貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎

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38.帰還

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 蒼天の空を龍が飛んでいた。黒曜石のように艶々とした身体を持つ巨大な龍で、その龍の背中には恐れ多くも一人の人がまたがっている。
 禍々しくも美しい一人と一匹は、澄んだ空を大きく旋回し、やがて森の中に佇む城へと下りていく。魔王城の園庭へと。
 
 ずず、ん、と重たい音を立てて、黒龍は園庭に着陸した。ごう、と激しい風が吹き、木の葉が舞い上がる。砂埃が辺りを包む。
 地上に下りた黒龍は、しゅるしゅると音を立てて姿を変えた。まるで地面に散らばった大量の黒糸が一瞬にしてつむに巻き取られるような、不可思議な光景だ。
 
 舞い上がる木の葉の最後の一枚が地面に落ちたとき、そこに黒龍の姿はなく、代わりに黒衣をまとった青年が立っていた。
 
「主、お帰りなさいせ」
「お帰りをお待ち申し上げておりました」
 
 城から飛び出してきた少女たちが口々にそう言った。少女たちはおよそ一か月振りとなる主の帰還を心から喜んでいた。魔王ギオラ・デルヴォルトの帰還を。
 
「ザカリと名乗る青年がやってきたときは、もう二度とお会いすることは叶わないかと」
「ギロチン台にのせられたのだと聞いています。お怪我はありませんか?」
 
 少女たちはギオラを囲い、口々に尋ねた。ギオラの衣服のすそを捲り上げる者がいれば、両手の指が足りているかと数える者もいる。
 少女たちに揉みくちゃにされながら、ギオラは言った。
 
「怪我はない。皆には心配をかけたな」
 
 ギオラと少女たちが取り留めなく会話を交わす様子を、少し離れたところから眺める青年がいた。恐れ多くも黒龍の背にまたがり、聖ミルギスタ王国の宮殿から魔王城への帰還を果たしたイシュメルだ。
 ぽつねんと佇むイシュメルの元に、リリィが足音を立ててやってきた。イシュメルは顔をほころばせた。
 
「リリィ、元気にしていたか?」
 
 イシュメルが尋ねると、リリィはまなじりに浮いた涙をぐしぐしと拭った。ずっとイシュメルのことを心配していたのだろう。一足早く魔王城へと帰還したエイダから、おおよその説明は受けているはずだから。
 そのエイダはといえば、どさくさに紛れてギオラの背に張りつきながら、イシュメルに向かってこう問いかけた。
 
「ちょっとそこの騎士、貴方はどうして魔王城へやって来たの? まさか本当に主の眷属になるつもりなの?」
 
 イシュメルが質問に答えるよりも早く、離れたところからギオラの声が飛んできた。
 
「そうだ、皆に改めて紹介しよう。このたび魔王城の下僕となったイシュメルだ。聖ミルギスタ王国から正式に譲り受けた下僕である。汚れ仕事を任せるなり、ティータイムの足置きにするなり、好きに使うといい」
 
 散々な他己紹介に、イシュメルは烈火のごとく声を荒げた。
 
「ギオラぁ! 適当な説明をするんじゃない! 私はオリヴァー国王殿下から正式に魔王城駐在を言い渡された身だ!」
 
 辺りはしんと静まり返った。エイダがはてと首をかしげた。
 
「魔王城駐在? なぜそんな話になるの?」
「ああ、それは――ぐぇ」
 
 イシュメルの説明を遮ったものは、リリィの突進だった。イシュメルの腹回りに抱き着いたリリィは、碧色の瞳を見開いて、小刻みに唇を震わせていた。
 
「……リリィ。これからもずっと一緒に暮らせるんだ。昔のように」
 
 イシュメルがリリィの頭を優しく撫でれば、リリィの瞳からは澄んだ涙が転がり落ちた。10年もの間離れ離れになっていた2人きりの姉弟。また昔のように、同じ屋根の下で暮らせる日がくるなんて。
 リリィはイシュメルの腹に顔をうずめ、声をあげずに泣いた。
 
 感動の抱擁のかたわ、ギオラが「ふぁぁ」と呑気な欠伸をした。
 
「イシュメル、後のことは任せた。俺は少し寝る」
「ん、ああ。分かった」
「30分後に起こしに来い。俺が疲れたのはお前のせいだ。人を乗せて飛ぶというのは想像以上にストレスが溜まるものだ。高度も速度も加減せねばならんし、旋回一つにも気を遣う。次の機会には、お前を布にくるんでぶら下げてみるか。コウノトリが赤子を運ぶように……ぶふっ」
 
 真っ白なおくるみに包まれたイシュメルの姿を想像したのだろう。盛大に吹き出したギオラは、俯きぷるぷると肩を震わせた。同様の想像をした眷属たちも、そろって笑いを堪えることに必死だ。サラとエマはイシュメルから不自然に顔を背け、エイダは両頬を手のひらで押し潰している。あのリリィですら、泣くことを忘れふるふると肩を震わせていた。
 一瞬にして笑いの的となったイシュメルのこぶしも、怒りでぶるぶると震えるのである。
 
「……本っ当に性格の悪い男だ、貴様は! 眠いのならとっとと寝に行け!」
 
「そうさせてもらおう。では30分後だ、忘れずに起こしに来い。ばぶー」
 挑発としか思えない一声を残し、ギオラは速足で城の方へと歩いていった。「く、ふふふ」と小刻みに肩を震わせながら。
 
 イシュメルは考える。ギオラの本性が悪人でないことは、神判をもって証明された。王としてふさわしい品格を有しているし、眷属たちを労う心も持っている。
 
 けれども口と性格はとことん悪い。それもまた紛れもない事実である。
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