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第六章『涙のバースデイ』
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「ああ」
ドタキャンはなしでと言って陸郎はそう答えたけど、彼がまだ優雅に甘いってこともわかっている。
「あのぉ……陸郎さん」
「なに?」
「これまで兄と誕生日のお祝いってしたことありますか?」
長いつき合いだし、二人の間にそういうイベントごとがあっても可笑しくはないのではないか。
「そうだな……」
うーんと右手の人差し指を下唇に当てて考えている。
「特別にお祝いしようってことはなかったかな? お互いの誕生日は、学校で会った時におめでとうって言い合ったり、部活の後にジュース一本奢ったりはしていたけど。まぁ……あの後はなかったけど」
自嘲気味な笑みがちらっと見えた。
あの後というのは告白の後ということだろう。つまり大学に入ってからの三年間は何もなかったということだ。
「じゃあ、今度の誕生日に何か言ってくる可能性は低いってことですよね?」
「まあ、そうだろうな」
思わずほっと安堵の息を吐いてしまった。それを誤魔化そうと殊更明るく言う。
「良かった。じゃあドタキャンはないですね! 盛大に祝いますので楽しみにしててくださいねっ」
「盛大? わかった。楽しみにしてる」
* *
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様~」
六時から十時までのシフトを終え、厨房を通り抜けがけら挨拶をする。
更衣室で着替え裏口から出ていった。
「雨けっこう降ってる」
今日は朝から降ったり止んだりを繰り返していた。バイトに入った時間はちょうど止んでいて傘の出番はなかったのだが。
最寄り駅まで五分。この雨ではずぶ濡れが予想できる。僕はトートバッグから折り畳み傘を出して差し、数歩歩いたところで。
「待って、オレも入れて」
今僕が出てきたドアが開閉し洸が飛びだしてきた。そして返事もしてないのに隣に並ぶ。
「お疲れ様です……三瀬さんも上がりですか」
洸は僕よりあとに出勤してきて十一時までのはずたった。
「平日のこの雨じゃねー」
確かに今日は夕食のピーク時すらいつもより客足が少なかった。
「今日朝から雨でしたよね。傘持ってないんですか?」
少しだけ嫌味を混ぜて言う。
「まあまあいいじゃないの、一緒に帰ろ」
僕の問いに返事なし。
「まあ、いいですけど」
「サンキュ。あ、オレのほうが背が高いから持ってやるよ」
そういうと僕から傘を奪った。
男二人の相合傘。別になんの感慨もなく、ただ折り畳み傘の大きさじゃお互い外側の肩が濡れそうだなぁくらいにしか思わない。
(これが陸郎さんだったらなぁ)
ちょっと想像してしまった。
「何にやにやしてるの?」
隣から覗きこんできた。
「にやにやなんかしてませんっ」
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