10 / 15
オフロでGO!!襲いくる死亡フラグ
しおりを挟む両親の旅行は一週間の予定だったはずだが、どういうわけかまだ帰ってこないらしい。兄が言うには落石事故があって足止めを食らっている、だとか。クローズド・サークルものでも始める気なんだろうか?
……そんな、ミステリーじゃあるまいし。私はサスペンス+ファンタジーでお腹いっぱいだよ、と泉は思う。
「今晩はどうします?泊まっていかれますか?」
階下から飲み物を取って自室に戻る。
家に帰ってきてからは目立つ不幸も起こっていないからすっかり寛いだ気分になっていた。今のところは、と付け加えておかねばならないのが悲しいところだが。
「お義兄さんはなんて?」
「『少年誌に載せられるレベルならいいよ』って」
「お義兄さんは変わった言い回しをするね」
「すみません……。何でもかんでも漫画に例えないと話せないひとなんです」
「そうなんだ?」
我が兄ながら恥ずかしい、と泉は顔を覆う。こういったところさえなければ優しい、自慢の兄なのだけれど。
でも先輩はあまり気にしていないらしい。そもそもサブカルチャーといったものに縁がないらしく、もしかするとアニメオタクという概念すらわかっていないようだ。
「好きなもののことばかり考えてしまうのはよくわかるよ」と理解を示すその姿は、さすが校内一の優等生といったところ。泉は感心するが、彼の言う『好きなもの』については触れずにいた。
聞いたところで答えなどわかりきっている。思い上がりも甚だしいけど、自惚れてるんじゃないかとも思うけど。でもたぶん、芳野薫の好きなものはひとつだけなのだろう。
「九条さんさえ良ければ今晩もご厄介になろうかな」
「私としては先輩が一緒にいてくれた方が心強いです。お兄ちゃんはあの通りのもやしっ子なのでこういったことでは頼れませんから……」
「……そっか」
『よろしくお願いします』と頭を下げると、薫は面映ゆいといった様子で口許を綻ばせる。
「嬉しいよ、九条さんの力になれるなんて」先輩の背後に舞う花びら。そんな幻覚を見て、泉は「いえ、こちらこそ」と目を逸らす。……そんな、大げさな。あからさまに喜ばれると、言った泉の方が動揺してしまう。
元より好意を表に出されるのには慣れていない。だから薫にとっては何の疑問もない言動にも、泉の心は揺さぶられた。
前世でも、繰り返される一週間の中でも、九条泉を殺した殺人鬼。頭のおかしいひとのはずなのに、恨む気持ちは一片もない。『好きだから』と言われただけでこうも絆されるなんて。
……私って結構チョロい女なのかも。そもそも幼馴染みを好きになったのだって、幼少期に一度、いじめっ子から庇ってもらったというきっかけだけだし、と泉は内心で呆れ返る。
それだけで運命を感じるなんて、どこまで夢見がちだったんだろう、以前の私は。
「一年生は明日、英語の小テストがあるんだっけ。確か毎週水曜日だったよね」
「ええ。でもまぁ英単語だけなんで、そっちは大丈夫そうなんですけど」
「あぁ、明明後日は金曜日か。九条さん、数学苦手だもんね」
「そうなんですよ。だから毎週金曜日は朝から憂鬱で。それさえ乗り切れば他の授業は気楽に受けられるんですけどね」
「人には向き不向きがあるからね。その代わり、九条さんは暗記科目に強いし」
「いえそんな……、学年一位の先輩に褒められても素直に喜べませんよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです」
こうしていると、普通の高校生みたいだ。
明日提出の課題を片付けながら、泉は向かいに座る先輩を盗み見る。
先輩が普通の高校生だったらよかったのに。でももしそうだったとして、私は彼のことを好きになっていたのだろうか。──彼は、私のことを好きになってくれただろうか?
「わからないところがあったら聞いてね。一応先輩だし、少しは九条さんの力になれるんじゃないかな」
「少しじゃないですよ。先輩がいる限り、もう大船に乗ったつもりでいますから、私」
──いや、余計なことを考えるのはよそう。
雑念を振り払い、泉は笑う。笑う以外に、他にどうすればいいのかわからなかった。
シャワーを浴びていると背後に何かの気配を感じる──なんていうのはよくあること。心霊番組やホラー映画を観た後なんかは特にそうだ。怖かったわけじゃなくとも、想像してしまうのが人のさが。
いま後ろを振り返ったら何か『いる』んじゃないか──
「……なんて、さすがにないか」
泉はひとりごち、唇だけで笑う。
ここのところファンタジーな人や現象に遭遇することが多かったから、『もしかして』と思ったけれど。でもやっぱり幽霊なんてものはこの世にいないのだ。
どうせならファンタジーはファンタジーでももうちょっとメルヘン路線にいってほしかったけれど、今さら文句をつけてもどうにもならない。デル・トロ的なロマン溢れるゴシックホラーの世界は所詮夢の中。幻想は幻想だからこそ美しい。
「九条さん、大丈夫?」
扉の向こう、脱衣所から先輩のくぐもった声が聞こえてくる。シャワーの音が止まったから訝しんでいるらしい。
「だ、大丈夫です、なんでもありません!」「本当に?」「……本当に」心配性だなぁ。そう言い切ることもできないのが悲しいかな、泉の現状である。
風呂場に向かう途中も足を滑らせて危うくしたたかに頭を打ちつけるところだった。だから薫も心配して、こうして風呂場の外で待っていてくれるのだ。
すごく気が乗らない──というか、申し訳ないといった顔で提案されて、気遣われた泉の方が『気にすることじゃないのに』と思ってしまった。別に裸を見られるわけでもないし、聴こえるものといっても精々水音くらいなもの。羞じらいがないわけではないが、背に腹は変えられない。
──先輩のためにも早く上がろう。
そう考え、蛇口を捻──ろうと手を伸ばしたところで、『何か』に引っ張られる感覚がした。その予感は今朝からたびたび引き起こされるもので。
泉が『しまった』──そう思った時にはもう遅い。滑る足、宙を掻く指先、傾く身体、回る視界。前方へ倒れ込みながら、泉の目が捉えたのはシャワーヘッドから伸びるホース。床から浮いているそれはひとつの輪を作る。その真ん中へと、泉の身体は向かっている。
「…………っ、」
連想するのは、映画『ファイナル・デスティネーション』における最初の犠牲者。浴室に張られた洗濯ロープに首を引っかけて、窒息死を迎えた。その惨いシーンが思い出されて、泉は咄嗟に目を瞑る。悲鳴を上げる余裕はなかった。
「……ああ、よかった。どこも怪我してないね」
──のだけれど、幾ら待っても痛みはやってこない。
おそるおそる、泉は瞼を持ち上げる。まばゆい照明、真っ白な浴室の壁。その中で泉を抱き抱えているのは、ホッとしたように微笑む芳野薫だった。
「せんぱい……?」
何がなんだかわからない。呆けた顔で呟くと、「もう大丈夫だよ」と頭を撫でられた。ひどく優しい、慈愛に満ちた手つきで、瞳で、眼差しで。
そんな先輩の手には紙でできた人形が握られていた。まるで身代わりにでもなったみたいに、首のねじれた人形が。
「先輩、これはいったい……」
訊ねかけたところで、忙しない足音がひとつ。
「泉ッ!今の物音はいったいなに、が……?」
「あ、お兄ちゃん、」
血相変えて脱衣所に飛び込んできたのは兄の清志だった。彼はあんぐりと口を開けて、立ち尽くしている。
自分としては悲鳴を上げたつもりはなかったけれど、でもお兄ちゃんまで駆けつけたのはきっとそういうことなのだろう。泉は『何と説明しようか』と口ごもる。
いや、端から見れば妹がドジを踏んだだけなんだろうけど。呪いなんて信じてもらえないだろうけど。でもそこまでどんくさいと思われるのも心外だ。いっそ幽霊のせいにでもできたらよかったのに。
しかし泉が何を口にするより先に、兄が喉を震わせる。
「おまっ、乙女がなんって格好してるんだ!?羞じらいはどうした!?『とらぶる』はもう少年誌に載ってないんだぞ!!」
「……ぁ、」
青とも赤ともつかない色で顔を染める兄を見て、泉はようやく自分が今どんな格好をしているかを思い出す。
地上波放送の番組じゃないのだ。当然、シャワー中にバスタオルなど巻いているはずもなく。……ようするに、全裸だったというわけで。
「……っ、ごめん九条さん!信じてもらえないだろうけど、そんなつもりじゃなくて……、ぜんぜん、全然見てないから、」
「いっ、いえっ!こちらこそお見苦しいものを見せてしまいたいへん申し訳なく、というか早急に忘れていただけると……」
「いいからお前は早く泉から離れなさい!」
兄に一喝され、泉は慌ててバスタオルを巻きつける。
恥ずかしい、……というのもあるけど、何より申し訳ない。自分がドジさえ踏まなければ、と後悔するあまり、着替えた後も泉はなかなか薫の顔を見ることができなかった。
ゆだる頭は熱で沸騰してしまいそう。顔が熱い。熱くて熱くて、死んでしまいそう。
「あの、九条さん」
「はっ、はい!?」
裏返った声には何も言わず。
泉に向き直る薫の、その顔はひどく真剣なもので。
「責任は取るから。ううん、取らせてほしい。……本当にすまない。君に不快な思いをさせてしまった」
「不快だなんて、そんな……」
その謝罪は誠実そのもの。「何より大切な君を俺自身が傷つけてしまうなんて」と悔やむ姿に胸を打たれる。
普通だったらこういうの、ラッキースケベというらしいけど。でも先輩からは少しの喜びも感じられない。
それにしても不思議だ、と泉は思う。
裸を見ることは人を傷つけることになるのに、殺すことは傷つけるうちに入らないのだろうか?愛情表現=殺すことと定義しているらしい彼にとっては裸を見ることの方が重罪らしい。
「そうだそうだ!我が妹の柔肌に触れた以上、他の女に目移りなんかさせないからな!」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
野次を飛ばす兄の腕をつねって、泉は先輩を宥める。そんなに思い詰めないでほしい、こんなことでは傷ついたりなどしないから、と。
一応被害者であるはずなのに、この扱いはなんだろう。少年誌だったら女の子が怒って、男の子は殴られて、それでおしまいじゃないの?
しかしここは現実で、少年誌の世界などではないし、先輩も性に関心のある健全な男子高校生ではない。
「せめて一発ぶん殴ってほしい」と乞われ、泉は顔を引き攣らせた。
0
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
結婚したくない腐女子が結婚しました
折原さゆみ
恋愛
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。
仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。
本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは?
※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。
主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。
※番外編に入り、百合についても語り始めました。
こちらも独断と偏見が多々あるかもしれないのでご注意ください。
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。
※番外編を随時更新中。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる