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第5部 赤壁大戦編
第96話 苦肉!コウガイ降伏!
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東校舎・シュウユ本陣~
渡り廊下を挟み、ソウソウ本陣と対面するこの場所に、シュウユ以下、ソンケン陣営の武将たちが集まっていた。
その中心に陣取る、まるで西洋人形のように美しい容姿の、金髪色白に、ゴスロリ風の衣裳を身に纏った女生徒、この軍の総司令官・シュウユが朱塗りの木刀を手に、集めた武将たちに指示を飛ばした。
「皆さん、決戦の時は来ました。
これ以上、滞陣を続ければ我らが不利となります。
これよりソウソウ軍へ総攻撃を仕掛けます。
皆さんはすぐに決戦準備に入ってください」
しかし、その総司令官・シュウユの指示に待ったをかける者がいた。
手首に赤いバンダナを巻いた細身で眼鏡をかけた男子生徒、この軍の副司令・テイフである。
「待て、シュウユ。
そのような大事なことは副司令である俺にまず相談すべきではないか」
この軍の総司令と副司令の間に険悪な空気が流れる。
そして、その流れに乗るように、一人の男子生徒が間に入ってきた。
「その通りじゃ!
そのような大事、まずワシらソンケン(兄)の大将の頃より仕える宿将に相談するのが筋じゃろう。
シュウユ、貴様二年生の分際でワシら先輩を無視するんか!」
その声の主は、大柄で無精髭を生やし、太ももに赤いバンダナを巻いた男子生徒、テイフと同じ三年生のコウガイであった。
「コウガイさん、私はこの軍の総司令官ですよ。
二年生も三年生も関係ありません!」
「何が無関係なものか!
まだ二年生のお前さんには戦いがどういうものかわかるまい!
敵は強大なソウソウ軍じゃ!
ここは堅牢に守り、ソウソウ軍に隙を生まれるのを待つのが定石じゃ!
総攻撃なぞ死にに行くようなもんじゃ!」
そのコウガイの言葉に、今度はシュウユが強い口調で言い返す。
「待っていれば隙が生まれるような相手とお思いですか!
コウガイさん、私の持つこの朱塗りの木刀がどういうものか知っているでしょう。
この木刀はかの伝説の卒業生・カンシンの愛刀にして、我がソンケン陣営の至宝、そしてソンケン様の代理である証。
この木刀を持つ私に逆らうという事はソンケン様に逆らうと同義です」
シュウユはそのソンケンより託された総司令官の証・朱塗りの木刀を掲げ、鋒をコウガイに向けた。
「ほう、面白いのう。
やれるものならやってみい!
ワシの主はあくまで空手部の主将であったソンケン(兄)の大将!
弟もお前さんのなまくら腕も何も恐れはせんわ!」
今にも掴みかからんとするコウガイの剣幕に、テイフ始め周りの武将たちは慌てて彼を取り押さえた。
「離さんかテイフ!
ワシはお前の代弁をしとるだけじゃ!」
「落ち着けコウガイ!
俺はそんなつもりで言ったわけではない!
ましてやソンケン様に対して先ほどの言葉は無礼だぞ!
そんな事をソンケン(兄)の大将が望むと思うのか!」
さすがのコウガイも数多の武将たちに取り押さえられてはどうすることも出来ず、観念してその場に屈服した。
その大人しくなったコウガイに改めて、シュウユは改めて木刀を向けた。
「さて、コウガイさん。
あなたは総司令官である私に逆らい、さらには無礼にもソンケン様を中傷した。
その罪は償ってもらいます。
あなたを仗打ち百叩きの刑とします」
無情にもコウガイの刑を執行しようとするシュウユを止めたのは副司令・テイフであった。
「待ってくれシュウユ。
コウガイは少し熱くなってしまっただけだ。
俺も共に謝るからその刑罰は許してくれないだろうか」
そのテイフの言葉に、しばしシュウユは思考して後に口を開いた。
「……。
そうですね、今のご時世体罰のようなことは慎むべきです。
百叩きの刑は止めましょう。
しかし、罰そのものは受けてもらいます。
コウガイさん、あなたを謹慎処分といたします。
また、あなたの率いる部隊も連帯責任として同じ処分を受けてもらいます。
別室にてあなた方を監禁します。
そこで反省してください」
「わかった。
テイフにまで頭を下げさせてしまったからには受けぬわけにはいかんのう。
その罰受けよう」
コウガイはシュウユの罰を受け、少し離れた教室へと監禁された。
「コウガイさん、監禁中は外との交流は許しません。
戸を締め切り、カーテンを閉め切り、照明を消しておきます。
真っ暗闇のこの教室で黙想でもして静かに過ごしてください」
シュウユの指示により戸にはつっかえ棒を入れて締め切り、この監禁中、他の生徒がこの教室に立ち寄ることは固く禁じられた。
「テイフさん、あなたの顔を立てて罰を軽くしたのです。
立ち寄らないようお願いしますね」
「わかっている。
コウガイが受け入れたのに、俺だけ駄々をこねるような真似はせん」
シュウユの指示にテイフも渋々ながらも応じ、教室から離れていった。
そして、その締め切られた教室にはコウガイとその部下のみが残された。
「シュウユもテイフも行ったようじゃな」
監禁された無精髭を生やした宿将・コウガイは暗闇の中、部下たちへ語りかけた。
「では、お前さんたちにこれより極秘任務を伝える…」
ソウソウ本陣~
渡り廊下を挟み、シュウユ本陣と対面する南校舎側にこの学園の仮の生徒会長・ソウソウの本陣はあった。
「おーしおーし。
お前は可愛いなぁ」
本陣奥にて山猫・絶影を撫でる赤黒い髪と瞳、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの白い肌の露出が多い女生徒。
彼女こそリュービ、ソンケンの宿敵・ソウソウである。
「ソウソウ会長、猫を撫でてる場合ではありませんよ。
早く戦いに決着を付けねばなりません」
ソウソウに対し諫言するのは茶髪にツリ目の一際背の高い女生徒、参謀・テイイクであった。
「しかし、テイイク、そう言うがな、なかなか難しい戦いだ。
シュウユを全力で攻めれば、リュービに側面を攻められ、リュービを全力で攻めればシュウユに側面を突かれる状況だ。
かといって部隊を分けて勝てるほどどちらも甘い相手ではない」
「やはりここは誰か南校舎より武将を呼び寄せるべきではありませんか」
ソウソウの言葉にテイイクは提案をする。
リュービを討つために、他の武将たちを南校舎に置いたままこの戦場に急行したソウソウだったが、今頃各地に散っていたソウソウの武将たちも図書室に集結している頃だろう。
彼らを呼び寄せれば一気にこの戦いを好転させることができる。
だが、その意見にソウソウは消極的であった。
「しかし、南校舎の防衛のためにも全員を連れてはこれない。
だが、相手はリュービにシュウユ、半端に連れてきても防ぎきれないだろう」
リュービのその戦巧者ぶりには今まで散々手を焼かされ、彼女の部下は何度も一蹴されてきた。
また、敵司令官・シュウユの能力もソウソウは高く買っていた。
彼女の能力面はソンサクの覇業を支えたその実績から十二分に証明されていた。
また、ソンケンがソンサクの後を継いだばかりで勢力が不安定であった頃、ソウソウはシュウユの同窓・ショウカンを派遣し、自分に味方するよう説得した。
だが、いかなる待遇や恩賞を約束しても、シュウユはその誘いに一切耳を貸さなかった。
その事があって、ソウソウはシュウユの能力面のみならず人格面も高く評価するようになっていた。
リュービとシュウユ、どちらも相手するには並みの武将では務まらず、ソウソウとしては一大兵団を組んで当たらせたいところだが、未だ不安定な南校舎を空にするわけにはいかなかった。
「だが、テイイク、私が何もせず手をこまねいているわけではないことを知っているだろう。
今、シュウユ軍には密かに寝返り工作をしかけている。
上手くいけばシュウユ軍を崩壊させられるぞ」
リュービ軍の人員はあの撤退戦を生き残り、なおもリュービに従っている連中だ。
ちょっとやそっとの寝返り工作で、今さらソウソウに靡く連中ではないだろう。
対してソンケン陣営は元々ソウソウ降伏論者が多数派だったのを、シュウユ・ロシュクが強引に開戦へと持ち込んだことは、すでにソウソウはソンケン陣営の内通者から情報を得て知っていた。
さらにシュウユのよく言えば高潔、悪く言えば頑固なその人柄は、ソンケン陣営の諸将から煙たがられる遠因にもなっていた。
そこでソウソウは標的をシュウユ軍に絞り、徐々にその武将たちへの接触を謀っていた。
「ソンケン陣営の多くは元々、私と戦うのは不本意であった。
今はまだソンケンへの遠慮があるが、誰か一人でも私に寝返れば、雪崩をうって次々と降伏してくるだろう」
「そんなソウソウ会長に朗報です」
そう言いながらソウソウの前に現れたのは、Tシャツに黄色のパーカー、ショートパンツ姿で、首にヘッドフォンをかけた細身で背の低い女生徒、参謀・カクであった。
「ソウソウ会長、コウガイの使者と名乗る男が密かに我が軍に訪ねてきました」
コウガイの名にソウソウは一気に喜色を露にした。
「コウガイだと。
確かコウガイは、兄・ソンケンの頃から仕える宿将であったな。
これはいい。
もし、宿将のコウガイが我が陣営に降伏すれば、他の者も遠慮なく後に続いて私に降伏するようになるだろう。
一人目としてこれ程最適な人物はいない。
丁重にここに通せ」
コウガイの使者はソウソウの前へと通されると、その場に跪き、一通の手紙を差し出しながら述べた。
「ソウソウ会長、私はコウガイ将軍の部下です。
我が大将・コウガイはソウソウ会長への帰順を望んでおられます。
詳しい話はこの手紙に書いてあります。
御一読ください」
ソウソウはコウガイからの手紙を開封し、読み上げた。
『私、コウガイは先々代のソンケンの頃より部隊を任され、厚い礼遇を受けております。
しかし、天下には情勢があり、東校舎の生徒のみで学園の覇者・ソウソウ様に抗っても敵わぬことは誰の目にも明らかです。
東校舎の文武の官は賢愚の別なく皆、その敵わぬことを承知していたのですが、ただシュウユとロシュクのみが浅慮から開戦へと至ったのであります。
さらにシュウユは我らの言葉にも耳を傾けず、独断専行の態度ははますます強くなっており、多くの武将は不平を溜めております。
こうした状況により、私、コウガイはソウソウ会長へ身を寄せることを決めたのであります。
もし、ソウソウ会長が私を受け入れていただけるのであれば、情勢を見つつ適当なところで寝返り、あなた様のために命をかけて働かせていただきます』
その降伏を願い出るコウガイからの手紙を読み終わり、ソウソウは満足そうに頭を上げた。
「ふふ、手紙とは古風なことだな。
だが、知らぬアドレスから突然連絡が来るより信用できる」
「ソウソウ会長。
他にコウガイ将軍より、連絡用のアドレスと、信用していただけるよう学生証を預かっております。
お受け取りください」
「学生証、黄林覆。
…なるほど、コウガイ本人の物に間違いはないようだ。
しかし、コウガイ殿ほどの気骨ある宿将が我が陣営に加わっていただけるとはな。
そこまでシュウユの独断専行はひどいのか」
ソウソウの問いにコウガイからの使者は答える。
「はい、コウガイ将軍がシュウユ司令官に意見を申し上げたところ、シュウユ司令官は烈火の如く怒り、謹慎と称してコウガイ将軍を教室に監禁してしまわれました。
コウガイ将軍もついに我慢の限界に達し、ソウソウ会長への帰順を決められ、私に手紙を託し、密かに逃がされました」
「そうかそうか。
もし、コウガイ将軍が本当に我が陣営にくるのであれば、これまでに例がないほどの待遇と恩賞を約束しよう。
この者を丁重にもてなせ」
参謀・カクは歓待を行おうと、コウガイの使者を別室へと連れ出した。
コウガイの使者を見送ると、テイイクはソウソウへ話しかけた。
「ソウソウ会長、このコウガイの話を信じられますか」
その問いにソウソウも先ほどの笑顔とは一転、神妙な面持ちで返した。
「まだわからんな。
だが、事実ならシュウユ軍を崩壊されるほどの大物だ。
降伏は不名誉はもの、誰も最初の一人にはなりたがらない。
だが、最初の一人、それも三代仕えた宿将が降伏したとなれば、他の者たちは誰も遠慮する必要がなくなる。
コウガイに続いて、他の武将たちも降伏してくれればシュウユ軍は崩壊する。
シュウユ軍が崩壊すれば、残すは孤立したリュービ軍のみ。
それならどうとでもやりようがある。
上手くいけば我が軍の勝利は確定だ!」
「確かに、この降伏が事実であるならシュウユ軍を崩壊させるきっかけにもなり得ましょう。
しかし、罠である可能性も考慮しておくべきです」
「当然だ。
ソンケン陣営に潜ませた内通者にも探らせよう」
こうして、長らく睨み合いを続けていたシュウユ・ソウソウ両陣営は決戦に向け、慌ただしく動き始めた。
そして、その両陣営を静かに見守る少女が一人。
リュービ陣営の軍師・コウメイであった。
「準備は整いました。
後はタイミングだけです。
リュービさんが流浪の身で終わるのか、はたまた王者になられるか。
すべてはこの一戦次第。
リュービさん、後は頼みます」
ここにリュービ・シュウユ連合対ソウソウの決戦の火蓋は切って落とされた。
渡り廊下を挟み、ソウソウ本陣と対面するこの場所に、シュウユ以下、ソンケン陣営の武将たちが集まっていた。
その中心に陣取る、まるで西洋人形のように美しい容姿の、金髪色白に、ゴスロリ風の衣裳を身に纏った女生徒、この軍の総司令官・シュウユが朱塗りの木刀を手に、集めた武将たちに指示を飛ばした。
「皆さん、決戦の時は来ました。
これ以上、滞陣を続ければ我らが不利となります。
これよりソウソウ軍へ総攻撃を仕掛けます。
皆さんはすぐに決戦準備に入ってください」
しかし、その総司令官・シュウユの指示に待ったをかける者がいた。
手首に赤いバンダナを巻いた細身で眼鏡をかけた男子生徒、この軍の副司令・テイフである。
「待て、シュウユ。
そのような大事なことは副司令である俺にまず相談すべきではないか」
この軍の総司令と副司令の間に険悪な空気が流れる。
そして、その流れに乗るように、一人の男子生徒が間に入ってきた。
「その通りじゃ!
そのような大事、まずワシらソンケン(兄)の大将の頃より仕える宿将に相談するのが筋じゃろう。
シュウユ、貴様二年生の分際でワシら先輩を無視するんか!」
その声の主は、大柄で無精髭を生やし、太ももに赤いバンダナを巻いた男子生徒、テイフと同じ三年生のコウガイであった。
「コウガイさん、私はこの軍の総司令官ですよ。
二年生も三年生も関係ありません!」
「何が無関係なものか!
まだ二年生のお前さんには戦いがどういうものかわかるまい!
敵は強大なソウソウ軍じゃ!
ここは堅牢に守り、ソウソウ軍に隙を生まれるのを待つのが定石じゃ!
総攻撃なぞ死にに行くようなもんじゃ!」
そのコウガイの言葉に、今度はシュウユが強い口調で言い返す。
「待っていれば隙が生まれるような相手とお思いですか!
コウガイさん、私の持つこの朱塗りの木刀がどういうものか知っているでしょう。
この木刀はかの伝説の卒業生・カンシンの愛刀にして、我がソンケン陣営の至宝、そしてソンケン様の代理である証。
この木刀を持つ私に逆らうという事はソンケン様に逆らうと同義です」
シュウユはそのソンケンより託された総司令官の証・朱塗りの木刀を掲げ、鋒をコウガイに向けた。
「ほう、面白いのう。
やれるものならやってみい!
ワシの主はあくまで空手部の主将であったソンケン(兄)の大将!
弟もお前さんのなまくら腕も何も恐れはせんわ!」
今にも掴みかからんとするコウガイの剣幕に、テイフ始め周りの武将たちは慌てて彼を取り押さえた。
「離さんかテイフ!
ワシはお前の代弁をしとるだけじゃ!」
「落ち着けコウガイ!
俺はそんなつもりで言ったわけではない!
ましてやソンケン様に対して先ほどの言葉は無礼だぞ!
そんな事をソンケン(兄)の大将が望むと思うのか!」
さすがのコウガイも数多の武将たちに取り押さえられてはどうすることも出来ず、観念してその場に屈服した。
その大人しくなったコウガイに改めて、シュウユは改めて木刀を向けた。
「さて、コウガイさん。
あなたは総司令官である私に逆らい、さらには無礼にもソンケン様を中傷した。
その罪は償ってもらいます。
あなたを仗打ち百叩きの刑とします」
無情にもコウガイの刑を執行しようとするシュウユを止めたのは副司令・テイフであった。
「待ってくれシュウユ。
コウガイは少し熱くなってしまっただけだ。
俺も共に謝るからその刑罰は許してくれないだろうか」
そのテイフの言葉に、しばしシュウユは思考して後に口を開いた。
「……。
そうですね、今のご時世体罰のようなことは慎むべきです。
百叩きの刑は止めましょう。
しかし、罰そのものは受けてもらいます。
コウガイさん、あなたを謹慎処分といたします。
また、あなたの率いる部隊も連帯責任として同じ処分を受けてもらいます。
別室にてあなた方を監禁します。
そこで反省してください」
「わかった。
テイフにまで頭を下げさせてしまったからには受けぬわけにはいかんのう。
その罰受けよう」
コウガイはシュウユの罰を受け、少し離れた教室へと監禁された。
「コウガイさん、監禁中は外との交流は許しません。
戸を締め切り、カーテンを閉め切り、照明を消しておきます。
真っ暗闇のこの教室で黙想でもして静かに過ごしてください」
シュウユの指示により戸にはつっかえ棒を入れて締め切り、この監禁中、他の生徒がこの教室に立ち寄ることは固く禁じられた。
「テイフさん、あなたの顔を立てて罰を軽くしたのです。
立ち寄らないようお願いしますね」
「わかっている。
コウガイが受け入れたのに、俺だけ駄々をこねるような真似はせん」
シュウユの指示にテイフも渋々ながらも応じ、教室から離れていった。
そして、その締め切られた教室にはコウガイとその部下のみが残された。
「シュウユもテイフも行ったようじゃな」
監禁された無精髭を生やした宿将・コウガイは暗闇の中、部下たちへ語りかけた。
「では、お前さんたちにこれより極秘任務を伝える…」
ソウソウ本陣~
渡り廊下を挟み、シュウユ本陣と対面する南校舎側にこの学園の仮の生徒会長・ソウソウの本陣はあった。
「おーしおーし。
お前は可愛いなぁ」
本陣奥にて山猫・絶影を撫でる赤黒い髪と瞳、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの白い肌の露出が多い女生徒。
彼女こそリュービ、ソンケンの宿敵・ソウソウである。
「ソウソウ会長、猫を撫でてる場合ではありませんよ。
早く戦いに決着を付けねばなりません」
ソウソウに対し諫言するのは茶髪にツリ目の一際背の高い女生徒、参謀・テイイクであった。
「しかし、テイイク、そう言うがな、なかなか難しい戦いだ。
シュウユを全力で攻めれば、リュービに側面を攻められ、リュービを全力で攻めればシュウユに側面を突かれる状況だ。
かといって部隊を分けて勝てるほどどちらも甘い相手ではない」
「やはりここは誰か南校舎より武将を呼び寄せるべきではありませんか」
ソウソウの言葉にテイイクは提案をする。
リュービを討つために、他の武将たちを南校舎に置いたままこの戦場に急行したソウソウだったが、今頃各地に散っていたソウソウの武将たちも図書室に集結している頃だろう。
彼らを呼び寄せれば一気にこの戦いを好転させることができる。
だが、その意見にソウソウは消極的であった。
「しかし、南校舎の防衛のためにも全員を連れてはこれない。
だが、相手はリュービにシュウユ、半端に連れてきても防ぎきれないだろう」
リュービのその戦巧者ぶりには今まで散々手を焼かされ、彼女の部下は何度も一蹴されてきた。
また、敵司令官・シュウユの能力もソウソウは高く買っていた。
彼女の能力面はソンサクの覇業を支えたその実績から十二分に証明されていた。
また、ソンケンがソンサクの後を継いだばかりで勢力が不安定であった頃、ソウソウはシュウユの同窓・ショウカンを派遣し、自分に味方するよう説得した。
だが、いかなる待遇や恩賞を約束しても、シュウユはその誘いに一切耳を貸さなかった。
その事があって、ソウソウはシュウユの能力面のみならず人格面も高く評価するようになっていた。
リュービとシュウユ、どちらも相手するには並みの武将では務まらず、ソウソウとしては一大兵団を組んで当たらせたいところだが、未だ不安定な南校舎を空にするわけにはいかなかった。
「だが、テイイク、私が何もせず手をこまねいているわけではないことを知っているだろう。
今、シュウユ軍には密かに寝返り工作をしかけている。
上手くいけばシュウユ軍を崩壊させられるぞ」
リュービ軍の人員はあの撤退戦を生き残り、なおもリュービに従っている連中だ。
ちょっとやそっとの寝返り工作で、今さらソウソウに靡く連中ではないだろう。
対してソンケン陣営は元々ソウソウ降伏論者が多数派だったのを、シュウユ・ロシュクが強引に開戦へと持ち込んだことは、すでにソウソウはソンケン陣営の内通者から情報を得て知っていた。
さらにシュウユのよく言えば高潔、悪く言えば頑固なその人柄は、ソンケン陣営の諸将から煙たがられる遠因にもなっていた。
そこでソウソウは標的をシュウユ軍に絞り、徐々にその武将たちへの接触を謀っていた。
「ソンケン陣営の多くは元々、私と戦うのは不本意であった。
今はまだソンケンへの遠慮があるが、誰か一人でも私に寝返れば、雪崩をうって次々と降伏してくるだろう」
「そんなソウソウ会長に朗報です」
そう言いながらソウソウの前に現れたのは、Tシャツに黄色のパーカー、ショートパンツ姿で、首にヘッドフォンをかけた細身で背の低い女生徒、参謀・カクであった。
「ソウソウ会長、コウガイの使者と名乗る男が密かに我が軍に訪ねてきました」
コウガイの名にソウソウは一気に喜色を露にした。
「コウガイだと。
確かコウガイは、兄・ソンケンの頃から仕える宿将であったな。
これはいい。
もし、宿将のコウガイが我が陣営に降伏すれば、他の者も遠慮なく後に続いて私に降伏するようになるだろう。
一人目としてこれ程最適な人物はいない。
丁重にここに通せ」
コウガイの使者はソウソウの前へと通されると、その場に跪き、一通の手紙を差し出しながら述べた。
「ソウソウ会長、私はコウガイ将軍の部下です。
我が大将・コウガイはソウソウ会長への帰順を望んでおられます。
詳しい話はこの手紙に書いてあります。
御一読ください」
ソウソウはコウガイからの手紙を開封し、読み上げた。
『私、コウガイは先々代のソンケンの頃より部隊を任され、厚い礼遇を受けております。
しかし、天下には情勢があり、東校舎の生徒のみで学園の覇者・ソウソウ様に抗っても敵わぬことは誰の目にも明らかです。
東校舎の文武の官は賢愚の別なく皆、その敵わぬことを承知していたのですが、ただシュウユとロシュクのみが浅慮から開戦へと至ったのであります。
さらにシュウユは我らの言葉にも耳を傾けず、独断専行の態度ははますます強くなっており、多くの武将は不平を溜めております。
こうした状況により、私、コウガイはソウソウ会長へ身を寄せることを決めたのであります。
もし、ソウソウ会長が私を受け入れていただけるのであれば、情勢を見つつ適当なところで寝返り、あなた様のために命をかけて働かせていただきます』
その降伏を願い出るコウガイからの手紙を読み終わり、ソウソウは満足そうに頭を上げた。
「ふふ、手紙とは古風なことだな。
だが、知らぬアドレスから突然連絡が来るより信用できる」
「ソウソウ会長。
他にコウガイ将軍より、連絡用のアドレスと、信用していただけるよう学生証を預かっております。
お受け取りください」
「学生証、黄林覆。
…なるほど、コウガイ本人の物に間違いはないようだ。
しかし、コウガイ殿ほどの気骨ある宿将が我が陣営に加わっていただけるとはな。
そこまでシュウユの独断専行はひどいのか」
ソウソウの問いにコウガイからの使者は答える。
「はい、コウガイ将軍がシュウユ司令官に意見を申し上げたところ、シュウユ司令官は烈火の如く怒り、謹慎と称してコウガイ将軍を教室に監禁してしまわれました。
コウガイ将軍もついに我慢の限界に達し、ソウソウ会長への帰順を決められ、私に手紙を託し、密かに逃がされました」
「そうかそうか。
もし、コウガイ将軍が本当に我が陣営にくるのであれば、これまでに例がないほどの待遇と恩賞を約束しよう。
この者を丁重にもてなせ」
参謀・カクは歓待を行おうと、コウガイの使者を別室へと連れ出した。
コウガイの使者を見送ると、テイイクはソウソウへ話しかけた。
「ソウソウ会長、このコウガイの話を信じられますか」
その問いにソウソウも先ほどの笑顔とは一転、神妙な面持ちで返した。
「まだわからんな。
だが、事実ならシュウユ軍を崩壊されるほどの大物だ。
降伏は不名誉はもの、誰も最初の一人にはなりたがらない。
だが、最初の一人、それも三代仕えた宿将が降伏したとなれば、他の者たちは誰も遠慮する必要がなくなる。
コウガイに続いて、他の武将たちも降伏してくれればシュウユ軍は崩壊する。
シュウユ軍が崩壊すれば、残すは孤立したリュービ軍のみ。
それならどうとでもやりようがある。
上手くいけば我が軍の勝利は確定だ!」
「確かに、この降伏が事実であるならシュウユ軍を崩壊させるきっかけにもなり得ましょう。
しかし、罠である可能性も考慮しておくべきです」
「当然だ。
ソンケン陣営に潜ませた内通者にも探らせよう」
こうして、長らく睨み合いを続けていたシュウユ・ソウソウ両陣営は決戦に向け、慌ただしく動き始めた。
そして、その両陣営を静かに見守る少女が一人。
リュービ陣営の軍師・コウメイであった。
「準備は整いました。
後はタイミングだけです。
リュービさんが流浪の身で終わるのか、はたまた王者になられるか。
すべてはこの一戦次第。
リュービさん、後は頼みます」
ここにリュービ・シュウユ連合対ソウソウの決戦の火蓋は切って落とされた。
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