュウユは彼女を引き留めた。
「待ってください、コウメイ。
私はどうやらあなたの事を低く評価していたようです。
できればもう一つの悩みにも乗っていただけないでしょうか」
先ほどまでの仏頂面な態度とはうって変わり、シュウユは自ら頭を下げ、コウメイに請願した。
(どうやらシュウユさんに信用されるという第一の関門は突破できたようですね)
そう思いながらもコウメイは顔には出さず、神妙な面持ちのままシュウユに再び向き直った。
「それでもう一つのお悩みというのは、ソウソウの倒し方でございますか?」
「隠しても仕方のないことですね。
その通りです。
先程、我が軍は精鋭強豪とは申しましたが、それでもなお対するソウソウは強大です。
その上、戦ってみたところ、今対陣しているのはソウソウ本隊のみで他の武将はロクに姿を見せませんでした。
おそらく先行してソウソウ本隊のみが今来ている状況なのでしょう。
もし、今ここでの戦いが長引けばソウソウの武将がここに駆け付け、より勝利は困難になるでしょう。
我々は短期決戦にてソウソウを破らねばなりません。
そのためにあなたのお知恵をお借りしたい」
なるほど、シュウユの実力があれば、例えソウソウ相手であろうと善戦し、そのうちに勝機を見出だすこともできるかもしれない。
しかし、戦いが長引けばソウソウの武将たちがこの地に集まってくる。
現時点でさえ戦力差が大きいのに、さらに拡がればますます勝機が遠退いてしまう。
それを防ぐためには、すぐにでもソウソウを倒さねばならない。
あの学園随一の指揮官であるソウソウを…
さすがのシュウユも、あのソウソウ相手に短期決戦で破る術が思い付かない。
しかし、こうしている間にも時間は刻一刻と残酷にも過ぎ去っていた。
シュウユはコウメイの先ほど見せた頭の冴えに期待し、恥を偲んでよそ者であるこの華奢な少女に相談した。
「私は非才の身なればどれほど力をお貸しできるかわかりませんが、私にも策がないわけではありません」
そのコウメイの言葉にシュウユの顔に少し明るさが戻る。
「あるのですね!
では、その計をお聞かせ願えませんか」
「はい、“ヒ”を用いるのです」
しかし、続いて述べられたコウメイの策に、シュウユも狼狽を見せた。
「“火”ですか!
ソウソウ軍を焼き払うおつもりなのですか!
確かに火計ならばこの戦力差をひっくり返し、逆転できることでしょう。
しかし、学園内にて火を放てば、懲罰は免れないですし、死人が出ることもあり得ます。
…なるほど、サクちゃんの帰る場所を守るためなら退学や前科を受ける覚悟を持てということですか…
私一人の罪で収まるのであれば…」
なにやら物騒な事を一気呵成に話すシュウユを、慌ててコウメイは止めた。
「お、落ち着いてください、シュウユさん」
「しかし、コウメイ。
先ほど、あなたは“火”と言ったではありませんか」
そのシュウユの言葉を、コウメイは否定する。
「“火”ではありません。
“日”です。
太陽の力を利用するのです」
「“日”ですか?
それをどうしようと言うのですか?」
「おうおう、嬢ちゃんたち。
なかなか面白い話をしとるのう」
その時、シュウユとコウメイ、二人の話に割って入るように、野太い男性の声が届いた。
「あなたはコウガイさん!」
その訛りの混じった声の主、大柄で無精髭を生やし、太ももに赤いバンダナを巻いたその男子生徒はコウガイ。
兄・ソンケンの頃よりこの陣営に仕える宿将である。
「悪いのう、面白そうな話が聞こえてきたもんじゃけんの。
ワシも混ぜてもらえんかの
ついでにワシの面白い話も聞かせてやろう」
部屋の暗い雰囲気を吹き飛ばすような明るさでコウガイは話出した。
「面白い話ですか?」
シュウユの問いにコウガイはニッと笑い、懐から小箱を取り出した。
「この箱が先程ソウソウからワシに届けられたんじゃ。
中には草が入っとったわ」
「草ですか?」
そのシュウユの言葉にコウガイは笑いながら答える。
「“当帰”という薬草じゃそうじゃ。
昔、タイシジが同じ物を貰ったそうでな。
何でも、『当に帰るべし』という謎かけじゃそうじゃ。
奴め、バカなくせにこういう学はありよる」
「『当に帰るべし』…?
なるほど、タイシジは元北校舎の、コウガイさんは元南校舎の生徒でしたね。
元いた校舎に帰って来いという意味ですか」
「ああ、南校舎にいた頃、ワシはどこにでもいるガリ勉もやしっこじゃった。
それがソンケン(兄)の大将に出会ってから一変したんじゃ。
見よ、この肉体美を」
コウガイは、シュウユ・コウメイが若干引いているのもお構い無しに自慢の筋肉を見せつけてポーズを取る。
「コウガイさん、筋肉はいいので話を進めてください」
「おお、そうじゃった、そうじゃった。
もちろん、ワシはソウソウに降る気はないんじゃが、これを利用できんかと思ってのう」
「なるほど、確かにそれは使えるかもしれませんね。
しかし、私に協力していいのですか。
テイフさんは私の事を…」
シュウユはこの軍の副司令・テイフと未だギクシャクしていることを思い出していた。
そしてコウガイはテイフとの付き合いの方が深い。
そのコウガイが密かに自分と策を練れば、テイフとの関係がより悪化するのではないかと懸念していた。
しかし、その心配をコウガイはハッと笑い飛ばした。
「テイフは今、使命感に囚われとるだけで、本来は器の大きな男じゃ。
そんなちっぽけな蟠り、勝ってしまえばどこかに吹っ飛ぶわ。
この戦い、勝とうな、シュウユ!」
「はい、勝ちましょう!」
その言葉に勇気付けられたシュウユは強く答えた。
こうして、シュウユ・コウメイ・コウガイによる打倒ソウソウの秘策が動き出した。
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