死にゲー世界のヒロインだけど死にたくないから黒幕を攻略する

クリーム

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心みだれて

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 天の蒼蒼そうそうたるは其れ正色せいしょくなるか、其れ遠くして至極しきょくする所なければか。 

 ──なんて。空の色に思いを馳せてみたところで、現実は変わらない。

「ちょっと九条さん!ちゃんとお話聞いてまして!?」

 甲高い声と共に掴まれる両肩、揺さぶられる視界。朝食が胃の中でタップダンスしてる。
 本当に、勘弁してほしい。ただでさえ死にヒロインなんていう属性持ちなのに、その上ゲロインの称号まで得てしまったら設定過多にもほどがあるだろう。

「あぁ……、ごめんなさい。よく聞こえなかったみたい」

「まぁ!なんて失礼な方!!せっかくお父様が話しかけてくださってるというのに……」

「いいんだよ、葵。オレは気にしてないんだから」

「お父様がそう仰るなら……」

 なんなんだろう、この茶番は。
 誠に窘められ、西園寺葵はパッと手を離す。お陰で泉は自由になったけれど、それはそれで納得がいかない。というか、止めるつもりがあるならもっと早く止めてほしかった。
 溜め息をつく泉の後ろ、芳野薫は肩越しに顔を覗き込む。

「九条さん、大丈夫?やっぱりあいつら黙らそうか?」

「暴力以外の方法ならぜひお願いしたいですね……」

 いつもの通学路。穏やかな陽に照らされる道。……なのに騒々しい二人組(騒いでいるのは主に葵だけだが)に挟まれ、泉は頭痛に悩まされる。
 気に食わないなら無視してくれればいいのに。そう泉は思うのだけれど、誠と葵にも事情があるらしい。二人は薫を敵視している──というより、警戒しているといった方が正しいか。
 『だから目を離すことができない』と、自宅前で待ち構えていた誠から説明を受けた。『芳野薫はとても危険な人間なんだ』──それはまぁ、確かに。泉には否定できなかったし、薫本人も否定しなかった。

「暴力以外か……。うーん、それはちょっと難しいかな」

 ……実際、こういった物騒なことをさらりと口にするあたり、誠たちの主張は間違っていないのだろう。
 泉は「ならいいです」と答えて、肩を落とす。──と、車道側を歩く誠に腕を引かれた。
 ……いったいなんのつもりだ。仰ぎ見れば、幼馴染みは眉を寄せ、不機嫌そうな顔。

「あまりそいつに近づかない方がいい」

「そうよ、九条さん。貴女はご存知ないでしょうけど、その男は稀代の悪党なんだから。騙されたらダメよ!」

「はぁ……」

 たぶんこの二人は前世の記憶があるのだろう。泉は曖昧に頷きながら、思考を巡らす。
 だから先輩のことを危険視しているのだ。その上で、記憶のない私が傷つけられないようにと気にかけてくれている。……本当は少しだけ、夢で見たから知ってるんだけど。
 でもわざわざ話すことじゃないかな、と泉は思う。話したところでどうなるというのだろう?前世といっても他人の話。しょせんは過ぎ去った出来事。
 それに泉が見たのは断片的な記憶でしかない。たとえば西園寺葵のことなどは今朝の夢には出てこなかった。だから彼女と誠がどういった間柄なのかはわからない。なぜ『お父様』と呼ぶのかも、こうも従順な理由も。
 自分の腕を掴んだままの幼馴染み。その横顔を、泉は盗み見る。
 少年から青年への過渡期。輪郭にはまだ幼さが残る、けれど。──夢の中で自分を抱き締めた、精悍な面差しが想起させられた。

「……?どうした、泉。何か気になることでも?」

「いえ、別に」

「別にってことはないだろ。そんなじぃっと人のこと見つめて……。だいたい何だよ、その他人行儀な話し方は」

「元からこんな感じですよ、私は」

「んなわけないだろ。なに拗ねてんだよ」

「拗ねてなんかいませんけど?」

 半ば意地になっている。その自覚はあったけれど、だからこそ認めるわけにはいかなかった。

 前世の夢を見たからって──前世の夫だからといって──、幻滅したはずの幼馴染みのことが今さら気にかかるなんて!

 そんなのチョロいどころの話じゃない、と泉は内心頭を抱える。
 赤の他人だと頭ではわかっている。繰り返される一週間の中で、彼が自分以外の人と結ばれたことも覚えている。自分は彼にとっての唯一じゃない、そんなこと百も承知だ。
 それでも心の方はままならない。むしろ以前より一層、運命めいたものを感じていた。それは本能だとか直感だとか、そういった言葉で言い表されるもので──

「……それならせめて、今まで通り接してくれないか?オレに悪いところがあるなら直すから」

「別に直してほしいなんて、」

 どうしてこういう時に限って西園寺さんは口を挟んでくれないんだろう。幼馴染みから目を逸らしたついでに、泉は反対隣を歩く葵に視線をやる。
 普段かしましい彼女はしかし、胸元で手を組んで、何やら固唾を飲んでいる様子。『お父様に頭を下げさせるなんて』と烈火のごとく怒っているかと思えば意外や意外。いったいどういった心境の変化が起こったのか。泉を見る目にも以前のような険はなかった。

「……ごめんなさい、誠くん」

 ひとりで拗ねて、意地を張って、バカみたいだ。子供じみた醜態。途端にそう思われて、自嘲する。
 「でも本当に、何でもないから」だから私のことなんか気にしないで、今さら優しくなどしないで。私はあなたの唯一の人ではないのだから。あなたは私じゃなくても幸せになれるんだから。

 ──私しかいらないと言ったくせに!

 それは呪いだ。前世から今世へ、そして来世へ。永遠に繋がる、呪いの言葉。
 本当は言ってしまいたかった。私しかいらないと言ったのは嘘だったのかと。そう言ったはずなのに後妻を迎えたのかと。私以外の誰かを愛したのかと。泉の中の比売神が、記憶の欠片が、そう叫んでいた。
 けれど呪いの言葉は紡がれる寸前で阻まれた。

 ──一陣の風が、身体を包む。

「……やっぱり、顔色が悪いね」

 一瞬のうちに一変する風景。住宅街を歩いていた、そのはずなのに、……ここは学校の屋上だろうか。フェンスの向こうには青空が広がっていた。
 目を白黒させる泉、その腰を抱くのはやはりというか先輩で。
 瞬間移動の術まで披露してみせた彼は、しかしそのことにはちらりとも触れず。眉を寄せて、泉の体を気遣った。

「どうする?今日は学校休もうか?」

「……いえ、大丈夫です。それに授業についていけなくなったら困りますから」

「こんな時でも真面目なんだね」

 そういうところも好きだよ、と彼は言う。平然とした顔で、挨拶のひとつとでもいうように。
 けれどそれが戯れでないことを泉は知っている。泉も、泉の中の比売神も。芳野薫の囁く言葉、そのすべてが己への愛情に繋がっているのだと理解していた。

「……ありがとうございます」

 ──だからこそ胸が痛む。己の不実さに、嫌気がさす。

「それにしても先輩、瞬間移動まで使えるなんて……陰陽道とかそういう領分を超えてませんか?」

「これくらいは造作もないよ。式神を使役するのと同じようなものだから」

「……私が無知だからって適当なことを言ってますね?」

「そんなことないよ。さほど難しいことではないというのは本当さ」

 嘯く彼は気づいているのだろうか?泉の中に、比売神としての記憶がよみがえっていることに。誰のものにもならないと約束したくせ、前世では夫であった人を自分だけのものにしたいと、いっときでも願ってしまったことに。
 聡い彼が気づかないなんてことがあるのだろうか?

「先輩は……」

 誰が私を呪ったのか──本当は既に見当がついているのではないですか?

「ん?どうかした?」

「……いいえ、なんでも」

 泉は静かに首を振った。
 その予感が当たっていたとしても何も変わらない。比売神であったのは今は昔の話。現代を生きる九条泉に霊力などというものはそなわっていない。誰に呪われたって、破ることも返すこともできないのだから──、今と同じ、この人に頼る他ないのだ。
 だから疑念は呑み込んだ。言葉にせず、胸にしまった。気づかないふりをした。──何より、自分自身のために。
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