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出会い
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夜会での出来事はその場にいた権力者達の人脈を伝って、すぐに国中に知れ渡っていった。
当然私たちの婚約は解消され、それと同時に殿下はマリアとかいう女との交際を宣言する。
私と入れ違う形での恋。婚約を破棄する流れの不自然さを考えれば、裏で何らかの思惑が巡っているのはあからさまだった。
けど、そんな事はどうでもよかった。
その日以降、私の世界から色が消えた。元から感受性は豊かな方で、殿下にはお前はよく笑うな、なんて言われていたけど、あれ以来何にも心が動かない。
好きなお菓子を食べても味がしなくて、きれいな景色を見ても全てが灰色に見えてしまう。
ああ、これが喪失感なんだなと、かじかんだ心でそう思うだけの日々。
私が絶望している間にも周囲の環境は目まぐるしく変わっていった。私に掛けられたスパイ容疑は王族の手に掛かって完璧に立証され、そんな私を実家である公爵家は切り捨てた。
最後に見た父上と母上の顔は今でも覚えている。
『まさかお前がそんな事をするとは思っていなかった。父さんは残念だよ』
集められた証拠を前に罪を信じた父上の落胆する顔。言葉も出せずに泣き伏せる母上の顔。あの時だけは世界が黒く見えた。悲しくて、絶望した時だけは世界に『黒』という色が見えるんだなって、そんなふうに思ったっけ。
そんなこんなで私は勘当され、しかし最後の最後で肉親の情が湧いたのか、実家とは遠縁の伯爵家へと送られることになった。
ようは追放だ。まあ状況を考えれば殺されないだけマシと考えるべきだろう。
けど、やっぱり、どうでもいい。
あの日から、私は無気力のまま悲しみの中に沈んでいた。
◯
「到着致しました。」
馬車で揺られること約一ヶ月。御者の声で目を覚ました私はゆっくりと顔を上げた。
馬車の目の前には王都には劣るもののかなり栄えている都市が見えた。ここがこれから私が生活する場所だ。
馬車はそのまま都市に入り、やがて大きな屋敷の前に辿り着く。
「お手を……」
「別にいいわ。もうそんな偉い身分でもないもの」
エスコートしようとする従者に断りを入れ一人で馬車を降りると、屋敷の前にはこの家の主であろう壮年の男と、それから青年が並んで立っていた。
「ようこそ……と歓迎すべきではないのだろうがね」
壮年の男が厳かに口を開く。
「お初にお目に掛かります。わたくし、レイチェルと申します。この度はご迷惑をお掛け致します」
「レイチェル、か」
そう。今の私はただのレイチェル。もう公爵令嬢ではない。無気力な目で男の反応を待つ。
「あまり自由は許してやれないが、まあ自分の家だと思ってゆっくりしてくれたまえ」
なんと、随分と甘い対応をしてくれるようだ。私の状況を知っているのだろうかーーなんて思いが顔に出たのだろうか。
男はさらに言葉を続けた。
「まあ、今回の件は色々ときな臭いからね。首を突っ込むつもりはないが、落ちて行く者に手を差し伸べるくらいはしたくなる」
「寛大なお心遣い、感謝いたします」
「気にするな。それから紹介が遅れたが、こっちは私の息子でーー」
「はじめまして、ウィリアムっていいます」
ニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべ、深くお辞儀をするウィリアムという青年は、恐ろしいほどに容姿が整っていた。
中性的というのだろうか。女性らしくも、確かに男性だとわかる美しい顔。サラサラの銀髪、真っ白い肌も相まって、まるで月のような男の子だ。
そんなウィリアムはお辞儀の後に元気よく顔を上げると、またニッコリと笑って私の方へ歩いてきた。
「レイチェルさん、これからよろしくお願いしますね!」
歳の頃は私と同じくらいだろうか。私が16だから多分そのくらいに見える。
ちょっと幼く見える整った顔で可愛く笑う彼を見て、私は犬みたいだなと思った。尻尾があればブンブン振ってそうだ。
けど、今の私はまだ知らなかった。
この可愛らしい顔の裏に、地獄の悪魔も裸足で逃げ出すほど極悪な本性が隠れていることを。
サイコパスなストーカーとの初対面(彼は昔から一方的に私を観察していたらしいが)は、こうして行われた。
当然私たちの婚約は解消され、それと同時に殿下はマリアとかいう女との交際を宣言する。
私と入れ違う形での恋。婚約を破棄する流れの不自然さを考えれば、裏で何らかの思惑が巡っているのはあからさまだった。
けど、そんな事はどうでもよかった。
その日以降、私の世界から色が消えた。元から感受性は豊かな方で、殿下にはお前はよく笑うな、なんて言われていたけど、あれ以来何にも心が動かない。
好きなお菓子を食べても味がしなくて、きれいな景色を見ても全てが灰色に見えてしまう。
ああ、これが喪失感なんだなと、かじかんだ心でそう思うだけの日々。
私が絶望している間にも周囲の環境は目まぐるしく変わっていった。私に掛けられたスパイ容疑は王族の手に掛かって完璧に立証され、そんな私を実家である公爵家は切り捨てた。
最後に見た父上と母上の顔は今でも覚えている。
『まさかお前がそんな事をするとは思っていなかった。父さんは残念だよ』
集められた証拠を前に罪を信じた父上の落胆する顔。言葉も出せずに泣き伏せる母上の顔。あの時だけは世界が黒く見えた。悲しくて、絶望した時だけは世界に『黒』という色が見えるんだなって、そんなふうに思ったっけ。
そんなこんなで私は勘当され、しかし最後の最後で肉親の情が湧いたのか、実家とは遠縁の伯爵家へと送られることになった。
ようは追放だ。まあ状況を考えれば殺されないだけマシと考えるべきだろう。
けど、やっぱり、どうでもいい。
あの日から、私は無気力のまま悲しみの中に沈んでいた。
◯
「到着致しました。」
馬車で揺られること約一ヶ月。御者の声で目を覚ました私はゆっくりと顔を上げた。
馬車の目の前には王都には劣るもののかなり栄えている都市が見えた。ここがこれから私が生活する場所だ。
馬車はそのまま都市に入り、やがて大きな屋敷の前に辿り着く。
「お手を……」
「別にいいわ。もうそんな偉い身分でもないもの」
エスコートしようとする従者に断りを入れ一人で馬車を降りると、屋敷の前にはこの家の主であろう壮年の男と、それから青年が並んで立っていた。
「ようこそ……と歓迎すべきではないのだろうがね」
壮年の男が厳かに口を開く。
「お初にお目に掛かります。わたくし、レイチェルと申します。この度はご迷惑をお掛け致します」
「レイチェル、か」
そう。今の私はただのレイチェル。もう公爵令嬢ではない。無気力な目で男の反応を待つ。
「あまり自由は許してやれないが、まあ自分の家だと思ってゆっくりしてくれたまえ」
なんと、随分と甘い対応をしてくれるようだ。私の状況を知っているのだろうかーーなんて思いが顔に出たのだろうか。
男はさらに言葉を続けた。
「まあ、今回の件は色々ときな臭いからね。首を突っ込むつもりはないが、落ちて行く者に手を差し伸べるくらいはしたくなる」
「寛大なお心遣い、感謝いたします」
「気にするな。それから紹介が遅れたが、こっちは私の息子でーー」
「はじめまして、ウィリアムっていいます」
ニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべ、深くお辞儀をするウィリアムという青年は、恐ろしいほどに容姿が整っていた。
中性的というのだろうか。女性らしくも、確かに男性だとわかる美しい顔。サラサラの銀髪、真っ白い肌も相まって、まるで月のような男の子だ。
そんなウィリアムはお辞儀の後に元気よく顔を上げると、またニッコリと笑って私の方へ歩いてきた。
「レイチェルさん、これからよろしくお願いしますね!」
歳の頃は私と同じくらいだろうか。私が16だから多分そのくらいに見える。
ちょっと幼く見える整った顔で可愛く笑う彼を見て、私は犬みたいだなと思った。尻尾があればブンブン振ってそうだ。
けど、今の私はまだ知らなかった。
この可愛らしい顔の裏に、地獄の悪魔も裸足で逃げ出すほど極悪な本性が隠れていることを。
サイコパスなストーカーとの初対面(彼は昔から一方的に私を観察していたらしいが)は、こうして行われた。
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