貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎

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37.陽気

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 ぽかぽかと暖かな宮殿の園庭。柔らかな芝生の上に、ギオラが腰を下ろしていた。
 整えられた黒髪を、爽やかな午後の風がさらう。色とりどりの花びらが宙を舞う。神殿周辺の喧騒もここまよは届かない、のどかな時間だ。
 
「あ、主ぃ……。ザカリと名乗る男から話を聞いたときは、もう二度とお会いすることは叶わないのかと……」
 
 ギオラの膝元にはエイダがすがりついていた。ギオラの太腿にぐりぐりと鼻先をこすりつけ、まるで飼い主に甘える子猫のようである。
 そしてギオラの背側にはサラとエマが、寄り添うようにして身を置いていた。無口な姉妹は、エイダのように表立って感情を見せることはないけれど、2人の表情は穏やかだ。言葉などなくとも、彼らは彼らなりにギオラと再会できた喜びを噛み締めている。
 
 ギオラはギオラで眉根に皺を寄せながらも、太腿にすがりつくエイダを振り払いはしない。エマとサラに「よけろ」と言うこともしない。不器用なりの優しさだ。
 園庭の一角に立つザカリとリュイが、ひそひそ声で話し合っていた。
 
「ザカリ……嫉妬心が芽生えるくらい羨ましい光景ですね」
「そうだなリュイよ。隅っこで良いから、ぜひ混ぜてほしいものだ」
 
 2人が恨みがましく視線を送る先は、3人の麗しい少女に囲まれた魔王。言い換えればハーレム状態のギオラだ。健全な成人男子にとってはのどから手が出るほど羨ましい光景である。
 ハーレムを見やりながらリュイが問う。
 
「イシュメル様が話していたことは真実なんでしょうか……ザカリ、何か聞いています?」
「私は何も。魔王を生かしたくばエイダという名の少女を連れてこい、と言われただけだ」
「そうですか……でも神殿内では嘘を吐けるはずがないんですよね。『ノルンの涙』が作動している限り」
 
 聖女アリシアがギオラに対し『無罪』を言い渡したのは、ほんの一時前の出来事だ。
 神器『ノルンの涙』が神罰を下さなかったことから、祭壇場で行われたやり取りは全てが真実であると認められた。エイダの弁護も、イシュメルの主張も、ギオラの決意も。全ての発言は真とされ、ギオラに科された死刑はくつがえされたのだ。一度下された神判がくつがえされるのは、聖ミルギスタ王国建国以後初めての出来事である。
 
 神判が閉廷した後、オリヴァーは魔族一行に早々の退席を望んだ。「身内だけで話したいことが山のようにある。魔王殿下を相手に誠に申し訳ないことと存じるが、神殿の周囲で少しだけ時間を潰していてほしい」と言って。そして眷属たちと面識のあるザカリと、ザカリの相棒とも言えるリュイが、魔族一行の付き人に任命された。
 時間を潰す場所を探して彷徨ううちに、この人気のないのどかな園庭へとたどり着いたという経緯である。
 
 神判の閉廷後ずっと、リュイはどこか浮かない顔だ。イシュメルの主張の真偽が気にかかって仕方ないのだ。しかしノルンの涙がある限り、神殿内では噓偽りを述べることはできない――
 
「そうだな。イシュメル様の発言は全て真実であるはずだ。ノルンの涙が正しく作用していたのならば」
「……どういう意味ですか?」
「エイダ殿は神殿内に立ち入ったとき、3発の魔法を撃った。1発はギロチン台を破壊し――残り2発はどこを撃ったんだろうな?」
 
 リュイは目を見開き、それから懸命に記憶をたどった。確かにエイダは登場当初、神殿内に向けて3発の魔法を放った。1発はギオラの首を断ち切らんとするギロチン台を破壊し、そして残りの2発は――神殿の二隅を撃った。
 
「まさかあのとき、ノルンの涙を壊したんですか?」
「さぁ、どうだろう。私の目には、神殿の四隅に据えられたノルンの涙がどのような状態であるかは確認できなかった。魔法に撃たれて壊れたのかもしれないし、壊れていなかったのかもしれない」
 
 ザカリはクク、と低い声で笑った。生真面目なザカリにしては珍しい、悪戯な笑みだ。リュイは不満げに頬を膨らませるのである。
 
「ザカリはこの結末を予想していたということですか?」
「まさか。ただ壊しておくに越したことはないと思っただけだ。イシュメル様の話を聞く限り、魔王は決して善人とは言い難かった。彼を助けるのならば多少の嘘は必要かもしれないと、漠然とそう思っただけだ」
「それでエイダ殿にノルンの涙を壊せと言ったんですか? ……ザカリも策士ですねぇ。まぁ策士なのはずっと前から知っていたことですけれど」
「皆がうまくやってくれたのさ。イシュメル様もよく私の策に気が付いてくれた」
 
 リュイとザカリの背後を、2人組の女性が通りかかった。神殿の方向から歩いてきたところを見るに、神判の観覧者であろうか。2人はハーレム状態のギオラを一瞥すると、額をくっつけてひそひそとささやき合った。「神判の最中から思っていたけどさ、魔王殿下は超絶男前だよね」「あたし、もっと厳つい人を想像してたよ」などと微笑ましい。
 
 女性たちが通り過ぎた後、リュイは園庭の樹木の向こうに神殿を見やった。
 
「今頃、神殿内ではどのような話し合いが行われているのでしょう。もしもノルンの涙が壊れていることに誰かが気付いたら……」
「別に気付かれたって構わないさ。イシュメル様の発言が嘘であろうが真であろうが、そんなことはもうどうでも良いんだ。重要なのは魔王殿下に人類との共存意志があるということ。幾千の民の前で、人間の王と魔族の王が共存を約束した。この大きな飛躍を前に、過去をつくろうための小さな嘘など問題になるはずもない」
「ザカリがそう言うのなら、そうなんでしょうねぇ。……安心しました」
 
 そのとき、神殿の方からまた一人の人が駆けてきた。イシュメルだ。イシュメルはザカリとリュイの傍で足を止めると、息を弾ませてこう言った。
 
「待たせてすまんな。オリヴァー殿下との話が長引いてしまった」
 
 背筋を伸ばしたザカリが答えた。
 
「謝罪には及びません。して、我々は魔王ご一行様をどちらにご案内すれば?」
「今、宮殿内の客間を整えてもらっている。エマとサラがあのような姿だからな。客間の準備ができるまでには、もう少し時間がかかりそうだ」
「では魔王ご一行様には、今しばらくこの場でお待ちいただくということで?」
「……それで良いんじゃないだろうか。感動の再会を邪魔するのも悪いだろうし」
 
 イシュメルが眺める先には、芝生にたむろする魔族一行。サラの横腹を背もたれにしたギオラは、エマの背中に右腕をのせ、太ももにエイダの頭をのせるという贅沢っぷりだ。
 いや、この場合贅沢なのはエイダか。今ならば何をしても怒られないと悟ったエイダは、ちゃっかりギオラの膝枕を満喫している。感動の再会を演出するために、時折「主、私は本当に心配していたのです」と訴えることは忘れない。しかしイシュメルから見えるエイダの顔は、完全に寛ぎモードの子猫である。
 
「ザカリと『羨ましい光景だ』と話していたところです。隅っこで良いから混ぜてほしいものだと」
 
 そう唇を尖らせる者はリュイ。イシュメルは「ははは」と声を上げて笑った。
 
「確かに羨ましい光景だ。私も混ぜてほしい。エイダに代わってくれと訴えてみるか。確実にぶっ飛ばされるな」
 
 冗談交じりにそう言い放ち、それきりイシュメルは黙り込んだ。慈愛に溢れた眼差しで、芝生にたむろする魔族一行を見つめる。正確にはその輪の中心にいる人物を。
 
 ザカリとリュイはイシュメルに気が付かれないように、そっと顔を見合わせた。「ザカリ、今のイシュメル様の言葉は単なる言い間違いだと思います?」「どうだろう。リュイ、さりげなく聞いてみてくれ」「嫌ですよ。寝た子を起こしても良いことはありません。この件については聞かなかったことにしましょう」「承知した」この間わずか3秒。アイコンタクトのみで密約が交わされた瞬間であった。
 
 神判はくつがえされた。魔王は首を切り落とされることなく、人間との共存を約束した。その決意を数千に及ぶ聖ミルギスタ王国の民が耳にした。
 
 いびつに積み上がった歴史は崩れ去り、今日新たな歴史の土台を作り上げたばかり。
 未来は明るい光に満ちている。
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